第19話 激情
ロキは冒険者ギルドに駆け込んだ。
「馬を出してくれ!!」
唐突に叫ぶ。
皆の動きが止まり注目を浴びる、ミランダだけが動き出す。
「東門にヴァンパイアが現れた!!街から避難してくれ!!」
一瞬の静寂から一気に騒がしくなるが、ギルドにいる者は魔物や魔族を知っている者ばかり取り乱す者はいない。
騎士団が戦闘を行なっていた事は伝わっている、その状況でこの伝令、事の次第を把握するのは早い。
「避難勧告を出せ!」
「西門から避難させろ!」
「冒険者の方達は市民の誘導を手伝ってください!」
「ロキに詳しく聞いて役人のところにいかせろ!」
怒号のような声が飛び交う。
ロキが男性職員と話しているところにミランダが来る。
「馬を連れてきたわ!」
「ウォールさんが時間を稼いでる、俺は北に行く」
ロキはそれだけ言うと馬に跨り駆け出した。
ミランダはその後ろ姿を数秒見つめた後ギルドの喧騒に加わる。
馬で駆けながらロキは北門を出る。
(ウォールさんのあのタイミングでの言葉、倒す事は出来ないって事だろう…金級以上のパーティーは近くじゃ北の2つ隣の街にしかいない…今は急ぐしかない…)
単騎で駆け、馬を乗り継げば丸1日で隣町には着くだろう、だが目的の街は更に遠い、往復の時間を考えたロキは苦悩しているだろう…
フォルトの街の人口は1万人、魔族とはいえ1人、大多数の人が避難できるだろう、だが避難民を追ったとしたら被害は甚大になる。
そうさせない為にウォールがアイザイアに斬りかかる。
ナイフを袈裟斬りに振るう、アイザイアは弾こうと左手をだす、がウォールのナイフは途中で軌道を変え顔を、目を狙う、それもアイザイアは反応する、ナイフは鼻先を掠めただけだ、アイザイアのカウンター、右の貫手がウォールの胸に迫っている、体を捻り躱そうとするが脇腹を抉られる、左に振り抜いていたナイフを切り返し首を狙いながら距離を取るため後方に飛ぶ。
アイザイアはナイフを躱した体勢を戻しながら口を開く。
「風使いですか…」
「わかっちゃった?」
「そんなナイフで私に傷がつくなんて、何かしていないと変ですからね」
「昔取った杵柄だよ」
「まだお若く見えますが?」
「嬉しいこと言ってくれるね…お喋りが好きみたいだね、お茶でもするかい?」
「それもいいですが、続きを楽しみましょう」
「残念」
アイザイアが迫る、左腕を横に振るう、首を狙っていた左腕を身を屈ませ避けるウォール、そこにアイザイアが左の膝蹴りを放つ、左手に持ち替えていた風を纏わせ切断力を上げているナイフを合わせる、アイザイアの左足を膝から切り落とす、足を切られ少しバランスを崩したアイザイアだが振るっていた左手で裏拳を放つ、ウォールの頬に直撃し吹き飛ぶ。
転がっているアイザイアの左足が黒いモヤに変わり元の場所に戻りその形を復元する。
ウォールが頭を振りながら立ち上がり口を開く。
「卑怯だよ、それ」
「貴方も使っているではないですか、その風、お互い様です」
「ハハハッ、たしかにね」
ウォールは少しでも時間を稼ぐ為話す。
「そろそろこの街に来た理由、教えてくれない?」
「時間稼ぎですか?意味のないことを…」
「意味がない?」
「まぁ楽しませていただいてる分はお話に付き合ってあげますよ」
「意味がないって事は何か対策してるか人間が目的じゃないって事だよね?両方かな?」
「頭がいい方は好きですよ」
「君は1人じゃないね?仲間がいるんじゃない?」
「御明察」
「人間を襲うんじゃなく、この街を手に入れることが目的なんだね?」
「まぁ食べ物は必要ですが…少ない言葉で答えを導き出す、本当に貴方のことが好きになりそうです」
「友達にでもなるかい?」
「それは無理ですね、死人では友達になれません」
「僕が死ぬ予定はないから、君が死ぬんだね?」
「私の予定では貴方が死にます」
アイザイアが動く、右のミドルキックを放つ、それを切り飛ばす為に左手のナイフを振るう、が右足の軌道が変わり頭に迫る、振るおうとしていた左手ではガードが間に合わない、右手で掴むようにガードする、その蹴りは重く体勢を崩される、アイザイアは柔軟性を活かし右足を掴まれながらも左の貫手を放つ、ウォールの右の脇腹に迫る、右手は塞がっている、体勢を崩されてる今では左手は間にあったとしても切り飛ばすか弾くだけの力が込められない、不味い。
アイザイアの左手がウォールに届く直前、ホワイトの体当たりがアイザイアにぶつかる、左足一本で立っていた為流石に吹っ飛ぶ、そこにニールが左右の手にある剣で斬りかかる、回転するように振るった右の1撃目が腕を弾く、左の2撃目が腕を弾いてガラ空きの胴を斬り裂く、転がっていくアイザイア。
ニールがウォールに近づく。
「かなり不味い状況だ…」
「そうだね、奇跡でも起きない限り死んじゃうね…君達は逃げなさい」
「逃げても何も変わらねぇよ!」
「ロキは僕の言葉を理解して行動してるはずだ、君達もこの状況での最善を尽くすんだ」
「これが最善だ!」
「彼の仲間がいつ来るかもわからない、1人でこの状況だ…わかるね?」
「…」
「今は逃げるんだ、僕が時間を稼ぐから」
「だけど!それじゃ!」
ニールの意識がウォールに向いた瞬間、いつの間にか斬られた傷がなくなり、立っていたアイザイアがニールに向かって飛びかかり左の貫手を放っていた。
ウォールが反応する、地を蹴ってニールの前に出ながらアイザイアの腕を切り飛ばす、しかしアイザイアの勢いは落ちない、ニールの前に来たウォールに体当たりすると同時に組み付く、ウォールは地を蹴った時に古傷の痛みから着地の体勢が悪く簡単に組み付かれ押し倒される、体当たりの衝撃はニールにまで届いている、蹈鞴を踏んで後退する、「ぐぁ!」ウォールの叫び、ホワイトがアイザイアの脇腹を蹴り上げる左腕がない為突き刺さりウォールから離す事に成功する、ニールも体勢を立て直しており転がるアイザイアを地面を刺すように剣を振るう、アイザイアは転がり身を捩りながら躱しニールの腹を蹴る、ニールが後退り距離が出来る。
「ニール!目を離すな!」
ホワイトの怒号が飛ぶ。
ニールが叫ぶ。
「ウォールさんは!?」
ウォールは肩を噛みつかれ大きく肉を失い血を流している。
「も、問題ないよ…」
強がるウォールだが右腕は満足に振れないだろう。
アイザイアが立ち上がる。
「幾ら好意があっても不味い物は不味いですね…残念ですが、私に眷属を作る事は出来ませんから貴方が同族になる事はありません」
ウォールを見ながらそう言い、ニールに近づいて行く。
ウォールが駆け寄ろうとするが途中で膝をついてしまう、肩の痛みと右足の古傷が痛み力が抜けてしまった。
「逃げるんだ!」
ウォールが叫ぶが。
「逃しません」
アイザイアは言葉と同時にニールに襲い掛かる。
爪を剥き出しにして右手を右から左へ振るう、ニールは辛うじて両の剣で受け止め踏ん張る、押さえ込まれる、アイザイアはまだまだ余裕がありそうな表情、更に右手に力を込めながら左手を貫手の形に構える。
ここでホワイトが盾を構えながら体当たりをする、が。
右手でニールを弾き飛ばし作っていた貫手を盾に向かって突き出す、盾を貫通しホワイトの胸に突き刺さった。
「1番鬱陶しいのは貴方です」
言葉を吐き捨てながら更に腕を押し込み、ホワイトを投げ捨てる。
「逃げてくれ!ニール!」
辛うじて立ち上がっていたウォールが叫ぶ。
「ホワイト…」
弾き飛ばされ地面に手をつきながら見ている事しか出来なかった、ホワイトが胸を貫かれ…血を流し…転がっていく姿を…
アイザイアが左手についた血を振り払いながらニールへ歩きだす。
「ぐぞ、が!!」
ウォールの叫びは届かず、戦いを選択する、いや、ホワイトの姿を見た瞬間、戦う以外の選択肢はなかった。
魔闘術を発動する、維持できる時間のとても短い魔闘術を。
怒りに憎しみ激情がニールを支配し、
思考も口も回らなくなった状態でアイザイアに突っ込んでいく。
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