第14話 複合的要因


 彼は海底神殿に入り、今もなお海龍と応戦している。彼はまだゲームを始めて一週間も経っていない、そんな状態でイベント用に調整されてはいるものの、れっきとした龍と戦える訳がない。


 もしかしたら、我々の調整ミスで大幅に弱体化しすぎてしまったのか? いや、流石にそれはないか。もともと強い龍を作った後に弱体化したならまだしも、イベントの為だけに作ったのだぞ?


 それにこのゲームは何度も何度も調整ミスを含めデバック作業をした。それでもミスは生まれてしまうものだとは思うが、まさかこんな大事なイベントモンスターでやらかしているとは、考えづらいだろう。


「モンスターの調整ミスと言うわけではないのだろう? もしかして、プレイヤー側に何か特別なバフでもかかってしまったのか?」


「そんなわけないじゃ無いですか! もう少し現実的なこと言って下さいよ! それよりも、私は他に手掛かりがないか、全力で彼についての情報を洗ってみました。すると、今回の事件の謎が解けたのです!」


「ほ、本当か!?」


「はい。そもそも私達は何か事件がこのゲーム内で起こった時、いやそれに限らずどんな問題が発生した時も、何か一つ大きな原因があると考えてしまいがちです」


 確かにそうだ、この事件においても、彼のスキルや称号にフォーカスしたり、我々の調整ミスを考えていたり、様々な原因を探ろうとしている割に、ただ一つの答えがあると無意識のうちに思って考えてしまっている。


 それに、現実世界でも確かにそうだ。経済が落ち込んだ時も理由は一つでは無いし、子供が悪事を働いた時も、何か一つが原因である訳では無いことが多い。それなのに、我々は問題が起きた時は原因が一つあるという幻想を抱いてしまう。


「しかし、実際はそういう事件ばかりではありません。様々な要因が組み合わさって起きる事故、という可能性もあるのです。そして、まさに今回の事件がそうなのです。

 彼のステータスをもう一度深く確認し、効果のひとつ一つまで見ていくとようやく答えが見えてきたのです。彼が所持している称号の内、博愛主義と湖底の探索者、この二つが大きな鍵を握っていました。

 更にこれだけではありません。博愛主義はHPの自動回復、湖底の探索者は自分のHPよりも大きなダメージを受けたらHPが1だけ残るという効果です。どちらもHPに関する称号ではあるものの、この二つだけでは少しの間足掻くことは出来るかもしれませんが、ここまで継続して戦うことは出来ません」


 確かにそうだ。どちらも強力な称号及びスキルだが、めちゃくちゃ強いというわけでは無い。ましてや海龍と戦える程では決して無いだろう。だが、彼女はこの二つの称号が鍵であると言った。更にピースが必要ということだろう。


「最後のピースを教えてくれ、どうして彼は海龍と戦えているんだ?」


「最後のピース、それは……彼自身の体力です」


「彼の体力……?」


「はい。正確に言うならばHPですが、それがとても大きく関係していたのです。彼のHPに関する称号ととても相性が良かったのです。

 博愛主義の自動回復の量はHP10ずつです。これは私達からするとそんなに恩恵が無いように思えますが、彼は違ったのです。HPの総量が10である彼には私達とはまるっきり別物に見えていたのです!

 後は、湖底の探索者がどんな攻撃も彼のHPより高いから、勝手に1残してくれて、自動回復で全回復する、そして食らう、全回復する、これの繰り返しだったというわけです!!

 つまるところ彼のこの海龍戦は、彼のHPとそれに関連する称号の効果によって引き起こされたものだったのです!!」


 あ、そう、そうだったんだ。うん、とりあえず休暇もらっていいかな? 少し目眩がするようだ、一旦家に帰って愛犬に癒されてから出社してはダメかい? そうすれば私はしっかりと仕事が出来る気がするんだが……


 あっ、そうですかダメですか。

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