第2話 初日

ハルの戦闘スキルは剣、弓、体術の三つだ。

弓で奇襲し、剣で迎え撃つ、体術は武器を失った時や武器を携帯できない時の為だ、三匹までなら1人でも対応できる様にハワードに訓練されていた。

上層の魔物は弱いが単独で徘徊している者は少ない、仲間がいたとしても多対一ができなければ命を危険に晒す機会が増えてしまう、なので剣の訓練と同程度弓の訓練も行なっている、奇襲できる場合は確実に一射一殺し数を減らす、殺せない場合でも致命傷を負わせれば時間は稼げる、二匹までならば逆に奇襲されても対応できるが、三匹以上になれば逃げの一手である、走りながら弓を放つ事もでき百発百中ではないが高確率で的に当てることはできる、逃走しながら一匹でも仕留めるもしくは致命傷を負わせられれば戦闘に移行する。

ハワードは傷を負わず、命を危険に晒さない堅実な戦い方をハルに教えていた。

その甲斐あってか怪我一つなく魔物を狩っていく。


「初日はこんなもんかな」


日暮れにはまだ早いが空腹感を強く感じ始めた為森を抜ける、今日は森での歩き方と索敵の知識をリアルとの擦り合わせを重点に置いて行動した。

この7年で溜め込んだ知識だけは豊富にある。

狩った魔物の数は25、上層の魔物の素材は価値が低い為剥ぎ取りは行わず魔石のみを回収している。


フォルトの街に着いたのは夕方で冒険者達ギルドが賑わう時間には少し早い時刻。

ギルドに入り空いてるカウンターにギルドカードと魔石の入っている腰袋を置く。

「買い取りお願いします」

「かしこまりました、少々お待ち下さい」


手際が良く1分と待たされることはなく。

「12,500Gになります、ご確認下さい」


確認し、腰袋とカードと金を受け取り、軽く会釈してカウンターを離れギルドを出る。

「お疲れ様でした!」


次はハワードから教えてもらっていた宿に向かう、冒険者ギルドから近く安価で質はともかく量のある食事を出してくれる所みたいだ、道中最低限の日用品や保存食を買ってから『風見鶏亭』の扉をくぐりカウンターにいる女性に声をかける。

「部屋は空いてますか?」

「あぁ、空いてるよ、何泊だい?」

「これで泊まれるだけ」


と言いながら金を出す。

「これなら…一月半は泊まれるよ、夕食は付いてる」

「じゃあ、一月半でお願いします」

「はいよ!これが鍵、無くさないようにしとくれよ、井戸は裏にあるから勝手に使いな、湯が欲しい時は声かけとくれ」

「わかりました、俺はハルと言います、よろしくお願いします」

「私はジーナよろしくね!…ハル?ハワードを知ってるかい?」

「はい、色々教えてもらい世話になってます…」

「あー、あんたがあの…いや、気にしないどくれ、ハワードとは知り合いでね近々弟子のような息子のような奴が来ると思うからよろしく頼むと言われていてね、それだけだよ」

「そうなんですね…」

「冒険者になったんだろ?命がけだからね十分気をつけるんだよ、よし!知り合いの誼みだ弁当もつけてやろう!必要な時は夕食の時に言いな」

「いや、でもそんな…」

「気にしなくていいよ、夕飯の余りと私達の朝食を少し多めに作るだけだからさ」

「あ、ありがとうございます」

「夕飯はもうすぐできるから、それじゃあ頑張りな!」


鍵と少々のお釣りを受け取り荷物を部屋に置きベッドに腰掛ける、狭い部屋だが荷物の少ないハルには十分だった。

ハワードの想いに感謝し、決意を新たにする。

「必ず見つけ出して…殺す」

紐に括り付け首から下げている二つの遺石を握りしめ立ち上がる。


宿の裏手に回り装備と自身の汚れを落とす、春が過ぎようとしている時期で水は若干冷たいが湯が必要なほどではない、装備は丁寧に洗い、衣服は水洗い、自身は水を3、4回浴びて終了だ。

部屋に荷物を置き衣服を干し終えると食堂に向かう。

「今日はフロンティーラ森林へ行ってたのかい?」


厨房からジーナが出てくる。

「はい、上層へしばらく通います」

「まぁ無理はするんじゃないよ、夕飯すぐ持ってくるから」


カウンターの席に着いてすぐに運ばれてくる。

「どうぞ、召し上がれ」

「いただきます」


孤児院育ちのハルにはとても美味しくかなりボリュームがあった。

掻き込むように食べ終え空いた皿をジーナに渡す。

「美味しかったです」

「そりゃ良かった!量はあるけど味は自慢できる程じゃないからね」


そうジーナが言うと。

「ほっとけ!」


と厨房から怒声が聞こえる。

「ハハハッ、夫のダイナだよ、宿のご飯はダイナが作ってるからね文句言うと怒鳴られちまうから気をつけな」

「ジーナ!お前が言ったんだろうが!」

「ハハハッ、そうだったかね?まぁいいさ、明日は弁当いるかい?」

「お願いします」

「はいよ、食堂のカウンターに置いとくから持ってきな、そいじゃおやすみ」

「ありがとうございます、おやすみなさい」


部屋に戻り寛ぐわけではなく日課の魔力操作の訓練を始める。

鳩尾に意識を集中し魔力を滲み出していく、その魔力を外に逃さないように体の表面を覆う様に纏わす、緩やかに漂わせ、徐々に密度を上げていく。

「1日でそこそこ増えたな」


ハワードと共に森に行ったのは7年で10回程である、素材を取りに行くことはあるがそこは森の中層で戦えない子供を連れて行くわけにはいかない、仕事もある、ハルだけの為に森へ行く回数はどうしても少なくなってしまう、戦闘はその10回の中で幾度もあったがハル1人での戦闘は少ない、少ないながらもハワードは問題ないと評していたので1人で冒険者になる事に微塵も不安はなかった。


扱える魔力量が増えた事を密度を上げ切り実感する、次に体の表面を緩やかな速さで漂う魔力のスピードを上げていく。

この魔纒という技術は身体能力が向上する、込める魔力量を増やせばパワー、頑丈、耐久、体力等が上昇する、魔力操作により身体に密着させ均一に纏わらせれば感覚が鋭敏になり、思考、身体操作、あらゆるスピードが増す、消費する魔力の燃費効率も格段に上がる。

主に破壊力や防御力を上げる為に使われる、魔力を纏うこと自体は比較的容易であり魔力を込めることもまた同様であるからだ、しかし魔力操作は簡単ではない、さらに根気も必要だ、纏った魔力を動かすこと自体難しくその為に集中すれば戦闘どころではない、戦闘で使える程無意識に出来るまでは約3000時間程の訓練が必要とされている、この目安もあくまで戦闘で使える最低限であり高みを目指すならば更なる時間が必要だ。

魔纒は込める魔力量により可視化できるようになる、薄いベールが体表を揺らめいているような感じだ、ハルではまだまだ足りないが、もし見えていたとすればその形状はボディスーツのように揺らめぎなどは一切なく全身を均一に覆っている。

密度を一瞬でMAXまで持って行ったり極力薄くしたり、スピードを段階的に切り替えたり0から100に100から0にを繰り返す。

1時間程この訓練を行い次は纏う一部分の強弱を変える訓練だ、腕、足、背、腰、胸、腹、頭、顔、これを順番に、ランダムに、一箇所から二箇所、三箇所、四箇所と増やし組み合わせもランダムに、この訓練も1時間行う、最後に密度も循環速度も限界を維持するこれも1時間、ハルはこの訓練を7年間1日も欠かしたことが無い。

終わった頃には若干の疲労を感じるが次は装備の整備だ、鍛治屋に教えを乞うていただけあってこの程度の整備はお手の物である。

ようやくハルの1日が終わる。

ベッドに潜り込み遺石を優しく握り目を閉じる。

「おやすみなさい」

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