第16話 ランナー

精霊の住まう山は不思議な場所だ。

この山に住んでる生き物はいない、出てくる魔物は実態はあるが倒すとすぐ消え魔石も無い、倒した際に魔力量は上昇する為魔力の塊で出来ていると推測されている。

出てくる魔物の数に法則がある、1人で山に入った場合会敵する魔物は1体だ、だが2人になれば4体出てくる、3人になれば8体、倍々に増えていく。

その為、加護を得られる可能性は1人で挑戦するのが最も高い。

1度騎士団50名が山に入ったことがあるが、魔物は出てこず、加護も得られなかった。

魔物の種類は複数確認されているが、1度の挑戦で1種しか出てこない、しかし徐々に強くなっていくようだ。

頂上では最も厳しい試練が待っている、強力な魔物と戦うことになるが決して倒さなければ加護が得られないという訳ではない。

もちろん倒すまで戦った者もいるが、ある程度戦い途中で霧散して消える、ということの方が多いみたいだ。

登頂には約3日かかる、加護を得て下山する時は魔物は出ない。


ハルはこれらの情報を頭に入れ山に入った。

山は木々が少なく大きな岩が多い、見通しは悪いが歩き難いという事はない。

会敵、狼だ毛並みは薄い緑、気配が突然現れ5m先の岩陰から飛び出してきた。

一直線に飛びかかってくる、造作もなく避け切り捨てる。

「軽いな」


切った感覚の感想を口に出し、徐々に強くなっていくことは分かっているがこの程度なら暫くは大丈夫だろうと、ハルは走り出す。


切っては走り、走っては切る。

日が上り切り慣例的に休憩を取ったが、あまり疲れていない、魔力量も大分増えたようだ。

少しの食料と水分を補給して走り出す、ペースを上げて。


飛びかかる狼を盾で弾き飛ばし、体勢が整う前に追って突き刺した。

「そろそろ準備しよう」


夕暮れ時、夜営の準備に取り掛かる。

手頃な岩場を見つけ火をつける、不味くもなく美味くもない保存食を腹に入れ失った水分を補給する。

日が完全に沈む。

気を張りながら脱力する。

こんな時でも魔力操作の訓練をしてしまうハル。

もう病気である。


魔力を最大に込め、最速で循環させた時に気付く。

「光ってる」


日が出ている時は気付かなかったが、魔力が可視化出来る程の量に達したようだ。

火から離れ暗がりで再度確認する。

「これなら…」


約5m先まで光が届いている、光は弱いが魔闘術を使っている状態ならば問題なく視認出来る。


火を消し出発の準備をする。

ハルは警戒しながら眠る、この休息方法が好きではなかった。

あまり体力を使わずに夜を明かす事ができる、だが回復量は微々たるものだ。

今回は夜営の予定が2回、移動を全て走れば1回に出来るかもしれないとは思っていた。

だが今は暗い中でも戦う方法がある、すぐに決断した。

ハルは夜の山を走った。


魔闘術を発動しながら走る。

緑の毛並みの狼が飛び出しこちらに駆けてくる、日の出ている時よりも若干認識するのが遅れるが問題ない距離だ、すぐにファルシオンを抜く、足は止めない、抜いた瞬間構えていた盾とぶつかる、前方にかかる慣性をずらし、身を翻しながら側面、後方へと移動する、回転しながら後ろ足を斬りつける、盾にぶつかった衝撃と負傷で怯む、そこに既に体勢の整っているハルが飛びかかり頭にファルシオンを叩きつけた。

「よし」


消えていく狼を見ながら一言放ち、消え去ったのを確認して走り始める。


途中で適度に休憩をとりながらも山登りとは思えないスピードで山頂を目指す。

空がほんのり明るんできた。

「疲れたな…」


流石に疲労を感じ長めの休憩を取る。

暫く休んでいると日が昇り山頂が近くに見えた、後数回戦う必要はあるだろうがゴールが見えれば自然と体が軽くなる。

疲れと眠気を抑え込み立ち上がる、頭から水を被り少しスッキリした表情で走り出す。


全長6mはあろう狼がゆっくりと現れる、深い緑の輝く毛並みだ。

ハルの足は止まっている、ファルシオンを右手に持ち狼を見る。

狼はハルを中心にゆっくりと歩きだす、顔はハルに向けたまま。

ハルがすり足で体の向きを変えながら狼を正面に捉えている。

唐突にハルの側面にある岩の壁に飛ぶ狼、そのまま壁を蹴りハルに襲い掛かる。

ハルは狼が岩の壁に飛んだのに合わせ足を大きく動かし正面に捉えている状態だ、若干上から角度をつけ突っ込んでくる、受けるには盾が小さく体重差がありすぎて無理だ、魔力を偏らせれば可能だろうが続く攻防で不利になる、後方へ飛び退くこれも悪手だ、今の体勢から飛び退き着地した瞬間には相手は飛びかかって来ているだろう、回避する一手しか取れなくなる…

真上に飛ぶ、ギリギリ躱せる高さだ、ハルがいた場所に攻撃を空振りした狼が着地する、すぐに空中にいる無防備なハルに噛みつかんと口を開き頭を向ける、ハルは右腕とファルシオンに殆どの魔力を偏らせ半回転しながらこちら向く狼の横っ面に叩きつけた、反動で横に飛ぶ、流石に腰の入っていない攻撃では倒せないが大きなダメージは与えられた。

右目を失い顔に大きな傷を作った狼が睨んでいる、怒っているのであろう、牙を剥き出しにして唸っている。

向き合う両者、仕掛けたのはハル、正面に真っ直ぐ突っ込む、狼は一歩踏み出し右の前脚で迎え撃とうと上に振りかぶる、ハルはそれを見て上から来る攻撃を躱し左に狼のつぶれた目の側に回り込もうとステップを踏んだ、それを読んでいたのか狼は横薙ぎに腕を振るう、しかし上から横に向ける時間がある、その僅かな時間が隙となる、振るわれる右の前脚がハルに届く前に下から上に振りあげられたファルシオンに切り飛ばされる。

前方から振るわれる右の前脚が無くなったことによりそのまま左に回り込もうとするが狼の開かれた口が迫る。

狼は足一本切られながらも攻撃していた、ハルに向かって顎を突き出す、しかし視界から消えていく、体のバランスも狂っている、その噛みつきは精彩を欠き空振りに終わる。

迫っていた攻撃がハルを掠めた、狼の体勢を見る、側面に回り込む為に出した足に魔力を集め無理矢理方向転換、足を切るために振り抜いた上段にあるファルシオンに魔力を集め、狼の首目掛けて振り下ろす、首が飛ぶ。


ハルは大きく息を吐く。

「あとは頂上だけだ」


最後の試練だ。

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