第31話 いっぱい

王都を出発して、龍山を南下しながら戦いに明け暮れ、6ヶ月が経ったある日、中腹を進む4人。


「2人ずつに分かれて相手するぞ!」

アリアの声にハルとビンス、アリアとソフィに分かれ、ティラノと呼ばれる全長10mはある竜種2体に其々向かっていく。

ハルに口を開け頭を振り下ろして来る

ティラノ、ハルはギリギリのタイミングで高く飛び上がり避ける、ティラノ攻撃が空振りの顎が地を抉る瞬間、ビンスの火球が顔面を捉える、ハルは空中で後方に風を起こしティラノの背後に着地する、火球の衝撃に数秒怯んだティラノが向かって来るビンスを睨みつけ攻撃に転じようとした瞬間に尻尾を切り落とされる、ハルが背後に着地した後再び飛び上がりながら尻尾の付け根を切り飛ばしていた、痛みからか咆哮を上げるが、その痛みから間髪入れず足を切り裂かれる、ティラノに向かっていたビンスは睨み付けられた視線をものともせずスピードを上げ、咆哮する事が分かっていたかの様に足元迄辿り着き炎を纏った片手剣で斬り裂いた、ティラノは2度の激しい痛みに堪らず転倒する、落下中のハルは風で方向を定めティラノの首を目掛け落下スピードを上げながら突っ込む、首に衝突する瞬間両の手に握られた風を纏う剣を叩きつけた。

着地に失敗したハルがゴロゴロと転がる、それに合わせるかの様にティラノの頭も体から離れゴロリと転がった。


「向こうも終わったみたいだね」

ビンスの言葉に目を向けると、ティラノの頭が燃え両足が無くなっていた。


「僕が剥ぎ取るから見張ってて」

ビンスは剥ぎ取りを始める、ハルは周囲を警戒する。


剥ぎ取りを終え、4人が集まる。


「やっぱりハルが剥ぎ取った方が切り口が綺麗だよね」

ビンスの言葉にアリアとソフィが答える。


「確かにな、火で焼き切るより風でスパッと切った方が見栄えはいいな」

「だからってハル1人にやらせちゃダメよ」

「わかってる、じゃあ次行くぞ」


チームアリアとビンス、この4人は龍山を2ヶ月間隔で上り下りを繰り返している、この半年で龍山の環境にも大分慣れて、今では2ヶ月で6合目まで来れる様になった。

今日は中腹に滞在する最終日、明日から下山しそのままフォルトを目指す予定だ。


今いる場所は岩石地帯、天候はいいが風が強く吹き出し寒さは感じる。


「風が強くなってきたな、あそこの大きな岩を風除けに休憩しよう」

アリアの提案に3人は頷き、岩場の影に向かう。

岩陰で火の加護を使い温めた飲み物を飲んでいると益々風が強くなる。


「ここまで強い風は初めてだな」

「これじゃ火の加護を使えないかもね」

アリアの言葉にビンスが答える。


「じゃあ風が弱まる迄休憩にしましょう、この風なら魔物に見つかることは無いわ」

「そうだな、大丈夫だろう」

ソフィの言葉にアリアが肯定する。


暫く休んでいるとピタリと風が止む。

不思議がる4人、次の瞬間、強烈な魔力の波動に襲われる。

4人は固まる、微動だにできない。

大きな羽音と共に明らかに巨大な何かが近くに降り立った轟音が聞こえた。

これは想像しうる最悪の事態だと4人は確信した。

羽音と巨大な何かが動く音だけが聞こえる。


(シルフィードの加護を持ってる者、出て来い)

「えっ?」

ハルが聞こえた声に思わず声を出す。

それを聞いた3人は目を見開くが動く事は出来ない。


(風の加護だ、持ってる者姿を見せろ)

ハルがそろりと立ち上がる。

3人は目は見開いたまま口まで大きく開く。


「なんか呼ばれてるから行ってくる」

ハルの言葉を理解できない3人は目と口を開いたまま見送る事しか出来なかった。


ハルが岩陰から出て見たのは、体長70mはあろう大きな存在、体は細長く翼は6枚、とても強い魔力の波動と神々しさを感じる。


(ほう、子供ではないか)

「あの…俺に何か…」

(シルフィードから直接風の加護を貰ったな?)

「シルフィードって…誰ですか?」

(美しい、とても美しい女だ)

「たしかに綺麗な女性に貰いました、加護」

(そうだろう、シルフィードの気配を感じる)

「あなたは…龍、ですよね?」

(そうだ、風龍クシャルとは私だ、シルフィードの気配を感じ、会いに来た)

「ク、クシャル…さん?なんで俺に…」

(だからシルフィードの気配を感じたから会いに来たと言っている)

「えっ?それだけ?」

(それだけとはなんだ!好きな女の気配がしたんだ!当たり前だろ!)

「す、すみません…あ、当たり前でした」

(うむ、そうだな)

「シルフィードさんの気配があるのがなんで分かったんですか?」

(正確には匂いだな、シルフィードの匂いがする、お前達にはわからん、私だけがわかる匂いだ)

「そうなんですね…でも、なんで俺からそんな匂いが…」

(お前は足が速いか?)

「速いかはわかりませんけど、シルフィードさんが居た山は走って登りました」

(シルフィードは足の速い男を好む、それと正々堂々とした戦いをな)

「あー…なるほど」

(私はこの世界で1番速く飛べる、それに卑怯者が大嫌いだ、よってシルフィードに相応しいのは私だ)

「そうですか…」

(シルフィードとの出会いはかれこれ4500年程前だ、初めて出会った時の衝撃は今でも鮮明に思い出せる、あの時私は…)

そこから暫くクシャルとシルフィードの馴れ初め?を聞かされた。


(…100年に1度しか会えない私達は、その時心が通じ合ったのだ)

「…」

(感想は?)

「感想ですか?」

(こんなにも美しく純粋で清らかな恋物語を聴いての感想だ!!)

「す、すごく良かったです」

(それだけか!!)

「か、感動もしました、たくさん…」

(そうだろう、心に響いたであろう)

「なんで会いに行けないんですか?100年も」

(私はこの山から出られない、これは決まりなのだ…神の決めた)

「か、神様いるんですね」

(いるぞ、いっぱい)

「いっぱい!?」

(そんな事はどうでもいい!この山から出られない私でも100年に1度、1日だけ人化して出てもいいのだ、その日はもうすぐ、あと日が30昇れば会いにいける!)

「いっぱいいるんだ…」

(聞いているのか!)

「すみません!聞いてます、ちゃんと」

(久々にシルフィードの匂いを楽しめた、感謝する、それとこの声はお前にしか聴こえておらん、こちらを見ている仲間に説明してやれ、ではな)

クシャルはそう言うと山頂に飛び立って行った。


すぐに3人がハルへ駆け寄る。

アリアがものすごい形相でハルの両肩を掴む。


「な、な、な、な」

「アリア、落ち着いて」

「ふー…な、なんだったんだ!?今のは!」

「なんか話しかけてきたんだ、クシャルさんが」

「クシャルとは今の龍の名か!?」

「あぁ、そう言ってた、でも声は俺にしか聴こえてないって言ってたんだ」

「たしかにハルは1人で喋ってたな」

「それはちょっと恥ずかしいな…」

「また来るのか?」

「大丈夫、来ないと思う」

「それならいい…あの感覚は生きた心地がしない、岩陰に戻ろう、もう少し休憩しよう」

岩陰に戻り一息ついた4人。

ハルはクシャルの馴れ初めの部分以外を話した。

3人は同じ部分で驚愕した。


「いっぱいいるのか!?神様が!?」

「信じられない…」

「凄すぎる!ハル!凄すぎるよ!」

「俺も驚いた、すごく」

「でも、話しても誰も信じてくれないだろうなー」

「確かにな、今の光景を見ていない者には信じられん」

「私達だけの真実ね」

4人は顔を見合わせ笑みが溢れた。


「皆レベルアップして貴重な体験もした事だ、山を降ろう、そしてフォルトに向かう」

「そうね、今回はアリアが漏らさなかったから実力は大分上がったわね」

「…ビンス忘れてくれ、ハル再度忘れろ、師匠命令だ」

「フフ、わかったよアリア」

「わかった、師匠」

「よし、行くぞ」

4人は歩き出す。

少し先を行くアリアが隣にいるソフィに小声で怒っている姿を見ながらハルは少し笑った。


そこから1ヶ月程龍山を降った4人は実力が上がった事からか、後2週間でフォルトに着くだろう場所まで来ていた。


「この調子ならフォルトまで半月くらいか?」

「そうね、それくらいで着くわ」

アリアの問いにソフィが答える。


「この旅で僕の実力もかなり上がったよ、魔族領まで行けちゃうかもしれない」

「そこまで甘くない、山の頂上から先の魔物はよく分かって…」

「あそこ、誰かいるね」

ビンスの言葉を訂正していたアリアの言葉をビンスが遮る。


50m先の岩と岩の隙間からチラリと見えた人影は赤髪に見えた。

数秒後、その人影が岩陰から現れ認識する。


その瞬間、ハルとアリアが動いた。

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