第32話 卑怯者

アリアが弾け飛ぶように赤髪に走る、ハルは瞬時に弓を構え限界まで引いた矢に風を纏わせ、風で推進力加え、放つ。


こちらを振り向こうとしていた赤髪の背に突き刺さり、貫通した。

矢の衝撃と威力に少しよろけた赤髪にアリアの剣が肩から脇腹にかけ振り下ろされ、その胴体を両断した。


ズレ落ちる上半身が地に着く前に黒い影に変わり蝙蝠に形どられ、大きな岩の上に集まり、傷一つない元の姿が復元される。


「いきなりかよ、まぁ俺も…」

赤髪のヴァンパイアの言葉を聞く者はおらず、赤髪がいる場所へソフィの火球が飛ぶ。

岩から飛び降りながら避ける赤髪、そこに弓を放った後駆けていたハルが飛びかかり2本の剣を同時に叩きつける、赤髪は空中にいる為避けられない、防御してもハルの風を纏った斬撃は切り裂く、筈だったが、赤髪は空中で軌道を変えひらりと躱す、ハルは岩を蹴り地面に着地する、赤髪に黒い翼が生え空中に留まったままだ。


アリアはハルの攻撃後追撃する為に向かっていたが、空中に留まる赤髪を見て飛び上がり、剣を上段から振り下ろす、空中で左に躱す赤髪、アリアを叩き落とす為に蹴りを放とうとするがビンスの火球が直撃する、ソフィも火球を放っており右に避けても直撃していただろう、吹き飛ぶ赤髪をハルが追う、地面に叩きつけられようとしたところにハルは斬撃を合わせるが、赤髪は寸前で高く舞い上がりハルの攻撃は空振りに終わった。


「俺の番だ」

上空にいる赤髪のヴァンパイアがそう言うと滑空しながらハルに突っ込む。

ハルは突っ込んでくる赤髪に右手の剣を横に振るい合わせるが、間合いギリギリで赤髪が急ストップ、ハルの剣は届かず空を斬る、攻撃後の体勢のハルに赤髪の蹴りが腹に迫る、前に重心がかかっているハルは後ろには避けられず横に飛ぶが追ってきた蹴りが脇腹に入る、威力は軽減出来たが横に飛ぶ勢いと合わさりハルは吹き飛ばされる。

蹴りを放った体勢の赤髪にアリアの横薙ぎの剣が首を襲う、それを上半身を反って避ける、反った所にソフィの剣が頭に振り下ろされる、それを更に反って地面に手を突きながら避け、手を支点に体を捻りながら回し蹴りをアリアに食らわせ勢いを落とさずソフィをも蹴り飛ばした。

2人は人ならば背骨が折れるような動きに一瞬の驚きを見せたが、蹴りを剣で受ける事は間に合い少々蹴り飛ばされたがダメージはない。

魔力を込め火球を放とうと構えていたビンスは連携して攻撃出来ない状況になり、単発での攻撃は当たらないと思い中断する。


戻ってきたハルの表情はとても冷たく、発した声には感情が感じられない。


「そいつに噛まれるな」

その言葉で3人は理解する。

赤髪のヴァンパイアの能力とハルの心情を。


「お前は必ず殺す」

アリアの憤怒の表情と殺意をのせた言葉を受けた赤髪のヴァンパイアは飄々とした態度で答える。


「ハハッ、つまんねぇ冗談」

血管がはち切れんばかりのアリアが飛びかかる、振り下ろした剣は直線過ぎて簡単に弾かれる、しかしハルも合わせて動いており横薙ぎに胴を狙う、後ろに飛んで避けた赤髪に左右からソフィとビンスの火球が迫る、上に飛んで回避した所にアリアが飛び上がりながら下から上に剣を振るう、翼で勢いをつけ更に上に回避した所にアリアの真後ろを飛んでいたハルが風で勢いをつけ方向を定め突っ込む、ハルが突然現れたように見えた赤髪は回避出来ず腕を斬り飛ばされ腹を掻っ捌かれながら上空に逃げる。


赤髪の地に転がっている腕が黒い影の無数の蝙蝠に変わり元の場所へ戻り形を復元する、斬り裂かれた腹は黒いモヤが纏わり付き全ての傷が消える。


「4人は面倒だな…逃げちまうか…」

そう赤髪が呟いたが4人には聞こえない。

しかし、答える者が現れる。


「相変わらずヴァンパイアは卑怯者だな」

山頂方向の空から現れたのは細身の壮年男性、正装だ、ハルの側に降り立つ。


「あの卑怯者のヴァンパイア逃げようとしているぞ、だが私に任せておけ、卑怯者が大嫌いな私が逃さぬよう結界を張ってやる、存分に戦え」

見た事のない男性を不審がる暇は無く、男性の魔力の波動に赤髪は驚愕し固まる、4人も突然のことに固まるが聞き覚えのある声にハルが反応する。


「クシャルさん…?」

「そうだ、シルフィードに会いに行く途中お前を見かけてな、いつもならシルフィードに会える日が近くなるといてもたってもおられず暴れてしまっていたが、お前に付いてるシルフィードの匂いで落ち着き、山を壊さずに済んだから礼をしに立ち寄った」

「そ、そうだったんですね…」

「卑怯者のヴァンパイアと戦っていたが私には関係ない、礼だけ言おうと近付いたが、あの卑怯者が卑怯な言葉を吐いたのでな、癪に触った」

「たしか、卑怯者が大嫌いでしたっけ?」

「その通り、元々ヴァンパイアは好かん、あいつらの戦い方は卑怯だからな、弱い者をいたぶり、劣勢になれば逃げ出す、私とは大違いだ」

「な、なるほど…」

「だから逃げられぬよう結界を張ってやる、しかし私は戦いには手を出さん、正々堂々では無くなるからな」

「俺達は4人がかりですけど…正々堂々ではないんじゃ…」

「それは大丈夫だ、お前達は4人で1つなのだろう?私は分かっている、しかしそこをシルフィードは分かっておらん、戦いは1対1でなければならんと頑なだ、もし数で攻めようものならその数倍は数を用意するだろうな…私とシルフィードの意見の違いはそこだけだ…小さな、小さな、小〜さな意見の違いだ」

「わかりました、色々と…」

「結界を礼とさせてもらう、ただシルフィードと会う時間が短くなるから早く終わらせろ、正々堂々とな」

「ありがとうございます」

ハルが頭を下げるとクシャルは上空に飛び上がりそこで留まった。


その間、赤髪のヴァンパイアはこの場を去ろうと試みるが見えない壁に阻まれていた。

ハルは3人と目を合わせると、話を理解していたようで頷く。

クシャルの登場で場は一時乱れたが、そのおかげもあってかアリアは落ち着きを取り戻していた。


「ソフィとビンスは魔力量に注意しろ、ハルは攻撃を単発で終わらせず斬り刻め、あたしを囮に使って構わん…よし、行くぞ!」


アリアの言葉が終わると同時に4人が動き出す。

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