第4話 疑惑

ハルはこの7年間、全ての時間冒険者になる為の訓練と勉強に費やしていた、ハワードに戦い方や魔物の特徴、森での動き方から夜営に至る迄幅広く教えてもらい、知識を蓄えている。

手取り足取り教えてもらった訳ではないので実践しながら擦り合わせている。

ハワードは魔力操作については苦手としている、苦手というより戦闘で使える程訓練し続けなかったと言う方が正しい。

誰しも初めは挑戦するものだが、小さな成果が出る迄にも多大な時間を要する為に大半の者が挫折する。

ハワードから訓練方法を聞いた後はほぼ独学で習得した、最初の頃は魔力量が少ない為すぐに枯渇し訓練どころではなかったが諦めず、魔力が回復する度に日に何度も少しづつ訓練を重ねていった。

目的の為ならば苦じゃなかった…

すまない嘘だ、苦しくて辛くて何度も投げ出そうとしたが、毎晩のように見る悪夢に憎悪と怒りが湧きそれが活力に、取り戻すことのできない温もりと悲しみを糧に歯を食いしばって積み重ねてきた。



その努力を十分に発揮した成果をギルドのカウンターに背嚢ごと置く。

「買い取りお願いします」

いつもの女性職員だ。

「かしこまりました、少々お待ち下さい」

その場で待つ。

魔石を取り出し、毛皮と牙を取り出した時に職員がフリーズする。

「…これは、サーベルタイガーの毛皮…ですよね??」

「はい」

「ですよね…えっと…お1人で戦われたんですよね??」

「はい」

「そうですか…少々お時間がかかる為あちらの席でお待ち下さい」

「わかりました」

職員が奥の扉に素材を持って消えていく。

依頼書でも眺めて待っておこう。


ギルド長室。

「ウォールギルド長、お話があります」

「ミランダ君、なんだい?」

「こちらのサーベルタイガーの素材なのですが…」

「うん?サイズは大きいが毛皮の剥ぎ取り方が雑だね、サイズを加味しても通常の7割で買い取りになるかな」

「いえ…価格の相談ではなくてですね…」

「なんだい?持ち込んだ冒険者に問題があるのかい?」

「問題…というか、15歳の一昨日冒険者になったばかりの方が1人で戦い、持ち帰ったみたいなのです…」

「…ん?ノービスが?1人で?」

「いえ、鉄級です、昨日昇格しました」

「あー、昨日の!上層の魔石を1人で大量に持ってきたノービスの子か、たしかハル君だったかな」

「はい、それで…1人でと言うのが信じられなくて…」

「まぁ嘘の可能性もあるけど気にしなくていい、誰かに手伝ってもらったにしろ、横取りしたにしろ、たまたま拾ったにしろ、嘘だった場合何かしら噂が流れる筈だ、それから調べても遅くはない、それともそのハル君が金の為に人を殺して奪うように見える?君がそう見えるのだったら直ぐに調査しよう」

「いえ!そんな事はありません!受け応えは淡白ですが気にするほどではありませんし、装備も低品質ですのでサーベルタイガーを倒すパーティーに勝てるとも思えません」

「じゃあ、通常通り対応していいよ、あ!それと中層の素材を何度か持ってきたら銅級の試験受けさせていいから」

「わ、わかりました、では失礼します」

バタン、扉が閉まり。

「1人で狩ってきたなら試験はクリアしたも同然なんだけど…すごい子が現れたなー!」


依頼書を眺めながら待っていると。

「ハルさん!お待たせしました!」

声デカすぎ、と思いながらも顔には出さずカウンターへ向かう。

「こちら魔石と素材全て合わせまして795,500Gになります、毛皮ですが少々剥ぎ取り方が雑だったので通常の7割程での買取になります」

「えっ…そうですか…」

「初心者講習の中に剥ぎ取り方の講習もございますが受講されますか?」

「いえ、受けません」

「そ、そうですか」

金を受け取り会釈してカウンターを離れる。

「お疲れ様でした!…うーん…うーん…」

並んでいる冒険者を待たせたまま1分程唸り続けるミランダであった。


早くも目標金額に到達したのでハワードの店にやってきた。

「おっちゃん防具買いに来た」

「買いに来たってお前、昨日の今日だぞ」

100万G以上入った腰袋をカウンターに置く。

「魔纒が使えるとはいえ2、3日でノービスの稼げる額じゃねぇだろ…」

「鉄級になった」

「へ?は、早くねぇか?鉄もノービスも大して変わんねぇけどよ…まぁいいか、金はあるんだし」

「この金額である程度全身守れるのはあれしかないと思うけど…」

「ブレストプレートにガントレットとグリーブだな、素材の革は上層の物だから防御力は低いが中層でも一撃は耐えられる、駆け出し冒険者のセット装備だな、100万で揃えられるのはこれしかねぇよ」

「だよね…それちょうだい」

「ちょっと待ってろ」

店の奥から出してサイズを調整してくれている、すぐに調整は済み、着てみる。

「これでどっからどう見ても冒険者だな、(駆け出し)は付くがな、ガハハッ」

「笑うんじゃねーよ!…でもまぁ実際に駆け出しだからな」

「次は狩場を中層に変える頃かな、あそこはその武器と防具じゃ厳しいからな、防具があるからって無茶すんなよ」

「わかってる」

「じゃあ頑張れよ、死なない程度にな!」

首肯で返事をして腰袋を取り、店を出る。


ハワードには魔力操作をした魔纒を見せた事はない。

訓練する際は魔力を纏うだけで行っていた、魔力操作を戦闘で使えるレベルになってもハワードに見せなかった理由は師匠にできない事を自分ができるようになったしまった為引け目を感じてしまったからだ、もし自慢してると思われたらどうしようなどという下らない悩みがあり言い出せないでいる、ハワードは全く気にする事はないだろう、寧ろ喜んで褒めてくれさえするはずだ。

いずれ打ち明けるつもりみたいだが…本当に下らない悩みだ。


宿に戻り夕飯を食べる為食堂に向かう。

「お疲れさん、すぐ持ってくるから」

ジーナに弁当の箱を渡しそびれ席に着く。

程なく運ばれてくる。

弁当の箱を返そうと顔を上げると男がいる、ダイナだ。

「おれが作った飯は旨いか?」

「は、はい、美味しいです、すごく」

「す、すごく⁉︎そ、そうかぁうまいかぁ、何か食いたいもんがあれば作ってやるぞ、気が向いたらだけどな!」

「えっと…初日に食べたシチューは絶品でした、1番美味かったのでまた食べたいです」

「ぜ、ぜぜ、絶品⁉︎1番⁉︎…任せとけ!ち、近いうちに作ってやるよ」

弁当箱を引ったくって厨房へ帰っていくダイナ。

その様子を見ていたジーナは終始、腹を抱えて笑っていた。

周りの他の客も「あいつ味覚変わってんな」等の声が聞こえるが実際はそうではない。

ハルは孤児院育ちである、飯は基本的に少なく、味も薄い、生きていくのに必要な分はあるので問題ないのだが、その食事に慣れていたハルが冒険者初日、朝から何も食わず働きペコペコで食べたダイナの具沢山のシチューが旨くない訳がない、絶品と評して、1番と言ってもなんら不思議はない。

ジーナの弁当を食べてるからそっちの方が旨いのでは?

いつもぐちゃぐちゃになっているので、皆の想像の3倍はぐちゃぐちゃだ、味は…言わずもがな…

孤児院を出てからのまともな食事はダイナの作ったものだけ…

つまりそういう事だ。

ダイナを擁護する訳ではないが彼の料理はまずくはない、普通だ、偶に普通よりちょっと下の物が出てくる時がある…そうたまーにだ。


食べ終え食器を返す時もジーナは笑っていた。

訓練と整備を終え眠りにつく。

「おやすみなさい」

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