第17話 加護

頂上、見渡す、何もない広場。

「何も…」


見渡す、何もない広場。

見渡す、人だ。

女性がいる、薄い緑色の長い髪、背が高い、綺麗なドレス姿、手には何も持っていない、表情はよく見えない。

こちらに歩いてくる。

そこに居るけど居ないような…

妙な感覚だ、表情は無表情、敵か?

距離が5mになり立ち止まる。

なんだ?


ハルは困惑しているが警戒は高く維持している、魔物が現れると思っていた為見た目が完全に人をした者を敵と断定出来なかった。


女性がまた歩き出した、が、その二歩目からが爆発的に速かった。

瞬時に距離を詰められたハルは敵と断定したが困惑していた分反応が遅れる、女性が顔目掛けて殴りかかってくる、上体を反らし距離を作り盾を滑り込ませる、ギリギリ間に合う、反らした勢いで後方に飛び退く。


追い打ちは無く、女性はその場でゆっくりと体勢を戻す。


ハルはある言葉を思い出す。

剣を捨て盾を捨て弓を捨てる、防具を外す。

女性は動いていない、5mの距離で向かい合う。

ハルは一礼して構える、ハワードと訓練していた時の所作だ。

女性が微笑んだように見えた。


同時に動き出す、5mの距離は一瞬で潰れ激突する。

女性の突き出した右の拳をハルが反らした顔の横で左手で受け止め、ハルの突き出した右足を腹の前で左手で受け止めている。

触れ合っている箇所がミシミシと音を立てている。

女性が仕掛ける、力を抜き半歩下がりながらハルの右足を内へ流す、支えを失ったハルは前に重心が偏る、女性がハルの軸足に足払い放つ、体勢の悪いハル、避ける事も防御も出来ない。

軸足の力を抜きまだ宙にある右足を可能な限り早く地面に戻す。

女性の足払いが決まる、が手応えが軽い、女性が左足を振り抜いた瞬間、傾きながらもハルの右足が地に着く、蹴られた左足は高く上がっている、右足だけでバランスを取り腰を入れながら左足を振り下ろす。

女性の顔に蹴りが近づく、しゃがんでいる為回避は出来ない、両腕でガードする、踏ん張れる体勢ではなかった為地面に叩きつけられながら吹き飛ぶ。


ハルは軽く息を吐き構え直す、女性は5m先で何事もなかったかのように立ち上がる。


ハルが動く、リーチに差がある為蹴りを中心に攻撃する、距離を詰めハイキックを放つが、後の先をとられる。

ハルの振り上げようとしていた右足に女性は軽く左足を前に出して当てる、十分に力の込められていないタイミングで当てられた為蹴りの軌道が変わる、女性は前に出した左足をそのまま着き攻撃に転じる、コンパクトな左フック、右腕でガードするが大きく体勢を崩される、そこへ間髪入れず右の膝蹴りが襲う、迫る膝と顔の間に左手を持ってくるが威力は殺しきれず食らう、顔が浮き上体が泳ぎ一歩後退、そこに女性の前蹴りが腹に突き刺さる、吹き飛ぶハル。


最初の攻撃は安直すぎたと反省しながらハルは立ち上がる、女性は前蹴りの姿勢のまま静止している、ハルが構える、女性もゆっくり構える。

両者が動く。


そこからの攻防は数十にも及ぶ。

殴り殴られ、蹴り蹴られ。


ハルは額や鼻から血が流れている、女性は傷を負っていない。

同じ数攻撃は当たっている、打感も人のものだ、しかし表面上ダメージがあるようには見えない。


ハルの裏拳が女性の顔を捉える、それを首を捻り威力を軽減する、捻る動きに合わせてミドルキックを放つ、ハルは空いてる腕でガードせず攻撃に回す、脇腹に蹴りを食いながらも女性の顔面に拳を振るう、直撃し女性は吹き飛ぶ。


肩で息をするハル、ダメージはあるはずだと思いながらも傷一つ、血の一滴も見えない相手。

ハルはダメージを蓄積している、疲労と眠気も相まって動きが鈍り始めていた、魔闘術を使い攻撃防御の際は魔力を偏らせる、十全に持てる技術を駆使しながら戦っていた。


立ち上がる女性、大きく息を吐きながら構えるハル。


そこで女性が声を出す。

「何故捨てたのです?」


突然の問いかけに困惑するハル。

「試練は終わりました、何故剣や防具を捨てたのです?」


その声は今まで戦っていたとは思えない程落ち着いており、とても柔らかい。

「あれは…正々堂々戦う為です…」


答えるハルは更に困惑するが、戦いの最中でも薄らとしか感じなかったが、今は全く敵意を感じない。

「20年程前に訪れた方も同じように武器を捨て、同じ言葉を言われました」

「…」

「その方は試練の後、私を口説こうとされたのですが、あなたは?」

「…」

「あらかじめお断りしておきます、その方はとてもしつこかったもので、先にお返事を」

「えっと…それって…ウォールって人ですか?」

「そう名乗っていましたね」

「あー…俺は大丈夫です」

「…大丈夫とはどういう意味ですか?」


若干の怒気を感じる。

「い、いや、そういうことはしないという意味で!あなたのことを…あの、その…」

「わかりました、フフフ、では風の加護を与えます」


緑に光る粒子がハルに纏わり付く、そして徐々に消えていった。

「帰り道は安全です、では」


そう言い残し女性も消えた。

「終わった…のか?」


ハルの言葉に返答はなく広場に虚しく響いた。

その場に寝転ぶ、加護を得て安堵したのか気絶するように眠った。



夕方、飛び起きるハル、辺りを警戒する。

敵は…いない、何も気配がない。

武器と防具を身につけながら思い出す。

(女の人と戦って、加護を貰って、寝てしまった…気を抜きすぎたな…)


帰り道は安全、この言葉に根拠は無いが、事前の情報と女性の言葉で気が抜けてしまったようだ。


ハルは頂上から歩いて帰った、帰り道に魔物はいなかった。

加護を得てその感覚を試しながら歩く、魔力と似た何かが体の中にある、魔力と絡ませながらでないと動かせない、魔力操作の得意なハルはすぐに動かせるようになるが上手く具現化できない。

試しに掌から放出する様に動かしてみる、掌の上で乱雑に風が吹く、魔力を多く込める、強く乱雑に風が吹く。

魔闘術に加護の力を絡ませる、ハルの体を荒々しい風が纏わり付く、鬱陶しい…

これは誰かに師事しなければ話にならないなと思うハル、その後も弄りまわす。


休憩を取りながら丸一日かけて下山した。

夕方村に着く、宿に向かう途中村長宅に居た厳つい男と出会う。

「諦めて帰ってきたのか?まぁ無事なら問題ない、命があればまた挑戦出来る…なんだその髪?めちゃくちゃだな」


風の加護の力を長時間試していた為、髪型がとんでもないことになっていた。

「えっと…」

「俺はガイ、覚えてないか?」

「覚えてます、いや髪は色々試してたら…あー、加護は貰いました」

「え?まだ3日しか経ってないが…」

「これ」


風を巻き起こす、更に髪型がぐちゃぐちゃに。

「まじか!とんでもない早さだ!加護を得たなら親父…村長から渡す物があるから家に来てくれ、休んでからでいいぞ!」


そう言って走って行った。

宿に着いたハルは井戸で丁寧に汚れを落とし飯を食い、日が落ちると同時に寝た。


明け方目が覚めた、ガイの言葉を思い出し村長宅へ。

「すみません!昨日ガイさんに言われて来ました」


音がない。

「すみません!」


ガタガタと物音がして扉が開く。

「朝早すぎないか…まぁいい入れ」


中に入る。

村長の部屋をガイがノックする。

「昨日言った加護を得た冒険者だ!」


そう言って扉を開けハルを促す。

部屋に入ったハルへ村長が。

「おぬし…爺いより早起きとは…まぁよいか」


そう言いながら棚にある見覚えのある物を持ってくる。

「これは風の加護を得た者に送るもんじゃ、ギルドガードが入れられる、持ってゆけ」


ウォールから持たされたカードケースと同じ物だ。

「ありがとうございます」

「いつもならもっと仰々しく渡すんじゃが、こんな朝っぱらにきおって…すぐ帰るんじゃろ?」

「はい」

「名前はなんじゃったかの?」

「ハルです」

「そうか…じゃあ気をつけての」


一礼して村長宅を後にする。

フォルト方面に向かう馬車に乗り込み帰路に着く。

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