第36話 ボーダーライン


「せ、先輩! 彼があのミミズを倒してしまいました! って、別にそんなに事件でも凄いことでもないですね。つい、癖で言っちゃいました」


 そんな台詞を開幕早々に言われたのだが、その後に、テヘッ、みたいな顔をされても困る。どう反応すればいいんだ。


 まあ、言っている内容はもちろん分かるが、少し訂正箇所があるようだな。


「そうか、だが一つ訂正しなければならないことがある。あのモンスターはミミズではないぞ! 名前もカエクスディプロザウルスと言って、れっきとしたトカゲの仲間なんだ。確かに見た目はミミズのようだが、それは進化の過程で両腕、両脚を失っているだけなんだぞ? これは現実にも生息している生物なんだが、こいつを見た時にこれほどモンスターチックな生物がいたのかと衝撃が走ってな。それでこいつをこのゲームに登場させることにしたのだ。

 こんな奇妙な姿に進化してしまった理由は、とても暑い砂漠の地表から逃れるためだったとされている。両腕両脚を無くすことで地中に潜りやすく、移動もしやすくなったのだ。因みに地中の虫を食べており目はあるものの、視力は殆どないぞ?」


「ふぅ、もうその説明、何回目ですか! もう何度も覚えてしまうほど聞きましたよ! 制作段階からもう既に何度も言っているのに、ゲームが開始した後もことあるごとに言ってましたからね。もう、そろそろいいでしょう」


「すまん、すまん。どうしてもこのモンスターが出ると説明したくなってしまうんだよ。私が制作に関わったこともあって、なかなかに愛着が湧いているもんでね。今度からはなるべくしないようにするよ」


「もう、今度からはしないって前回も前々回も言ってましたよ! まあいいですけどね。それにしても遂にこのモンスターに彼が遭遇しましたね。このモンスターは先輩が愛着湧いてるせいかチームの皆も注目して、今ではこいつを倒せたら初心者卒業、という感じで一つの境界線というかボーダーラインになってますもんね! これで彼は初心者卒業ですね」


 これで彼も初心者卒業か……


 ってなわけあるか! いや、確かに初心者からは抜け出せたかもしれないが、あんなに強い初心者がいてたまるか! 彼は本当に恐ろしい存在なのだ。常に警戒を怠ってもし過ぎではない、それほどのレベルなのだ。


 それにカエクスディプロザウルスがボーダーラインとはプレイヤーの誰も思いつかないだろう。あのモンスターの強さは保証されているが、見た目はただのミミズだからな。そんなに強そうとは思われないのだろう。


 私が気に入ったのは、トカゲのくせに圧倒的なミミズ感を持っていることだ。その皮肉というか、ギャップというかそういうのが好きなのだ。だからこそあのブィジュアルでも大抜擢されたと言っても過言ではない。というかそれが真実だ。


 因みにカエクスというのは盲目のという意味で、ディプロザウルスはトカゲという意味なのだ。正式にこいつはトカゲと認められているのでミミズだろという異論は受け付けないぞ。


「ってか、そもそもなんで彼はここに来たんだ? 別にモンスターを倒しまくってレベルをバリバリ上げてやるぜ! っていうモチベーションでもないだろう?」


「それについてなんですが、どうやら彼は依頼を受けているようでして……」


「依頼? 彼はこのミミズを倒す依頼を受けたのか?」


「いや、違いますね。彼は洞窟調査の依頼を受けています。では、なぜこんな所に来たんでしょうか……?」

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