第48話 童心と悲痛な叫び
「先輩! と、と、とうとうイベントが始まっちゃいましたよ! ど、ど、ど、どうなっちゃうんでしょうね!」
遂にこの日がやってきてしまった。彼が否応にも全プレイヤーの前に公開される日が。彼女も相当気が動転しているのかいつになく、呂律が回っていない。どうやら彼女はた行が苦手なようだな。
それにしてもできる限りの対策は打ったつもりだが、公開されてしまうことには変わりないからな、もう諦めだ。そもそも、人一人の存在を隠そうなんざ、到底無理な話なんだ。だからそれに関していちいち気を取られていては無駄に気疲れするだけなのだ。
私は最悪の状況を想定しているため、それさえ起こらなければ、というマインドで挑んでいる。だからこそ、結果だけに注目して、過程はもういっそ楽しもうという魂胆だ。それくらいの方が精神衛生上良い。
彼女みたいに呂律が回らなくなるのだけは避けたいしな。
「そ、そうだな。ようやく彼のお披露目ができるものだ、気楽に楽す、楽しもうじゃないか」
「先輩! もしかして緊張してるんですか? 噛むなんて珍しいですね!! まさか先輩がこれほどまでに緊張しているとはねー! 人が緊張しているのを見るとこんなに落ち着くとは思いませんでしたよー! ありがとうございます!!」
む、今日ばっかりは彼女の言動に少し苛立ちを覚えてしまうぞ。まあ、私が噛んでしまったのが理由だから仕方ないのだが。それにしても何故このタイミングで噛んでしまったのか理由が全くわからないな。彼女みたいに緊張しているわけではないのにな。
「先輩! とうとうAとBグループの予選が終わりました! 次はとうとう彼の出番ですねっ!」
「そうだな、なるべく目立たずヌルッと終わって欲しいものだが……」
もちろん私たちの視点は彼しか見つめていない。彼の周りにはあまり人がいないが、一番近くに弓使いが一人、いるようだ。絶対に、絶対に彼にだけは攻撃するなよ……
「あっ」
彼には攻撃して欲しくない、そんなことを思ったからだろうか、その弓使いは迷わず彼に照準を当て矢を放った。対する彼は刺突無効を持っており、全くダメージになっていない。続く矢は完全に避け相手の場所を特定、そのままダッシュで向かってジャンプで木の上の弓使いを叩き落とし、地上戦でトドメを刺した。
「「……」」
「彼はこの予選でどんな活躍をするんでしょうねー? 期待が止まりませんよー!」
どうやら彼女は見なかったことにしたいらしい。私もできればそうしたいところだが、現実を見ろと理性が煩い。しかし、現実を見たところで何も変わらないのも事実なんだよな。よし、
「彼は無効スキルを複数所持しているからなかなか倒しづらいだろうね。何もすることなく気づいたら予選突破、なんてこともあるかもしれないな」
私も乗っかることにした。諦めて開き直ると意外と楽しい。土砂降りの雨の日に、濡れることを諦めて傘を放り投げた気分だ。童心に戻ったような、なんとも素晴らしい感覚だ。
「「……」」
頼む、頼むからもうこれ以上何も起こさないでくれ……!!
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