[09-11] わたしは
冷静になってみれば、初めから思い当たるべきだったことが脳裏をよぎる。
ここが深層だと言うのなら、だ。
わたしの意識を浮上するほうに傾ければ、魔王の力がそっち向きに働くのではなかろうか。
「あの、ちょっと試したいことがあるんだけど――」
と、アマルガルムに提案しようとしたときだった。
いつの間にか、教室が無人になっていることに気づく。
……そっか。なんのために霊界へ潜ってきたのか。
「ごめん、それは後でいいや。それより契約の試練ってどんなことをするの?」
アマルガルムが上半身を起こす。この空間に風なんてないのに、体毛がぞわりとなびいた。
《我が氏族に求むるはひとつ。荒野をも生き抜く力を示せ。軟弱者に我が名を使わせはせんぞ》
その声とともに、ログがぴっと流れた。
クエスト情報の更新通知。それが今でもゲームしていることを思い出させてくれる。
《クエスト:霊獣アマルガルムの試練》
《霊獣アマルガルムと戦い、一定時間生き延びること》
試練のクリア条件を確認したわたし、足を軽く開き、ガンベルトに手を運ぶ。
「よかったよ。あなたのことを知れて。ただ『アマルガルム族だから』、『祖霊だから』で契約するよりも、ずっといい」
《ふん、我もだ。一個の者を知る機会はこれが初めてになるぞ、ネネ》
初めてわたしの名前を呼んでくれたアマルガルムは薄く笑い――
ぶんっ! 太い腕を振るい、目の前に並べられた机やイスを吹き飛ばす。
破壊されたオブジェクトは光の粒子となって、再びカオスへと還っていった。
塵を全身に浴びながら、わたしは〈L&T75〉を構えて発砲。
今度はちゃんと発射された。弾丸は正確にアマルガルムの体に吸い込まれていく。
が、硬い体毛に阻まれて肉には届かなかったようだ。アマルガルムがぶるっと身震いすると、からんからんと弾丸が床に落ちる。
《全力で来い! 我は霊獣、不滅なり! 遠慮は不要、殺せるものなら殺してみせよ!》
アマルガルムが手足に力をぐっと蓄える。そう見えた次の瞬間には、わたし目がけて突っ込んできていた。
教室の狭い空間、歩き慣れた床に体を投げ出してどうにか回避。一定時間生き延びればいいと言っても、アマルガルムにダメージを与えない限り、すぐに捉えられてしまうだろう。
なら、ご希望どおり全力で――
《レリックスキル〈
ここがすでに通常の空間ではないからか、時間が完全に停止することはない。
その代わり、かすかな物音でも木霊する、超スローモーションな世界へと突入した。
アマルガルムに吹っ飛ばされた色んな物が宙を舞っている。
そのうちのひとつ、わたし愛用のタブレットが射線に重なった。黒いプラスチックボードの上部に電子部品が備わっている学生用端末。
でも、わたしの意識はアマルガルムへと集中していた。
トリガーを引く。飛び出した弾丸がソニックブームを伴って、空中のタブレットに直撃。プラスチックを木っ端微塵に粉砕した。
さらに弾丸はこの空間をも引き千切るように視覚情報を破壊しつつ、アマルガルムの横っ腹に突き刺さる。
アマルガルムの巨体でも衝撃を受け止められず、お腹から血を噴き出しながらロッカーにぶつかった。蝶番が外れ、扉が大きくへこむ。
かはっ、と血を吐くアマルガルム。だけどすぐに跳ね起きて、今度は腕を縦に振り下ろしてきた。
荒野をさ迷い続けたがさがさの肉球――に見入ることなく、わたしはぎりぎりのところで殴打を避ける。
学校の床に、壁に、亀裂が走って崩壊する。
この空間が重い一撃に耐えられなかったのだ。わたしもアマルガルムも宙に放り出される――
いや、すぐに足が地面に着いた。
周りの景色が変わった。先ほど見た、霊狼たちが隠れていた渓谷だった。
アマルガルムは渓谷の斜面を俊敏に駆け、空中からわたしに覆い被さろうとする。
そうはさせるか。わたしは片目で〈L&T75〉の
〈魔王の力〉を帯びた弾丸だったが、今度はアマルガルムも身をよじるように回避してきた。
穿たれた空間が、まるでガラス板でも立っていたかのように破れる。風景がばらばらと崩れ落ちて、わたしたちを次のステージへと移した。
魔獣の死体がごろごろと転がる荒野だ。
アマルガルムが鋭い爪で薙ぎ払うと、魔獣の青い血が渦巻くように飛び散った。
びちゃっ! わたしの背後の空間でその音が確かに聞こえた。油絵が溶けてしまったかのように隠れていたステージが現れる。
公民館の屋上。
満天の星空。
高いフェンスに囲まれた檻。
わたしを閉じ込める場所。
〈L&T75〉のシリンダーを開放し、弾薬を入れ替える。空薬莢がからんからんと床を跳ねていく音を聞きながら、手首のスナップで閉鎖。
踏み込む足が遠足用のシートをくしゃっと踏みにじる。
給水塔の上に立つアマルガルムを撃とうとして――
何かが飛び出してきた。
中学の制服を着た『わたし』だ。わたしたちが見えているのか、逃げ惑っているようだった。
バカだな。そうやってどこまでも逃げることになるんだ。
心には汚点がずっと残ったままなのに。
たとえどうしようもできなかったとしても、わたしはあの時、大人たちからラカを守るべきだった。
わたしがラカを連れ出した。わたしがラカと一緒にいたかった。世界でわたしたちだけになりたかった。そう言えばよかった。
それができない臆病者は――
「邪魔だよ!」
銃声が轟く。
中学生の『わたし』は目を見開いて崩れ落ち、その体は塵となって消えていった。
その残骸を踏みつけ、前進し、アマルガルムに吠える。
「わたしはネネ。アマルガルム族のネネだっ!」
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