第10話 クエストと溺死


 私も彼の観察に対して本腰を入れようと思う。毎回先輩、先輩と呼ばれては耳に悪いし、どうしても胃にくるからな。彼関係じゃなくても先輩と呼ばれるだけで胃薬に手を伸ばしてしまいたくなるほどだ。


 日常生活に支障が出るくらいなら、いっそもう、全てを自分で見て知り、普通の場合にまで影響が出ないようにしよう。


 彼はもう、毒キノコでは死に終わった。少し日本語がおかしい気もするが事実そうなのだ。もう、毒では死ねない体になってるしな。


 流石にここまで来たら、冒険に出てくれるだろう。だって、毒を持っているモンスターに対して、圧倒的なアドバンテージで倒せるんだからな。一気にある程度の強さにはなることが出来る。


 だが、彼が冒険に出ないということを、心の何処かでは理解していたのかもしれない。そして、彼が冒険に出るだろう、という予測は単なる私の願望に過ぎなかったのかもしれない。


 そう、彼は、また新たな一歩へと歩み始めたのだ。街のギルドでは無く、森の方へ。


 普通、冒険をしようと思ったらクエストを受ける。クエストはモンスターを倒したり、素材を集めて納品したり、雑用など、様々な仕事がある。そこでこの世界での基本事項や立ち回り方などを理解し覚えていく。


 更に、クエストには美味しい面もある。それはクエスト達成で経験値がもらえるのだ。経験値はモンスターを倒したり、レアなアイテムを手に入れた時に手に入れられる。そこに加えて、クエスト達成も含まれるのだ。


 これの何が美味しいかというと、経験値を稼ぐ為のモンスターを倒すという行為を報告するだけで、経験値がもらえるのだ。つまり、一体のモンスターで二度美味しいってことだ。経験値を稼ぐ面だけで言うなら、クエストは外せない。


 そして、そのクエストを受ける場所が冒険者ギルドなのだ。だから、みんなまず最初はそこにいくし、我々もそこにいくことをお勧めしている。自分の強さにあったクエストを提示してくれたりもするし、経験値だけでなく、報酬でお金ももらえるのだ。


 クエストというのは、初心者では決して避けることの出来ない道なのだ。


 だが、それなのにこんなにも旨味があるというのに、知ってか知らずか、何故か彼は森へと向かうのだ。森に何かあるのか? ホーンラビットに刺され、毒キノコにやられ、まだ森に用があるというのか?


 そして、彼が到着した場所は、湖だった。


 ウチのチームの一人に湖ガチ勢がいて、その子が一生懸命作った湖だ。水質からグラフィックまで現実の水となんら変わりないレベルにまで、あの子が作り込んでくれた。そのため、水はこのゲームの中でもかなり自信のある部門だ。


 だが、その思い出を想起させる湖の縁に彼は佇み、そして、飛び込んだ。



 溺死



 ふとその言葉がよぎった。私が思い出している間に彼は何を考えていたのだろうか。無意識に死から遠ざけようとしていたが、彼が水しぶきと共にそれを私に叩きつけた。


 水が孕む、美しさと恐ろしさを。


 例えゲームと言っても、死に対する恐怖は消えないはずだ。プレイヤーの中にはモンスターに殺されて、立ち直れなくなっている人も一定数いる。


 そんな現実とほぼ変わらない世界で、脳になんの異常もなく、そして一切の躊躇無く自ら死に逝ける。その心は一体……?


 そして、彼は何処からともなくまた湖に現れ、水しぶきを上げて、消えた。

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