第3話 中層

孤児院での生活が染みついているハルは夜明けと共に目を覚ます。

「おはよう」


誰もいないが首飾りを握りながら朝の挨拶をする。

軽く体を解し身支度を整え部屋を出て食堂に向かう。

昨夜ジーナが言っていた通り弁当が置いてある、早朝の為静かに行動していたが、声を掛けられる。

「おはよう、随分早いね、もう出かけるのかい?」

「おはようございます、はい、森へ」

「気をつけるんだよ、いってらっしゃい」

「いってきます」


ジーナも声を抑え気味だ、宿を出るまでハルも静かに行動する。


朝飯替わりに干し肉を齧りながら走り森へ到着。

昨日同様休憩をせず歩みさえ止めず森へ突っ込んでいく。

「やっちまった」


森へ入ってすぐに接敵してしまった、フォレストウルフ4匹。

慎重な性格だが若さが出た、昨日とは違い緊張はしておらずはやる気持ちを抑えきれず索敵を疎かにしてしまいこの始末。


弓を構えて放つ距離はない、幸い木が邪魔をしていて包囲される前に1匹はやれそうだ。

フォレストウルフ、連携をとって獲物を狩る習性がある為上層では数が多い群れの場合強敵になる。

4匹、多くもなく少なくもない、が4対1では部が悪い、1匹仕留めた所で3匹同時に飛び掛かられては怪我をする可能性が高い、防具を身につけていない現状では被弾0にしなければならない。

「仕方ない」


魔纒を発動、グラディウスを抜きラウンドシールドを構える、先行していた1匹が左に回り込み後ろを追従していた1匹が右へ、間から2匹が並んで飛びかかってくる、狙いは首と右足、ワンテンポ遅らせ左右の2匹が突っ込んでくる。

魔纒を目に若干多く纏わらせた為敵の動きが明確に解る、首を狙う奴をラウンドシールドで下から上にかち上げ、足を狙っている奴の頭をグラディウスで叩き割る、右から首を狙ってきている奴をしゃがんで避けてがら空きの左足に噛みつこうとする奴にしゃがみながら足払いの様な蹴り方で側頭部を蹴りつける、最初に勝ち上げた奴が体勢を整えた瞬間しゃがんだ状態から飛ぶように接近、グラディウスを頭に叩きつける、振り返った瞬間1匹が飛びかかってくるがバックステップとサイドステップで側面をとり腹を切り裂く、蹴りを入れた1匹は脳震盪を起こしたらしくフラフラと立ち上がっている途中で近づき首を切り落とす、他の3体も死んでいるか確認する。

完全に死んでいるのを確認して周囲を警戒しようとした瞬間、森の奥方向から男が1人現れた。

「あら、終わってんな、…お前1人か?」

「…」

「あぁ悪い、俺はロキ、銀狼ってパーティーのスカウトだ、他の仲間は?」

「…1人だ、俺はハル」

「1人か…フォレストウルフ4匹を秒殺…見ない顔だが銅級か?」

「ノービスだ」

「いや、そんなわけ…」


ロキの索敵に引っかかった魔物が急に動き出した為後を追った結果、ハルがおり魔物は死んでいた。

ハルの装備を見る、片手剣に盾、短弓を背負っている、作りは丁寧そうだがどれも平凡な素材で作られている物に見える、おまけに防具をつけていない…

「ノービスか…すげぇ新人が現れたな…」

「新人がなんだって?」


ロキの後ろから2人現れる。

「ハル、こっちがニールで、そっちがホワイトだ」


ロキは170㎝くらいで細身、ブラウンの髪でブラウンの垂れ目で人当たりが良さそうな顔だ、革の防具で急所を守っている程度の軽装で弓を背負っている。

ニールと言われた男は180㎝くらいで引き締まった体つき、銀髪で青い目、鋭い目つきで男前、金属製の軽鎧で片手剣が背に2本、二刀流のようだ。

ホワイトと言われた男は2mはある大男、筋肉質でスキンヘッド、目は開いてるか開いてないかわからないくらいの糸目、大きな盾を背負い、右手には斧を持っている。

「ニールだ、1人でやったのか?その装備で?怪我一つなく?新人って聞こえたがノービスな訳ないよな?」

「待て待て、困惑してるだろうが」


ロキが諫める。

「もういいじゃねぇか、怪我人はいないんだろ?早く帰ろうぜ」

「そうだな、長話するような場所じゃないしホワイトが言うように疲れてっからいくぞニール、じゃあなハル」

「いや待てよ、聞きたいことが…」


ニールをホワイトが引っ張りながら連れて行き、ロキが軽く手を上げその後を追って行った。


「なんだったんだ…」


3人が見えなくなり数秒後、慌てて周囲を警戒する。

特に問題はなかった、ハルは溜息を吐きながら。

「今の様子をハワードが見てたら説教されるな…」


索敵を疎かにし接敵、戦闘中とはいえ近付いてきた者に気付かない、会話の最中に周囲の警戒を怠る、意識の切り替えも遅い。

一連の行動を反省しながら魔石を回収する、素材は剥ぎ取らない、上層の魔物の素材は高く売れるものが少なく、素材を剥ぎ取って持ち運ぶより魔石だけをとって行った方が効率的であるからだ。

一頻り反省し終え次に生かす事を誓い次の獲物を探し始める。


日が昇り切り昼飯を取る為森を抜ける、森から少し離れた見通しの良い場所で弁当を取り出す、背嚢に入れそのまま戦闘を行なっていたのでもちろん中身はぐちゃぐちゃだ。

「いただきます」


食べ終えて一息ついている、今ハルが考えている事は早急に防具が必要だということ、訓練や経験を積む為に魔纒を極力控えて索敵、狩りをしていたが防具を揃えなければ安全面で不安がある、今日のような油断はしないと誓ったがイレギュラーはどうしても起こる…

防具を揃える迄は魔纒を使い金を稼ぐ、そう心に決めた。


日が沈もうとしている頃、ギルドにて。

「買い取りお願いします」

カウンターに背嚢を置く、昨日と同じ女性職員だ。

「少々お待ち下さい」

背嚢の中身を見て驚いた職員は一言。

「しょ、少々お待ち下さい」

「はい」

短い返事をしてその場で待つ。

職員の女性が背嚢に詰め込まれている昨日の20倍はあるであろう魔石をカウンターにばら撒き数えているのを眺める。

「お、お待たせしました、270,500Gになります」

金を受け取って腰袋に突っ込む。

会釈をして踵を返した瞬間。

「ハルさん!もう少々お待ちいただけますか?すぐ済みますので!」

声がデカいなと思いながら。

「わかりました」

またその場で待つ。

すぐと言ったのにえらく待たされる…なんて事はなく、奥の扉に消えていったと思ったら1分と経たずに戻ってきた。

「ハルさん、今回の買い取りで鉄級に昇格致しました、おめでとうございます‼︎」

「どうも」

「…あ、あれ⁉︎それだけ⁉︎もっとこう…あるでしょ⁉︎ガッツポーズとか!」

「えっと…何か手続きは必要ですか?」

「…いえ、特にありませんが、ノービスから鉄級に上がる際は試験もなくギルドカードの更新もありません、鉄級以降は昇級試験合格後、カードの更新を行います」

「わかりました」

「…」

これ以上説明はないようなので軽く会釈しカウンターを後にする。

「お、お疲れ様でした!……変わった子だわ…」


ギルドを後にして宿へ向かう、昨日同様汚れを落とし食堂へ。

「お疲れさん、今日も怪我はないようだね、良かった良かった」

「これ、おいしかったです」

弁当の容器を渡す。

「そうだろ!ほとんど私が作ったからね」

厨房からダイナの咳払いが聞こえる。

「おっと、そんじゃ座って待ってな」


夕飯を食べ終え。

「今日もおいしかったです、ごちそうさま」

「へーあんた変わり者だね」

厨房から先程聞いた咳払いよりも更に大きな咳払いが聞こえる。

「おっとっと、明日も弁当?」

「お願いします」

「はいよ、そんじゃおやすみ」

「おやすみなさい」


部屋に戻り日課の魔力操作の訓練を終えてベッドに潜る。

かなり魔力量が増えたようだ。

今日の稼ぎを4日分貯めたら、防具を買いに行こう、そう決めて眠りにつく。

「おやすみなさい」



明朝、今日はギルドに寄ってから森へ行くつもりだ。

弁当はカウンターに置いてあり受け取ったがジーナと顔を合わす事はなかった。


ギルドに着くと職員がボードに依頼書を張り出している最中だった。

しばらく眺めていたが鉄級では自分の目的に沿うような依頼はなかった。

まだ貼りつけている職員に質問する。

「すみません、鉄級の依頼には討伐系はないんですか?」

「そうですね、鉄級の主な依頼は草花の採取が基本です、一般の方では訪れる事の難しい場所でも冒険者の方には比較的危険の少ない場所は多いので、そういった場所での採取の依頼が多いです、銅級から魔物や盗賊の討伐や捕獲の依頼が増えますね」

「わかりました」


今の稼ぎに不満があるわけではないが、依頼を絡めればもっとスピードが上がると思ったのだがそう都合よくいかなかった。

ギルドを後にして、東門を潜り森を目指す。

森が見えてくると昨日の失態を思い出す、反省は十二分にしているので精神面が揺らぐ事はないが、ただの記憶としては蘇ってしまう。

森の手前で立ち止まり強く一呼吸してゆっくりと歩き森へ入っていく。


索敵は程々に森を駆ける、魔纒を発動しながら魔物を見つけ次第屠る、たとえ魔物が先にこちらに気づいたとしても魔纒による身体能力の向上と五感の鋭さで即座に対応できる。

この上層でハルの戦闘スピードについていける魔物はいない。

短時間で大量に狩ってしまった為、周囲の魔物の気配が激減する。

数日森を歩き走り回って森での動き方も大分把握できた、少し奥に進んでみてもいいかと思いながら早めの昼食を取ることにした。


ハワードに魔物だけでなく人間にも一定の注意をしておけと言われていて、その理由についても聞いている、人の残酷さは魔族を上回る、もちろん全ての人がという訳ではないが元々残忍な性格を持っている者で表に出している場合もあるが上手く隠している者の方が多い、急激に力が付き増長する者、追い詰められ箍がはずれる者もいる、いくら鍛錬を重ねようとも丸腰で背後からを刺されれば死んでしまう、冒険者は冒険者との接触が多い、力を持つ者同士一定の距離と一定の警戒は必要である。

他の冒険者に出会わないように注意していたが幸い狩りを行なっていた範囲にはいなかった。


中身がぐちゃぐちゃになった弁当を食べ終え中層と呼ばれる深さへ向かう。

道中、中層に向かっている為か魔物が多く、ゴブリンやフォレストウルフ、グリーンモンキーにジャイアントトード等を狩りながら進む。

明確な境界線はないが薄らと瘴気が漂い始める、ここからは索敵を十全に行う。

見つけた、単独のサーベルタイガー、全長3m程、ウロウロ動き定型行動をとっている。

背を向けたタイミングで弓を放つ、常に動いている為狙いは的の大きい動体だ、矢音に気付いて回避行動をとるが右足に突き刺さる、ハルは弓を放った後弓を剣に持ち替えて距離を縮める為走る、敵を見つけたサーベルタイガーは反撃するべく動き出すが傷を負い精彩を欠いている、お互いの攻撃が届く距離、爪と牙を生かし組付噛み殺すために飛びかかる、ハルはタイミングを見計らい急ストップから左に躱す、躱すためのステップをそのまま攻撃へのステップに繋げる、躱す動作の中で振り上げたグラディウスを背中に叩きつける、両断は出来ないが背骨は砕いたようだ、動けなくなったサーベルタイガーが前足をバタつかせ抵抗するが首にグラディウスを突き刺し戦闘終了だ。

周囲を警戒する。

「問題ないな」

周囲と戦闘の両方に対して呟く。


剥ぎ取りを行う、ハワードに教えてもらった知識を生かし作業を進める。

牙と毛皮と魔石を剥ぎ取って初めてにしては上手く出来たなと満足して背嚢に詰め込む。

毛皮のせいで荷物が嵩張る、戦闘に支障は出ないがこれ以上は持ち運べない。

日暮れまで狩りを続ける予定だが素材は諦めるしかなさそうだ。


旅に出る迄に魔法の袋を手に入れなくてはならない1番容量の少ない物で50Kg迄入り1,000万Gはする。

装備類を含めればかなりの金額が必要になる、銅級以上になれば討伐系の依頼が増える、そこからは稼ぐスピードは格段に速くなるはずだ。


次に見つけたのは単独の巨大タランチュラ、全長5m程。

地形上背後をとることはできない、側面に回り奇襲する、8本ある脚の左側の1本の関節にグラディウスを滑り込ませ切り落とす、脚1本失ったくらいでは動揺せず即座に噛み付いてくる、左手のラウンドシールドで受ける、踏ん張らず少し体を浮かす事で飛ばされ巨大タランチュラと距離ができる、距離が出来た事により巨大タランチュラの攻撃が変わる体を持ち上げ尻を前に突き出す、ここから網状の糸を広範囲に放出する、しかしハルは事前にこの攻撃方法は知っており隙に変わる、尻を突き出す瞬間に魔纒による身体能力向上を全開にしたスピードで接近する、放たれた瞬間左側に回り込む、糸が空を切る、すかさず左側の足1本を切り捨てる、片側4本の内2本を失流石にバランスを保てず蹌踉めく、その隙に更に1本奪う、バランスを失い体勢を整える事が出来ず蛇行しながら逃げようとする

巨大タランチュラ、背を向け尻から糸を撒き散らす、狙いの定まってない攻撃は逆に避けにくくなるがハルの向上した動体視力とスピードには脅威にはならず、接近し背中に飛び乗り頭を串刺しにして息の根を止める。


昆虫類の魔物には毒を持っている者が多い、巨大タランチュラも神経毒を持っている。

毒腺を傷つけず採取するのは難しく、慣れが必要である。

ハルは練習の為剥ぎ取りにチャレンジする、綺麗に取れれば毛皮を捨てて持ち帰ろうと思っている。

辺りを警戒しながら解体する…が、失敗。

「…」

素材の剥ぎ取りを諦め魔石だけを回収。


中層でも苦戦することなく狩りができる事に少しの自信をつけ次の獲物を探す。

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