第4話 痛覚設定


 痛覚設定、それはゲーム内での痛みの度合いを決められるものだ。


 100%にすると、現実のおよそ八割程度になるように設定されており、基本設定は20%だ。高すぎはしないか? 痛みは完全に無効にするべきではないか? など、様々な意見が飛び交い、私を含め、関係者一同で、何度も議論をおこなってきた。


 そして、最終的に至った結論が、20%という値だった。何故無効にしなかったかというと、そもそも、痛みというのはそれを感じることで、我々人間がそれを危険であると認識するものである。それがあるからこそ、人間は今日まで生きながらえることができたとも言えるだろう。


 その、根元的な人間の生存システムを、ゲーム内限定とは言え、完全に無効にすることは、現実世界にも何らかの影響があるかもしれないと判断した。仮にもし影響があったとして、どのような状態になるのか、まだまだVRに関して、世界的に研究が行われている今の状況では、確かなことはわからないため、試験的な意味合いも込めて、20%に落ち着いた。


 勿論、安全確認は入念に実施している。だが、それでも、不安になるものもだろう。それに加え、このゲームでは、痛覚設定の変更も出来るようにしてある。現実の痛みの二割から八割の間で、プレイヤー達に選んでもらうようにしてある。


 これをしている理由は、やはり、結局それぞれがそれぞれに合った度合いで設定することがいいだろう、という結論に至ったからだ。


 こちらとしては、なるべく高いことが推奨したいところだが、ゲーム内では、現実では決して味わうことの無いような痛みを感じる場合があるため、一律で統一することが難しく、個々人の責任の下に設定してもらっている。


 この痛覚設定問題に関しては、我々を長く苦しめてきた問題の一つでもある。


「その、痛覚設定をマックスにする、か。それもステータスも降らず、SSZSに認められた青年が……そして、その状態で、死にまくる、絶叫しながら、何度も、何度も……」


 率直な感想は、何故? というものだった。


 何の為にそれをするのか、単純に理解ができなかった。最初はただ単に、プレイングの問題かとも思ったが、そうではないのはもう明確だった。


 これは今までに見てきたことのない類の人物だし、本当に気が狂ってるとしか思えないのだ。


 痛覚設定に関しては、80%以上の方は常に脳波を測定し異常がないかを監視している。もしも異常があれば、直ちに、強制ログアウトの上、病院送りだ。


 だが、それでも、彼は正常なままだ。回を重ねるごとに安定していく。普通は逆で、もう、発狂していてもおかしくないはずだ。どうやって正気を保っているのだ?


 何故そこまで出来るのか、そして、そこまでして得られるものは何なのか? それより、得られるものなんてあるのか? そこにあるのは、苦しみと絶望だけじゃ無いのか? 彼には一体何が見えているというのだろう。


 疑問しか出てこないのだ。仮に何かをそういうものだと受け入れる、または、仮定的に理由をつけてみても、一向に考えが進まないし、理解もできない。


 このゲームに於いても、死ぬことは勿論デメリットである。ペナルティがあるからだ。


 ただ、このゲームの、他のモノと違って、特殊な点である、SSZSがどういう判断を下すのか。そして、この先彼が何を目指し、何を獲得していくのか、注目していく必要がありそうだな。


 そして、こんなにも面白そうな観察対象を後輩に先に見つけられただけでなく、その魅力に気付けなかった自分が、とても悔しい。


 帰りにコーヒーでも奢ってやるか。

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