第29話 想い

ビンスに連れられ、とても高級な店で食事をした。

運ばれてくる料理は香り豊かで見た目も鮮やか、ビンスの解説もあり何を使い、どう調理しているのかも分かったが、その複雑な味わいはハルには理解出来なかった。


「アリアとソフィの料理の方がおいしいかな…」

「だろうな!あたしの愛情込めたてりょ…」

「アリア、大声を出さないで」

「…」

「ハルには少しばかり早かったかな?冒険者をしてるとこういった料理や雰囲気は味わう機会が少ないからね、これからは僕が色んな料理を食べさせてあげるよ、アリア達と一緒にいるなら王都を拠点にするんだろ?」

「まだわからない」

「そうだな、フォルトでどうなるかもわからんからな」

アリアが補足する。


「いやそういう訳じゃない、アリア達と俺の目的は少し違う、いつかパーティーを抜けるかもしれないから」

「なんだと!?そんな事は師匠が許さんぞ!」

「アリア、声」

「…」

「いつか、かもしれないって言ってるだろ」

ビンスが特に気遣うこともなくハルに聞く。


「ハルの目的はなんだい?」

「ヴァンパイアを皆殺しにすること」

「それは大変だね!という事は魔族領に行くんだ?」

「あぁ」

「それは僕には手伝えないな」

「誰かに頼む気はないよ、1人でも行くつもりだから」


アリア達の目的はヴァンパイアを根絶やしにすることでは無く、赤髪のヴァンパイアを殺す事、ハルはそう思っている。

仮に赤髪のヴァンパイアの息の根を止めればアリア達の目的は達成されるだろう、事実アリアとソフィはその先を考えていない。

ハルはそこでは止まらない、地の果てまでヴァンパイアを追い皆殺しにするだろう、たとえそこで力尽きても構わない、目的が達成されるのであればその後の人生は望んでいないからだ。


アリアとソフィはハルのヴァンパイアに向ける憎悪は理解している。

何が原因かは聞く気は無いがヴァンパイアを殺したいという気持ちは共有出来ている。

そこには狂気を孕んだ感情がある、アリアとソフィもそれがあるからヴァンパイアを自ら追いかけるという、冒険者から見ても命を捨てに行くような行動をしている。

しかし、ハルの狂気は常軌を逸している、この歳でここまで強くなっているのもそうだが、更に魔族領を1人でも目指す、これは無謀すぎる、辿り着けたとしても帰ってくる事はほぼ、いや確実に出来ない、それでも今迄同様かそれ以上に訓練、鍛錬をし続けるという事だ、そこには人が通常求めている感情が入る隙間がない。

アリアとソフィは少なくともそういった感情は持ち合わせている、同等の冒険者と比べても自らを鍛える時間は多い、それでも遊んだり美味しい物を食べたり、過酷な目的の中でも楽しみを忘れてはいない。


ハルの狂気を理解したアリアは黙ってしまう、ソフィは会話はするものの当たり障りのない内容、ハルとビンスの会話がしばらく続き食事を終えた。


宿に戻ってきたハルは風の加護の訓練を加えた日課の訓練を行なっていた。

そこにアリアとソフィが訪れる。


「ハル、少しいいか?」

「あぁ、入ってくれ」

部屋に入ってきたアリアは立ったまま、ソフィは椅子に腰掛けている。


「ハル、あたし達は赤髪のヴァンパイアが憎い」

「座ったら…」

「必ず見つけてぶっ殺す、それは決めている」

「あぁ」

「だから魔族に関係している事が起こればそこへ向かう、あいつがいるかもしれないからな」

「わかるよ」

「あたし達は、そいつに…目の前で仲間を殺されてる…ゴータッド、ソフィの兄貴だ」

「…」

「8年近く前だ、銀級になりたての頃、中層で狩りをしていた時あいつを見かけてあたしが声を掛けちまった、見かけない奴だったからな、瞬きしてるうちにゴータッドは胸を貫かれてたた、頭が真っ白になった…ゴータッドの頭を踏み潰されて現実に戻ったけど、取り乱したあたしは力の差なんて考えず斬りかかった、けど一撃も当たりも擦りもしなかった、あいつは薄ら笑い浮かべてたよ、去り際に「腹はいっぱいだ、楽しんだ後だからこれぐらいで見逃してやる」って捨て台詞吐いて消えたよ」

「…」

「後悔や悲しみ、怒りと悔しさ…感情がぐちゃぐちゃになった、だがすぐに1つだけは決まった、あたしは赤髪のヴァンパイアを殺す、ソフィはそれに付き合ってくれてる、気持ちも同じだと思ってる」

「えぇ、同じよ、私は兄さんが殺された時1歩も動けなかったけど…」

「そうか…」

「あたし達はヴァンパイアが憎い、けどそれは殆ど赤髪の奴に向いてる感情だ、魔族領まで出向いてってヴァンパイアを皆殺しにする程のもんじゃない」

「わかってるよ」

「赤髪のヴァンパイアは必ず殺す、あたしが犠牲になってもソフィがトドメを刺してくれればいいとも思ってる、ハルでも構わない、探し続けるが死ぬ迄に見付からなければ仕方ないとは思えてる、ヴァンパイアとは寿命が違いすぎるみたいだからな…」

「…」

「あたしは魔族領に見つけに行くよりも人の領域に来たのを見つける方が目的を成せる確率は高いと思ってる」

「じゃあ1人で…」

「あたしはお前の師匠だ!師匠は弟子より強い!」

「なんだよいきなり」

「聞け!弟子が龍山に挑む時は師匠は龍山を越えている、弟子が魔族領についた時は師匠は魔族領の最奥で戦っている、弟子が魔族領の最奥で戦っている頃には師匠は人の領域に帰っている」

「何を言ってんだ?」

「…あたしに任せておけばいいんだ!わかったな!」

「え?なに…」

「返事は!?」

「わかった?よ、師匠」

「よし!寝る!」

アリアは力強くドアを閉め部屋を出て行った。


「…ソフィ」

「あれじゃ伝わらないわよね…簡単に言えばハルが魔族領に行く時は一緒に行くし、一緒に戦うし、目的を達成したら連れて帰ってやるって言いたかったのよ」

「…」

「格好つけて伝えたかったんでしょうけど、上手くいかなかったから最後は力技って感じかしら」

「なるほどな…」

「もちろん私も一緒よ、じゃ私も寝るわね」

そう言い残してソフィも部屋を出て行った。


訓練を再開するハル。


アリアとソフィの気持ちを聞かされたが、連れ帰るという気持ちだけはハルには届かないかもしれない。

目的を達成したハルは生きる事を拒絶してしまうかもしれないからだ…受けた悲しみや絶望はあまりにも大き過ぎた、今、生きている事が奇跡的なくらいに。

これから仲間と共に沢山の時間を過ごすだろう、それが結末にどう影響するかは分からない、しかし訓練を続けるハルの表情はとても柔らかなものだった。

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