第8話 深まる謎


「先輩! もう、どこに行ってたんですか? 私が呼んだら、人の話も聞かずに何処かへ行くのはやめて下さいよ!」


 何処かへって、人の気苦労も知らずによく言うよ。私にとっては胃薬が生命線だからね。これが無かったら、業務に支障が出るほどなんだよ? 全く、若いっていいねー。


「なんですか、その顔は。何を考えているんですか? ま、いいや。そ、れ、よ、り、例の彼ですよ、またまたやっちゃってくれました。件のホーンラビット事件で調子づいたのかは知りませんが、なんと、今度は毒キノコによる、自殺を開始したんです」


「なに?」


 漸く、彼にも冒険者としての生活が始まり、私たちにも穏やかで楽しい観察生活が始まろうとしてたのに……なんということだ。普通であれば、一般のプレイヤーであれば、こんなに疲れることも、心配することも無いだろうに、彼は前科持ちだ。何かが有るのは目に見えている。


 それに、何かが有るのを期待している自分がいるのも厄介だ。もっと冷静に、冷酷に対処出来ればいいんだろうけど、このままどうなるかが、一観察者として、気になってしまっている。


 観察者としてはこれが正しく、何も手を加えないのが正解なのだろうが、ゲームを作った身、そして、それを運営していく身としては、この不安な状況を改善したいとも思っている。


 まだ、何かがあると決まった訳じゃないんだし、もう少し様子を見るか。運営の身としてもあまり手を加えるべきでは無いからね。実際、こういう業界ではどうしても対処療法的になってしまうんだ。


 問題が起きる前に予防しようとしたら、それは自由を奪うことになりかねないからね。問題が起きて初めて対処が可能になるんだ。だから今、私達に出来る手段は無いだろう。


 そう、半ば自分に言い聞かせるように言い訳を重ねたが、


「先輩! 彼が毒耐性と、称号を一つ獲得しました!」


 ごめん、一旦、胃薬。


「それは、本当か? それはどんな称号なんだ?」


「ここで嘘をつく理由が無いじゃないですか、称号は、キノコ喰らい、効果は、キノコを食べた際の効果上昇です。脅威度的にはそこまで無いですが、こんな手段で毒耐性が取得出来るなんて……」


 もともと、毒耐性は第二の街のスキルショップで、そこそこの値段で売っている時がある。まず、初心者には買えない値段だ。中級者で、ある程度依頼をこなせるようになって、資金に余裕が出来るようになってから、買うような物だ。


 まあ、毒耐性の取得だけを目的にした場合、多少は早まるかもしれないが、それでも他を犠牲にしなければならないし、そこまでして欲しいスキルでも無いだろう。


 その毒耐性を、ゲームを始めたての初心者がこうもあっさり獲得してしまうとは、いよいよ、ゲームバランスに影響が出るかもしれないな。なんせ、毒を持っている敵が脅威ではなくなる、もしくは脅威度が下がるのだ。


 そうなれば、毒を主軸にした格上の相手を倒せる確率が上がり、効率良く強くなることが出来る。


 更に、彼は意識していないようだが、毒キノコで死にまくっていることで、百の屍を超える者、の効果も出てき始めている。デスペナルティが殆ど影響しない今に、死亡数を稼がれると、後々響いてくるだろう。


 彼はもしかして、一見遠回りをしているようで、実は、このゲームの最前線をこのスタート時期から狙っているのかもしれない。だからこその、この奇抜で狂気的な行動をし、それに耐えていられるのかもしれない。


 いや、仮にそうだとしても、彼にはスキルと称号が貰える確証はないはずだ。ならば、この仮定が間違っているか、それともなんらかの手段で、獲得出来るスキルと称号を知っていた?


 だが、知っているならば、ホーンラビットの憐れみを獲得はしなくないか? 少なくとも、私ならば、しないぞ?

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