[09-08] 面接試験

 とても静かだった。

 硬い床に寝転がっていたわたしは、ぼんやりと視界いっぱいに広がる無数の光を見つめていた。


 光の正体は星だ。中には人工衛星や宇宙ステーションも混ざっているかもしれないが。

 今日は晴れ。天気予報どおりである。


「星座、全然覚えてないな」


 ラカとあの日に見た星のことだ。

 そもそもわたしたちは星座なんて全然知らなくて、あの一番明るい星がそうじゃないのか、いや、あれは動いているから違う、などと言い合ったものだ。


 ……いや、待てよ?

 わたし、どうしてリアルの星空なんて見上げてるの?


 おかしな話ではないか。霊獣アマルガルムと契約を結ぶために霊薬を呑んで、酩酊状態になって、意識だけが深層へと転送されて――


「っ!」


 ふと正気を取り戻して、わたしはばっと飛び起きた。


 そこは見覚えのある場所だった。

 でも、〈荒野の魔王領ウェイストランド・パンデモニウム〉の中で訪れた場所ではない。


 リアルの、かつてラカと逃避行をしでかした公民館――廃校を再利用した――の屋上だったのである。


「どうなって……るの?」


 もちろん、『今までの旅は全部夢でした』オチではない。わたしは今も『ネネ』の姿のままだ。


 擦り切れた放浪者風のマントに、初めは恥ずかしかったけどもう慣れたショートパンツ。ガンベルトに〈L&T75〉。サブホルスターには〈クェルドス・スペシャル〉。


 今まで意識が飛んでいただけで、思考すればUIだってちゃんと表示される。

 つまり、ここはVR空間の中なのだ。


 わたし、腕を組んで「うーん」と唸りながら屋上を歩き回ってみる。


 こうなった理由でひとつ思いついたとすれば、VRシミュレーターがわたしの記憶を読み取ったという可能性だ。


 このゲームのチュートリアルも、プレイヤーのゲーム経験値に合ったストーリーが用意されるらしい。わたしは超凄腕の助っ人と一緒にギャングをやっつける内容だったけど、ラカはひとりで多数のギャングをやっつけた。


 それと同じで、このフィールドはわたしの脳をスキャンして解析したものを再現したのだろう。


 たとえば、VR空間を利用したカウンセリングでもこういう手法で過去のトラウマを治療していくことがある、とニュースで見た記憶があった。


「うん、それで辻褄は合うかもしれないけどさ」


 果たして、VRMMOゲームでそんな技術を取り入れる意味があるのか。

 というか、これって個人情報の不正利用に当たるのではないか。


 などとだんだん色んな心配をし始めてしまったわたし、空気の振動じみたものを感じ取った。


 たとえるなら、肌にぴったりと密着させた音叉を叩いたとか、潜水中のプールに物を投げ込まれたとか、そういう感覚。


 何かがこの空間に現れた。無意識に理解しつつも振り返ったわたしは、給水塔の上に伏せる獣を発見した。


 赤い毛並みを持つ巨狼――


《霊獣アマルガルム》

《エーテル・ビースト》

《Lv:80》


 月をバックにしている辺り、演出というものを心得ている霊獣である。


 その険しい眼光に怖気づくまいと深呼吸してから、わたしは声を絞り出した。


「こんばんは。わたし、アマルガルム族のネネ。……って、あなたに『アマルガルム族だ』って名乗るのはちょっと変かな?」


 アマルガルムは答えてくれなかった。

 ……そうだよね。前置きなんていらないよね。わたしは手を広げ、声高に望みを伝える。


「もっと強くなるためにここに来たの!」


 今度はアマルガルムの口元がやや動いた、ような気がした。


《〈魔王の力〉を手にしてなお、か?》


 そのおじいちゃんな声は喉を震わせて発せられたのではなく、わたしの頭の中でじーんと響いた。


 わたしは思わず目を見開いてしまった。驚いたのはアマルガルムが人語を喋ったことではなく、わたしのことを知っていたからだ。


 動揺を見てか、アマルガルムが続けて話した。


《我ら霊は世界に遍在する。ありとあらゆる物質に、そして貴様の内にも我は宿っているのだ》


 わたし、なんとなく自分の胸に手を当てる。

 遍在――『どこにでもいる』ってことだ。


 考えてみれば当たり前で、わたしはアマルガルムの力を借りてアマルガルム族のタレントスキルを発動させていたのだ。アマルガルムはずっとわたしと一緒に戦ってきたと言っても過言ではない。


 とはいえ、他のアマルガルム族にだってアマルガルムは宿っているワケで、ひとりじゃないけれど結局はひとりで――ううむ、なんだか頭がこんがらがってきた。


 単にアマルガルムが難しい言葉を使っているだけで、これもわたしの頭をスキャンしたかゲーム上のログを参照したかのどちらかだろう。


「なら、説明はいらないよね。〈力〉を受け取った責任――もあるけど、わたしたちは行けるところまで行きたいんだ」


 最初の町〈カディアン〉の〈サルーン・フルハウス〉でラカと誓った。

 わたしたちは『ゲームの中心』に向かうんだ。


「きっと今、想像してるよりずっとたくさんのプレイヤーを敵に回してる。なんでぽっと出の人間が〈力〉を手に入れられたんだ。不公平じゃないかって」


 実を言うと以前、コミュニティを覗いてしまった。そして知った。世界は善意だけでできてはいないのだということを。


「だからって、臆病になりたくない。そういう人たちを納得させられるくらい、ラカの横に立っていられるくらい、強くなりたい。いつまでも子犬パピーじゃダメなんだ」


 今度こそわたしたちの旅をやり遂げるのだ――

 その思考を読み取ったかのように、アマルガルムが厳しい指摘を投げかけてきた。


《口ではそう申せど、貴様は恐れを抱いているな》


 ちょっとむっとなった。カウンセラー気取りなのか、この狼は。


「これ、面接試験か何か? この会話に意味はあるの? あなたと契約する資格を問われてるの?」


 アマルガルムが深い嘆息をつく。


《勘違いをしているようだな。我が貴様を試しているのではない。我をここに連れてきたのだぞ》


「……え?」


 だってこれは、アマルガルムと契約するための霊界ではないのか。

 わたしは単なる一般プレイヤーで、こんなフィールドを作り出すなんて不可能だ。


 アマルガルムの言葉の意味について考えていると、


《レリックスキル〈螺旋の支配ヘリックス・オブ・ドミネーション〉が発動しました》


 またしても手首のタトゥーが勝手に輝き出した。


「これってもしかして――」


 その『もしかして』だった。

 体が屋上の床に沈み込む。まるでコンクリートが液状化したみたいに。


 だけどそれは錯覚で、わたしの意識がさらにサーバーの深いレイヤーへと侵入してしまっているのだった。


 溺れる――仮想世界のはずなのに、そんな感覚が妙にくっきりと脳に絡みついてきた。

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