[09-12] 屍人にして同胞

 戦いの果て、ゲームを始めたときにも放り出された宇宙を漂っていた。


 多分、あそこは『混沌』だったのだ。わたしたちイモータルはデータの塵を寄せ集めてこの世界に生まれたのかもしれない。……なんてね。


 そして森の中を行く馬車で目覚めたときのように、わたしの意識と肉体が徐々に同期していく。


 狼耳に飛び込んできた怒鳴り声がぼわぼわと響いて――


「どけ! そいつは強盗の一味なんだぞ!」


「どくものか! どうしてもこの者の命が欲しいのなら待て! 我が一族の聖なる儀式を妨げることは許さんぞ!」


 そう言って抵抗しているのはマナムさんだ。


 じゃあ、未だピントの定まらない視界の中で、わたしを庇うようにナイフを構えているのがマナムさん……?


 もう一方は男性の声だった。リボルバーをマナムさんに突きつけているのがわかった。


「これは失礼しましたまたお邪魔します、なんて言うとでも思うか!? 絶好のチャンスなんだ! それに手配書もある! 強盗を匿ったとしてお前を撃つこともできるんだ!」


「ふん、よそでの話など知らんわ! やれるものならやってみろ、屍人! 私の血を浴びれば、狼どもが貴様をどこまでも追いかけるぞ!」


「大した度胸だが、バカな娘だな……!」


 男性の体がほんのわずかに強張ったのを気配で感じた。トリガーを引こうとしているのだ。


 動け、わたし!

 そう念じるのとほぼ同時に視界がばちっとクリアになった。


《軽度のステータス異常〈酩酊〉が解消されました》

《重度のステータス異常〈幻惑〉が解消されました》


 体の自由を取り戻したわたしは、マナムさんの外套を思い切り引っ張った。


「わぷっ!?」


 可愛らしい悲鳴を上げてわたしに倒れ込むマナムさん。その右肩があったところを、男性が放ったリボルバー弾が通過。テントにぼつっと小さな穴を開けた。


 わたしはマナムさんをしっかりと受け止めつつ、もう片方の手で〈L&T75〉を解き放っている。


 ばぁん! 頭に一発。血がびしゃっとテント内に跳ねる。


 どさりとイモータルのガンスリンガーが倒れるのを見届けてから、わたしはマナムさんの顔を覗き込んだ。


「守ってくれてありがと、マナムさん。怪我はない?」


「あ、ああ……」


 しばし茫然とわたしを見上げるマナムさんだったが、はっとなって顔を赤らめると、すぐさま自分の足で立ち上がった。


「お前を守ったのではなく儀式を守っただけだ。勘違いするな」


「うんうん、そうだね」


「な、なんだ。にやつくな、やめろ! お前こそ首尾はどうなのだ。アマルガルムの試練はやり遂げたのか?」


 わたしがにこりとすると、マナムさんはほっと胸を撫で下ろしたようだった。


「これでお前も一人前のアマルガルム族だな」


「おかげ様で。……ねえ、どうしてこんなところにイモータルが入り込んでるの? まさか、ラカとアルナイルが負けたんじゃ――」


 即座にマナムさんが否定する。


「いや、こやつはひとりで忍び込んできたのだ。戦いはまだ続いている」


 よかった。なんとか間に合ったのだ。


 銃声が何発も轟けば、当然のごとく人が集まってくる。

 テントの垂れ幕がぱっと捲られると、室内に充満していた硝煙が外へと逃げていった。


「無事か、マナム!」


 声を上げて駆け込んできたのは、族長のル・ガルさんと狩人のム・アガさんだ。


 ふたりはまず無傷のマナムさんを見て安堵し、次に塵へと還っていくイモータルを見て不愉快そうに顔を歪める。


「我らの嗅覚を掻い潜るとは……」


 それから銃をホルスターに収めるわたしへと目を向けた。


「戻ってきたか、屍人。これからどうするつもりだ」


「もちろん、すぐに出てくよ。ラカとアルナイルを助けに行かなくちゃ。みなさんにもこれ以上迷惑はかけられないしね。お礼できないのが心苦しいけれど……」


「結構。ならば、我らの合図があるまで、お前たちにはしばしよそ者どもを引きつけてもらおうか」


「助けてくれるの?」


「二度と来る気を起こさぬように痛めつけてやろうというだけの話だ」


 まったく、この一族はみんな『こう』なのだろうか。

 そう言って、ル・ガルさんは垂れ幕をそっと持ち上げた。


「さあ、行け。合図は笛の音だ。聞き逃すなよ、屍人にして同胞、ネネ」


「はい!」


 わたしは力強く頷いてテントから飛び出した。


 外にはたくさんの戦士たちが族長の命を待って控えている。


 彼らはわたしが儀式を受けていたことを知っているのだろう。ここを訪れたときとは全く正反対の視線がわたしに集まるのを感じた。戦場へと送り出されているのだ。


 ありがとう、もう少しアマルガルム族の文化を学びたかったけれど――それはまたの機会に。


 ラカとアルナイルがどこで戦っているかはすぐにわかった。

 村を出る前から銃声が途切れなく轟いていたからだ。耳を澄ませるまでもなく距離と方角を把握できた。


 戦場に近づくにつれ、硝煙の香りが濃くなっていく。


 百人くらいはいるだろうか。もっとかもしれない。大勢の人間が入れ代わり立ち代わり動いているせいで、戦場が砂煙に包まれている。


 ぱっと見は絶望的な戦力差だけど、それでもラカとアルナイルは耐えている。


 さあて、どうやって登場しようか。

 フードを深く被り、人垣の隙間を見つけて体を滑り込ませる。


「はい、ごめんね、通して通して~」


 アルナイルが〈剣の試練〉を開催したときもそうだったけど、どうもわたしは目立たないみたい。誰にも気づかれないまま人垣を抜け出すと――


「そろそろ諦めてわたくしに屈しなさい!」


「死んでもヤぁね! あんたこそいい加減つきまとうなっつの!」


 ……なんだか安心できるようなできないような言い合いがはっきりと聞こえた。ラカとハルナさんの大喧嘩である。


 しかし、その戦いぶりは気を緩めて見るようなものではない。


 ふたりとも大別して『エレメンタルガンナー』というビルドだ。


 ハルナさんは呪符を巻きつけたリボルバーを使い、雷撃が宿った弾丸を放って相手を――ううん、破壊する。


 対するラカは、精霊を防御手段として使っている。


 ハルナさんの弾丸そのものはなんの変哲もないリボルバー弾だ。それを見てノームを使役し、土の壁を何枚も作って弾丸と雷撃の両方を防いでいる。


 さらには守護霊イオシュネを同時に召喚し、ライフルとリボルバーを交互に持ち替えながらハルナさんに猛連射を浴びせていた。


 しかし、ハルナさんだってしっかり防御手段を展開していた。


 身の回りに浮遊している無数の呪符が磁力を発し、飛来したライフル弾を引き寄せるのだ。そして耐久限界を迎えた物はド派手に爆ぜていく。


 うーん、なんて見栄えのいい決闘なのだろう。


 ハルナさんがそう命じたのか、はたまたふたりの決闘が激しすぎて介入できないのか、〈武以貴人会〉の取り巻きたちは傍観するばかり。


 一方で、アルナイルには大勢で立ち向かっていた。


 ……正確には、アルナイル大勢に突撃していた。


 普通に考えれば単騎特攻を仕掛ける人間なんて、遠くから大量の銃で蜂の巣にすればいいだけの話だ。実際、下級魔族はそれで倒せたという。


 で、上級魔族やアルナイルのような者相手にはどうなるかと言うと……


「誰か止めて!」「お前が行けよ!?」「イヤだ! こんなところで死んだら装備が消失ロスる!」「とにかくヤツの隙を突け!」「モータルなんだぞ、殺せるはずだ!」


 最後のセリフを吐いたイモータルに、アルナイルは一瞬で間合いを詰めて〈セレスヴァティン〉をひと振り。その分厚い刃が人体を上下に断ち、周囲に赤い光をぶち撒ける。


 本来グロテスク描写の自主規制で導入されたはずの表現が、却って人が光に消えていく不気味な光景を生み出した。


 アルナイルはその返り血を浴びながら、平然と話す。


「できるものなら、どうぞ」


 その目は恐ろしく冷たい。次の標的を探して左右に動くところなんて、まさに殺戮者ターミネーター


 視線がばちっと合ってしまったイモータルが悲鳴を上げながらショットガンを構えた。


 アルナイルは大剣を盾にすることで散弾を全て防ぐ。


 だったら同時に攻撃すればいいじゃないか、ということで別のイモータルがリボルバーを撃った。


 アルナイルはそれを大剣の表面で滑らせるように受け流し、別角度から攻撃しようとしていたイモータルに命中させた。


 あるいは隙を見せて銃撃を誘うと、それを難なく躱して同士討ちを起こす。


 それで闇雲に攻撃するのはまずいぞとためらったイモータルたちを、一方的な斬撃で屠っていくのだった。


 ……うーん、あれはもう近づかないほうがいいな。大災害だよ。

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