[09-10] 見せたくなんかない

 霊狼たちの隠れ場に砂煙が雪崩れ込んできて、周りの景色が塗り替えられていく。

 それが晴れると、わたしの視界は再び公民館の屋上に戻っていた。


 そこで中学校の制服を着た『わたし』が仰向けに横たわっている。


 まるで棺に入れられた死体のように両手をお腹の上で組んでいる。いや、気分的には死んでいたようなものだったと思う。


 そんな虚ろなわたしを、わたしは見下ろしていた。

 つまりだけど、わたしはもう一度だけこの場所を訪れたことがあったのだ。


 言っておくと、小学生の時のように忍び込んだのではない。


『学校の課題で天体観測がしたいんです。ここ、夜になると星がよく見えるから』


 そう言って、公民館の管理人さんに利用許可をもらったのである。


 あの時からすっかり変わって――というかわたしたちが原因で――元廃校である公民館には新しい電子セキュリティが導入されていた。


 管理人さんがいなくても利用者の行動は追跡できるし、事故や事件が起きた場合にはAIがそれを察して警備会社に通報してくれる。


 多分、ここであんなことはもう二度と起きないだろう。


 ただ、『学校の課題』というのは半分ウソだった。もう半分の目的は別にあった。


 そして、遠足用のシートに寝転がったわたしは、すぐに何もかもがどうでもよくなってしまったのだった。


 ……ああ、今になって自分のこんな姿を見せられるなんて。


 星空は綺麗でもなんでもなかった。

 ただ光がちかちかと瞬いているだけだ。


 それが何光年先から届いている波であろうとも、人工衛星や宇宙ステーションのイルミネーションであろうとも、何も変わりはしない。


 そうとしか見れない自分の感性のなさに、次第に絶望感が湧き上がってくる。

 あの時はどうして、あんなにも星空が綺麗だと思ったのだろう。


 確かにあの光を見て、自分の知らない世界に来てしまったような、そんなどきどきを噛み締めていたはずなのに、その感動が全くない。


『そうだよね』


 わたしはぽつりと呟く。

 空には無数の星々。そして地上にはわたしとラカのふたりきり。それが特別だったのだ。


 ラカがいなくなってからずっと、心の奥底ではわかっていたことを認めてしまった瞬間――


 無感情だったわたしの目に涙が浮かんで、つうっと流れていく。

 声も出さずにひたすら泣いて……星の光なんてすっかりぼやけてしまって……。




 景色がさらに変化し、時間は今に辿り着く。

 高校生になったわたしは、休み時間もひとりでいるような人間になった。


 自分がこんなにも臆病な人間だとは思わなかった。


 たとえば今、親友が新しくできたとして、その子が遠くに引っ越してしまうことになったとしよう。その時、『じゃあ、ふたりで逃げよう!』なんて言い出せるだろうか。


 いいや、絶対にできない。

 だとしたら、その子は『親友』と呼べるのか?

 わからない。


 昔のわたしには、なんでもできるという根拠のない万能感があった。


 でも、それはラカと一緒だったから。

 ラカが笑ってくれるから、わたしは一歩前へ踏み出すことができたのだ。


 VRスペースで再会したラカは、新しい学校でのことを話してくれた。他にも新しい家、新しいお買い物先――新しいお友達。


 そう、ラカは『ひとりでも大丈夫』な人間だ。地面にしっかり足を着けて立っている。昔からずっとそうだったところが、惹かれた理由なのだと思う。


 それをわたしが勝手に『繋ぎ止めないとどこかへ行ってしまいそう』だなんて感じて、引き止めていただけに過ぎない。


 まったく、本当に自分がイヤになる。




「……ねえ、こういうのって他のイモータルにも見せてるの?」


 教室の後ろに立っていたわたしに対し、教壇に立っていたアマルガルムが口を動かさずに念話で答える。


《先刻言ったはずだ。我が貴様に見せているのではなく、貴様が我に見せているのだ》


「こんなの見せたくなんかない! 見たくもない! ただあなたと契約しに来ただけなのに、勝手にわたしの頭の中を読み込んで――不法侵入だよ!」


 わたしの喚き声は教室の誰にも届かない。


『わたし』は自分の席でタブレットを操作している。

 クラスメイトたちは笑い合いながらアマルガルムの目の前を通っていった。


 ほんの少し間を置いて、アマルガルムが目を細める。


《その力がこの状況を引き起こしているようだ》


 アマルガルムの視線はわたしの右手首に向けられていた。


 特に意識してもいないのに、タトゥーが青白く明滅している。そういえば霊薬を飲んだときにスキルが発動して――そこからおかしくなったのだ。


 わたしよりもアマルガルムのほうが把握能力が高いらしい。


《ここは霊界の――否、らしい。力が我々をのだろう》


『層』。


 ラカはそれを『レイヤー』と言っていた。意識をコンセントレーションからさらに深いトランス状態へとシフトさせることで、霊界へと潜っていくのだと。


《ここはもはや『混沌カオス』だ。貴様や我の意識に反応し、あらゆる物体、あらゆる生命だった『塵』が姿形を変えている。砂鉄が磁場によって波打つようにな》


「……待って。なんかこの辺りまで上がってきてる」


 と、わたしは自分の喉元に手を持ち上げてみせた。


 アマルガルムの言い回し、どこかで聞き覚えがあると思ったら、ゲーム開発スタッフのインタビューだ。


荒野の魔王領ウェイストランド・パンデモニウム〉では世界中でランダムなイベントが常時発生している。


 では、そのバリエーションがどこから生まれるのかというと、それこそが『混沌カオス』、プレイヤーやモータルの言動をデータとして保存する領域だ。


 シナリオ生成AIは、この無秩序なデータを分析して、高評価なシナリオを生み出していくのである。


 つまり、そこにわたしやアマルガルムのようなはっきりとしたデータを持つ存在が訪れたせいで、連鎖反応のように空間をシミュレートしてしまった……ということ?


 だけど、それじゃあ――


「不法侵入してるのはだってこと!?」


 言ってしまってから、わたし、手をぶんぶんと振る。


「今のなし! 力のせい! わたし悪くないもん!」


 慌てて当たり前である。


 これがクラッキングと認められれば、わたしはゲームの運営会社に通報され、警察に逮捕されることとなる。学校は退学になるし、お父さんとお母さんをまた悲しませてしまうだろう。


 ラカとの旅だっておしまいだ。ログイン・アカウントが停止バンになるのだから。


 そこでふと、疑問にぶち当たる。


「……もしかしてこの力、ただ物にスピンをかけるだけじゃないの?」


《我が知る魔王ビュレイストの力は世界の法則をも捻じ曲げる。それを貴様が暴発させたせいでこうなったのだろうな》


「いやいやいや、わたしが暴発させたんじゃないし」


 悪いのはぜーんぶゲームの開発者さんだ。


 だってだって、魔王の力なんてものを作ったのはその人たちだし、今まで放置しているのもその人たち。こういう状況に陥ってしまっているのに助けてくれないのもその人たち。


 ……うん、落ち着いてきたぞ。

 そのやり方が責任転嫁っていうのは、ものすごくカッコ悪いけどさ。

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