第20話 アドバイス
ニールの猛攻がアイザイアを襲う。
今まで培ってきた剣技を両の手に握られた剣に乗せ振るう。
縦に横に斜めに、その動きは無駄のない攻撃の連続で剣舞を見せられているようだ。
だが、当たらない。
魔闘術を使い攻撃と攻撃の隙間を限りなくゼロにしている、しかし、その攻撃は独りよがりで戦いとは呼べないものだ。
荒ぶる感情に支配され、相手の動きが見えていない。
フェイントやフェイク、リズムや目線、体勢や読み、思考しながら判断する。
これらの要素がニールの剣には無い、直線的で相手を殺すこの目的の為だけに振るわれる剣はアイザイアには届かない。
やがてニールの攻撃は緩慢なものに変わり果てた。
その様を見たアイザイアがニールを蹴り飛ばす。
為す術もなく転がっていくニール、魔闘術を限界まで使い切り、今では魔纏すら出来ない、感情に悔しさが混じり悲痛な表情に変わっていく。
アイザイアがニールへと歩き出す。
ニールの前にウォールが立つ、満身創痍だ。
右足を引き摺りながら、右肩からは未だに血が流れて、その流した血で衣服は真っ赤に染まっている。
「右足がね…これがなければ…」
そう弱音を吐くウォール、ニールが声を絞り出す。
「ホワイトが…おれは…」
「時間はもう稼げないかな…最後まで抗おうか」
死を悟るウォール、ニールは立ち上がるもののその表情は戦えるものでは無かった。
ウォールとニール、2人の横を風が通り抜ける。
アイザイアからは見えていた。
街から走ってくる人影が、篝火に照らされた姿は黒髪の少年、変わった模様の防御を付け光を放っている、見覚えのある光に警戒する、抜いた剣も変わった模様だと思った瞬間斬りかかってきた。
「殺す」
斬撃を半身で躱した時に少年が一言呟いた、先程の人間と一緒かと思ったアイザイアは続く首を狙った斬撃を上体を反らせて避けようとする、が、途中で軌道が変わる、胴を狙ってきた、先入観から驚愕で一瞬体から固まる、突差に右腕を出したが胴体ごと両断された。
ウォールとニールは驚いている、とても。
ハルの存在、ハルの姿に。
精霊の住まう山から帰ってくるのは早過ぎる、光を放っている、アイザイアを両断している。
驚きが収まるのはもう少しかかりそうだ。
「早く元にもどれ」
ハルの言葉でアイザイアの上半身と下半身がモヤになり一箇所に集まり、全身を復元する。
「口の利き方がなっていませんね」
アイザイアの言葉など聞こえていないかのように斬りかかるハル。
首を狙い横に振るう、アイザイアは体ごと後退して避ける、ハルは追うように踏み込み刃を返して再度首を狙う、アイザイアは右手の爪で弾き攻勢に出ようとしたがまたしても斬撃の軌道が変わり弾く為に上げた右手を手首から切り落とされた。
右手を切り落とされたが攻撃に移行する、右のミドルキックを放つ、ハルが盾でガードする為構える、だが軌道が変わり頭を狙って来る、それにも対応する、盾を滑り込ませ絶妙な角度で当て受け流す。
完璧に受け流されたアイザイアは体勢が流れる、そこに剣が迫りまたも上半身と下半身が分かれた。
「元にもどれ」
言われなくとも、と思いながらも先程より離れた位置で復元する。
「貴方も…」
アイザイアは言葉を言い切る事はなかった。
ハルが地を這うように迫って来る。
剣を横に構えている、剣のある位置角度的に逆袈裟か足を横薙ぎに切るしか無いと思ったアイザイアは防御を捨てカウンターを狙う。
逆袈裟に来た場合は胴体を切らせ断ち切られる前に顔を蹴り上げる。
足に来た場合は片足はそのまま切らせ貫手を放つ、片足と自重と腕の振りがあれば貫ける。
この2つの展開を予想した。
ハルが逆袈裟に振るうと見せかけて急ストップ。
アイザイアは右足を蹴り上げようとしている、その表情は驚きながらも事前に決めていた動きはそう簡単に止められない。
振り上げられる足を半歩ズレて躱し、そこから逆袈裟に振るい上半身を切り飛ばす。
「早くしろ」
恐怖を感じ始めるアイザイア。
(ここまで的確に動ける人間は見たことがない…読みが当たり続けている可能性もあるが、それはありえない確率だ…まさか見て判断している…)
そう考えていると首を切り落とされる。
「早く、しろ」
ここでニールの声が聞こえる。
「ハル!」
ハルがニールを見る。
その隙にかなり遠くで復元するアイザイア。
それを見たニールがしまったという顔をして口を押さえる。
「貴方…何者です?」
距離がある為アイザイアは少し声を張りながらハルに話しかける。
「お前と同じ目をした赤髪のヴァンパイアを知ってるか?」
質問に答えず、逆に質問するハルも少し声が大きい。
「赤髪?…あー、あの異端児ですか」
「そいつはどこにいる?」
「知りませんね、放浪癖があるので滅多に会いませんから、お探しですか?もし良ければですがお手伝いしますよ?」
「…」
「私も死んでほしいと思っていますので力を貸すのは吝かではありません、利害は一致してると思いますが?」
「お前達の手は借りない、自力で見つけ出して殺す」
「私を圧倒しているとはいえ、あいつは貴方1人では到底殺せませんね」
「わかってる」
「?、それは…」
ここでまたニールの声。
「そいつは仲間がいる!時間稼ぎしてるぞ!」
ニールの忠告に答える者が現れる。
「近場にいたヴァンパイアなら始末したよ!」
女性の声だ、北からやって来たようだ。
ニールとウォールは声の主を確認する。
女性、ブラウンの目でロングヘアの金髪、背が高く、顔立ちは整っているが目つきが非常に鋭い、纏う強者の空気と相まって見られただけで硬直してしまいそうだ、装いで冒険者だと伝わるが身に着けているものは一目で高級品だと分かる。
ニールは知らない顔だと思い、ウォールは伝え聞いていたある者に似ていると思う。
「金級試験の試験官として来た、アリアだ」
自己紹介するアリアに驚く2人。
「あれもヴァンパイアだろ?始末すれば…あの子は何者だい?」
ハルはアリアの声を聞き、姿が見える頃にはアイザイアに斬りかかり、アリアが見た時にちょうど胴体を両断していた。
「僕はフォルトの冒険者ギルド長、ウォール、あれはハル君、銀級だよ」
ウォールが答える。
「なかなかやるね、銀級ってことはあの子が試験受けんのかい?」
「いや、俺達…」
ニールが言いかけて止める、ハルが戦っている間に近くに運んでいたホワイトの亡骸を見る。
「金級試験は、無くなったんだ…」
ウォールが替わりに答える、寂しそうに。
「ふーん、じゃあ、あの子を受けさせな」
「まぁ、聞けば受けるって言うと思うけど、今はそんな状況じゃないからね」
「そうかい、じきに終わりそうだから、待つか」
ハルはヴァンパイアについて調べ尽くしている、生態を書かれたものから眉唾物の冒険譚まで、ヴァンパイアの文字が書かれている書物は片っ端から読んでいた。
そこに描かれていた中で真実味のあるヴァンパイアの倒し方を実践している。
銀での攻撃、心臓を杭で貫く、こういったものは所謂物語の類のものに描かれている、事実では著しい効果は無い。
黒いモヤ、ヴァンパイアが体を復元する際に行う現象、変身と呼ばれるそれは無限に出来る訳ではない、体力を消費しているのか魔力を消費しているのかはわからないが何度も行えば限界がくる。
このモヤの状態での移動は緩慢でこの状態で長くいれば霧散していき元に戻れなくなる、高位のヴァンパイアはその限りではなくモヤも蝙蝠などに変えることができ移動は素早く、この状態の維持は長時間だと予想されている。
変身ができなくなったヴァンパイアは不死ではなくなる、生命力が高い為胴を両断されたくらいでは生きていられるが、跡形もなく切り刻まれるか焼き払われれば流石に死んでしまう。
ヴァンパイアハンターを自称している女性冒険者の書いた書物にある内容だ、ハルはこれを実践している。
アイザイアは何度も斬られ焦りが表情に出ている、今も上半身と下半身が離れ離れの状態だ。
新たに現れたアリアの言葉に半信半疑になりながらも事実なら非常に不味いと思っている。
「もどれ」
ハルの冷酷な声に怯みながら思案しているとアリアがハルに声をかける。
「斬り刻みな!その方が効果が高い!変身の最中にもダメージは入る、斬りまくれ!」
その声を聞いたハルはアイザイアを斬り刻む、堪らずモヤになり復元しようとするアイザイア、しかしハルの攻撃は止まらない、そのモヤを斬り裂くが手応えは無い、それでもファルシオンを振るう。
アイザイアは復元した瞬間から迫る刃を辛うじて躱す事しかできない、無理矢理攻撃しても完璧に対応され斬り刻まれる。
それを数度繰り返した時、アイザイアは変身する事が出来なくなった。
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