第10話 憂鬱

宿に着いたハルはいつものように汚れを落として食堂へ。


「おかえり、今日も怪我無く…ん?左腕怪我してる?」

「いえ、骨は折れてません、強く打って少し痛いだけです、心配いりません」

「そうかい?…気をつけなよ、金より命が大事なんだから!夕飯すぐ持って来るから待ってな!」


席に座って待つ、弁当箱を渡しそびれた。

夕飯が運ばれて来る、いつもより荒々しく置かれる。

「け、怪我したんだって?大丈夫なのかよ?」

ダイナだ。

「問題ありません、動かせますし明日森に行っても大丈夫だと思います」

「ダメだダメだ!俺は冒険者をたくさん見てきた小さい怪我でも命取りになることがある、ちゃ、ちゃんと治してからにしろ」

「わかりました、ありがとうございます心配してくれて」

「し、しし、し、心配、心配なんてしてねぇよ!ちゅ、注意だ、注意!」


弁当箱を引ったくって厨房に駆けこんで行った。

その様子を見ていたジーナはカウンターをバシバシ叩きながら爆笑していた。


夕飯を終え部屋に戻る、日課の訓練をしながら考える。

(おっちゃんになんて言おうかな…流石に早すぎるよな壊すの、ロキが言ってたし、店で沢山買って師匠孝行になるなら許してくれるかな?)


相変わらずハワードに対してズレた考え方をしているが、いずれ気付くだろう…多分…


翌朝、ダイナからの心配?注意?を聞き休みにした為昼前まで寝ていた。

弁当は頼んでいない。

身支度を済ませギルドに向かう。

「あっハルさん!こっちです!」


ミランダに呼ばれてカウンターに向かう、起きてすぐだとこの大きな声がいつもより5割増しで鬱陶しい。

「おはようございます!早速ですが…銀級昇格おめでとうございます!」

「どうも」

「…」

「えっ?」


何故か睨まれている。

「んんっ、では銀級に昇格した際の説明に移ります、こちらの銀のカードに移行しますが、血をいただく必要はありません、現在の鉄のギルドカードとギルドに保管してあるカードをそれぞれ銀のカードに重ねますと血の模様が移行します、移行には暫く時間がかかりますので説明の続きをさせていただきます、銀級には特典が2つあります、1つ目夜間の街の出入りが可能です、2つ目精霊の住まう山に挑戦できます」


ここで小声になるミランダ。

「実は3ヶ月後には銀級では挑戦できなくなります、金級になって1年以上からに変わるんです」


いつものトーンに戻る。

「続いて魔力量の計測を致します」


見たことある板だ。

両手を乗せる、10個ある石の6個が光る。

「ちょうど銅級上位くらいですね、すごいですね!見たことありませんこんな早く増える方!」

「どうも」

「…」

「えっと…?」


何かがいけないのはなんとなく分かる、だがそれがなんなのかは1ミリも分からないハル。

「おっほん、ではカードの移行が終わりましたのでこちらが新しいギルドカードになります、それと昨日持ち込まれました素材と魔石の買い取り金4,800,900Gになります」


驚くハル、しかし銀級は稼げるというニールの言葉を思い出し表情を戻して金を腰袋…には入りそうにないので背嚢に入れる。

軽く会釈してギルドを後にする。

「お疲れ様でした!…あの子には感情が無いんだわ、はっ!人そっくりなゴーレム⁉︎…な訳ないか血出てたし」


その後もブツブツ何かを言っているミランダ、そのカウンターには誰も並ぼうとはしなかった。


ギルドを出たハルは鍛治屋オリハルコンに向かった。

「いらっしゃい…おーハルか今日は休みか?」

「うん、少しだけ怪我したから」

「感心感心、少しの怪我でも甘くみちゃいけねぇぞ」

「わかったよ」

「今日はどうした?俺の顔でも見にきたか?この見飽きた顔を、ガハハッ」

「えっと…剣が、いや盾も…」

「は?聞こえねぇぞ?」

「剣と盾が壊れたんだ」

「そうか、早かったな」

「ちゃんと整備してたし、無茶な使い方はしてない!」

「そりゃ分かってる、低品質だったからなそこまで長く使えるとは思ってなかったさ」

「怒ってないのか?」

「なんでだよ?装備品なんて所詮使い捨てだ、いくら大事に使おうが壊れる時はくる」

「そ、そうか…」

「じゃあ今日は買いに来たんだな?同じくらいの物か?少しグレード上げるか?」

「これで買えるやつ」


パンパンの腰袋と背嚢をカウンターに置く。

ハワードが訝しみながら中身を見る。

そこには1千万程の金があった。

「お前…どうしたんだよ…この金」

「稼いできた」

「いや、鉄級だろ?」

「今日、銀級になった」

「は?銅級はどこいった?…いや違う、そもそも冒険者になって2週間も経ってねぇ、何が起きてる?」


ハワードは混乱しているようだ。

「なんかニールって冒険者が、銀級の、銅級試験を銀級試験に変えてそのまま銀級になれた」

「…まっっったくわかんねぇ、今のお前の説明で理解できる奴はこの世に1人もいねぇ」

「うるせぇ!なったもんはなったんだよ!銀級に!」

「分かったから!癇癪起こすんじゃねぇよ…まぁ目の前に金はあるからな、装備を売るのは構わねぇ、全部使うのか?」

「あぁ、全部使う」

「中層並の装備は揃えられるか…武器は自分で選べ、店の物でも倉庫の物でも好きに見ろ」

「わかった」

「俺は防具を見繕ってくる」


ハワードは店の奥に行きガシャガシャと音を立てている。

ハルは見慣れた店内を軽く見回した後、倉庫に向かった。


倉庫での物色の終わったハルが1本の剣を持ってきた。

「ダマスカス鋼のファルシオンか…グラディウスより重いが振れるか?」

「うん、大丈夫」

「魔力量も増えてるだろうし扱えるなら問題無いか、防具はこれだ」


カウンターに置かれているのは矢とチェインメイルと盾、今着けている物と変わらない形状の物だ。

「チェインメイルは中層では必須だ、牙や爪、武器を持ってる奴もいる、胴体を切られたり刺されたりしたら危険な状況になり易いからな」


ハルは頷きながら説明を聞く。

「こっちは今着けてる奴と同じように着けられる、全身を覆うような鎧は機動力を失う、ハルに教えた戦い方には向かない、性能は今のより二段も三段も上だ、中層ウノの革の素材と表面にダマスカス鋼を薄く貼ってる、お前の選んだファルシオンと同じ模様だ、お陰で全身モザイク模様だがな、ガハハ」

「見た目はいいよ…気にしなくて」

「そうか?拘る冒険者は多いが…それなら盾の説明もし易いな、これもダマスカス鋼を表面に貼ってる、ベースの木とダマスカス鋼の間に衝撃を吸収しやすい革を挟んでるから受け流す時の感覚が微妙に違う、慣れておけよ」

「わかった」

「着けてみろ」


着けている防具を外し、新しい防具を身につける。

「こっちは買い取るからな、だが…見た目がすげぇな…視界がうるせぇ」

「何言ってんだよ?」

「いや…気にすんな…、重量がかなり増えたが動けるか?」

「うーん、魔纏を使えば問題無いと思う」

「そうか、使ってれば筋力も増すしすぐに慣れるだろう、慣れるまでは無茶すんなよ!」

「わかってる」

「防御力は格段に上がったが、武器の威力と取り回し、盾での受け方と受け流し方、装備が重くなりゃ疲労も増す、十分に慣れるまでは無茶すんなよ!」

「わかってるよ!相変わらず口うるさいな!」

「あぁ!口煩くて結構!お前がここに来るあいだは喧しいくらい言うぞ!」

「…ここに来るあいだ?」

「お前の目的は知ってる、銀級になったのはまだ信じられねぇが…いずれ金級以上になるつもりなんだろ?そうなったらここにある装備品じゃ釣り合わねぇからな」

「…」

「まぁ、まだまだ先の事だ!今は新しい装備になれる事だけ考えろ、ほらつりだ」


腰袋と背嚢と矢を受け取る。

「気を付けろよ」


頷いて店を出る。

ハワードと昼飯を食べようと思っていたが言い出せなかった…

宿に戻り保存食を齧りながら日課の訓練をするがその表情は暗かった。


夕方、食堂に行く。

「あら、なんか嫌な事でもあったかい?」

「いえ、大丈夫です」

「…そうかい?ま、腹が膨れれば気も紛れるさ!すぐ持って来るよ!」


席について待つ。

ダイナが現れる事はなかった。


食べ終え食器をジーナに渡す。

「ごちそうさま、今日もおいしかったです」

「そうなのよね…美味しいのよね、最近」


ダイナは褒めて伸びるタイプだった。

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