第26話 完全な
ハルはキングビーの針での攻撃を躱す、最小限の動きで躱しその針を斬り落とす。
切断した部分から毒々しい液体が滴っている、あれに当たらないように気をつけないと、と思いながらハルは少しずつ距離を詰める。
キングビー、4mはある蜂型の魔物。
その巨体にそぐわない俊敏さをしており、針での攻撃を食らえば毒も相まって一撃で絶命するだろう。
針は斬り落としたが俊敏さは健在、ハルの攻撃に怯む様子はなく、攻撃のタイミングを見計らっているようだ。
キングビーが噛みつく為に突っ込んで来た、ハルはバックステップと体を捻ることで回避する、捻った動きに攻撃を重ねて胴の継ぎ目を斬る、半分程は刃が届いたようでキングビーがふらつく。
ハルが回避して着地した足に力を込めて飛びかかろうとする、そこにキングビーが針を斬り落とされた部分を振り回して毒液を飛び散らせる、その一滴一滴が見えているかのように隙間を縫い近づき胴を両断、落ちた上半身に近づき頭を切り飛ばした。
針と魔石を魔法の袋に入れ歩き出す。
アリアの言っていた通り1人で戦っている、時たま龍山の方で轟音が聞こえる為2人が戦っているのがわかる。
下層を3人で歩いている間に下層の主な魔物の情報を教えてもらっている、戦い方や弱点ではなく、種類と高額な素材だけを。
ハルは出会った魔物は全て戦っている、それがここに来た目的の1つだからだ、今のところ苦戦も被弾もない。
ある魔物には注意しろと言われている、竜種だ。
普段は龍の住処にいるようだが、偶にフロンティーラの森に入って来る、生存競争に負けたのか食料を求めてなのか、将又好奇心なのか、わからない事は多いが出会った時は不運を嘆くしかない。
今、ハルは目の前の魔物に全ての神経を集中している。
体長は8mはある、翼はないがその眼や爪、異常に発達している顎や背中に生えた鱗、二本の足で立っている体全体から放たれる威圧感は凄まじいものがある、竜種だ。
威圧する為か咆哮し、その発達した顎で食らおうと迫って来る、体が大きい為躱すにも大きく動かなければならない、ハルは直前まで引き付け横っ飛びで回避する、着地した場所へ尻尾が振るわれる、飛び越え回避しながら斬りつける、傷は付くが浅い、魔力を偏らせる魔統御を使い踏み込んで振るわなければ両断は出来ないだろう。
尻尾に付いた傷は全く影響を与えず、体の向きを力任せに地を抉りながら切り返す、突っ込んでくる竜にハルも向かっていく。
竜は体に似合わぬスピードで迫る、ハルは先程の攻防で距離感を掴み大きく開かれた顎をギリギリで躱す、躱す動きで向かっていたスピードを落とさぬようステップを踏む、そのスピードとステップを攻撃に繋げ竜の左足にファルシオンを叩きつけた。
竜の左足は斬り飛ばされ倒れる、ハルがいる方に倒れてきた為大きく飛び退くが、そこに倒れながらも尻尾を振るう竜、宙にいるハルは盾で受ける、弾き飛ばされる、10m程離れた木にぶつかり止まる、魔統御を十全に使いダメージはないが盾が砕けた。
片足を失い立とうと踠いている竜は今も尚力強い威圧感を感じる、ハルは顎と尻尾に気をつけ近付き全力をもって首を斬り落とした。
「大丈夫だったな」
アリアとソフィが現れる。
「竜種の声が聞こえたからな、途中から見てたが竜種でも問題ないようだ」
「盾が壊れた」
「あの盾じゃ受ければ当たり前の結果だ、受け流すか躱すべきだったな」
「次からはそうする」
「防具なんてのは無い物と思え、たとえ上等な防具に替えてもだ」
「なんで?」
「いいか、これからお前が戦う敵はどんどん強くなる、その攻撃力は凄まじい、人間ではいくら頑張っても辿り着けないくらいのな」
「だから…」
「そう、だから被弾すれば只では済まなくなる、あたしの防具でも今の竜種の攻撃を何度もは耐えられん、防具が壊れれば生身になる、生身で食らえばいくら魔力を纏おうがダメージがある、ダメージが入れば動きが鈍って終わりだ、よって防具を頼ってはいけない、戦闘中に防具を頼る可能性がある動きはするな」
「わかった、師匠」
「次からはそこを念頭に置いて戦え」
「ハル、スペアの盾はあるの?」
ソフィがハルに聞く。
「いや、ないよ」
「じゃあ私のスペアの片手剣を使いなさい、何も持ってないよりいいでしょ?」
「ありがとう」
「双剣になってもハルの戦闘スピードなら問題無いはず、戦いながらすぐ慣れるわ」
「双剣はニールが使ってるの見てたから大丈夫だと思う」
「ニール?あぁ、あの人ね」
「うん、何度も一緒に戦った事があるから」
「そう、パーティーを組んでたの?」
「いや、そういう訳じゃない、ただ一緒に依頼受けたり試験官をしてもらったりしたんだ、兄貴みたいな存在かな」
「そうだったの…アリア、聞こえたかしら?」
「き、聞こえてる」
「ならいいの、ハル、渡した剣はまだスペアがあるから気にせず使っていいわ」
「わかった、ありがとう」
ハルは少し元気の無いアリアを不思議に思いながら3人で昼食を取り、また1人で下層を歩く。
龍の住処の麓を歩くアリアとソフィ。
「私は、わ、悪くない」
「突然どうしたの?」
「ニールとかいう奴のことだ…」
「あー、悪いなんて思ってないわ」
「さっき…なんか…」
「ハルの言葉をちゃんと聞いてたなら問題ないわ、それだけよ」
「そ、そうか」
「ただ、ニールって人の気持ちを考えればあそこまで言わなくても良かったんじゃないかって思ったかな」
「…」
「仲間を失う辛さはわかるでしょ?それに彼からは憎しみみたいな感情は感じられなかったわ、多分ハルへの思いからああいう行動を取ったんじゃないかしら」
「そうだろうな…」
「だから、ハルも彼を同じように思ってるって言葉を聞いてくれていれば大丈夫よ」
「あぁ覚えとくよ、しっかり」
アリアは次にニールと会った時も態度は変わらないだろう、しかし向ける感情は柔らかくなっている筈だ。
ハルは両の手の剣を振りながらニールの事を思い出していた。
(たしかこう振ったらこう振って、こっちに動いてたな…こうかな?この方がいいな…)
ニールの動きを模倣したりアレンジしたり、試しながら歩いている。
(そういえば…追いつくって言ってたなニール、俺がここにいる事知ってるのかな…)
ん?雲行きが怪しくなってきた。
(待ってなくていいとも言ってたからアリアに行き先は聞いたに違いない、一緒に戦うっても言ってたから下層に来るんだろうな、早く来ないかな…双剣の事教えてもらいたいし)
完全に勘違いをしている…
ニールの言葉は届いても真意までは届かなかったようだ、でも今はこれでいいのだろう、お互いのやるべき事は変わらない、ただ次に会う時は是非にロキがいる場所で再会してほしい。
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