[09-05] アマルガルム族

 初めに悲しいお知らせをしよう。


 ム・アガさんに案内されたアマルガルム族の村は、狼耳と尻尾のもふもふパラダイスではなかった。狩人たちを見てわかっていたことだけどもさ。


 ム・アガさんに続いて現れたわたしたちに対し、アマルガルム族は敵意を通り越して殺意すら宿った視線を向けてくる。よそ者を連れてきたム・アガさんに非難の言葉が投げかけられるのも聞こえた。


 大人の帰還に大はしゃぎだった子供たちまで、骨のナイフを取り出したではないか。……うーん、英才教育が行き届いていると見た。


 わたしはできるだけ狼耳をアピールしながら、ぐるっと村を見渡す。


 アマルガルム族は獲物を追って荒野を旅するセリアノだ。

 となれば、彼らが住まう住居もいざとなればすぐに畳んで運べるテント式だった。


 その天幕は竜の革。支える柱は竜の骨。出入口やテントの頂点につける飾りも鱗や牙、爪から作られていた。


 先に到着していた運搬組はサンドイーターの加工場へと進んでいった。

 後にはム・アガさんが残り、わたしたちに馬から降りるよう指示する。


「族長にお前たちの処遇を決めてもらう」


 アルナイルは至って堂々としている。老人たちの畏怖の目もどこ吹く風で、ム・アガさんに尋ねた。


「今の族長はどなたです?」


 その答えは、別の人から帰ってきた。


「儂だ」


 しゃがれ声ながらも力強い発音。


 足取りしっかりと人々の後ろから歩み出たのは、誰よりも豪華な牙の首飾りをじゃらじゃらと身に着けたご老人だった。耳から尻尾まで、真っ白な毛である。


 ご老人は「ふうむ……」とアルナイルの全身をじろじろと見た。


「久方ぶりだな、御使いよ。その姿、数十年前と全く変わらんのだな」


 しかし、当のアルナイルはご老人の顔を凝視しても、誰だかわかっていなかった。


「ええと?」


「ル・ガルだ。先々代の三番目の子のそのまた五番目の子の」


「……ああ! お兄様たちにいじめられていたル・ガル! あなたが族長とは立派になりましたね」


 アルナイルの大暴露に、ご老人は頭を抱えた。どうやらそのことを知る人も少なくなってしまったようで、同世代の人々が笑いを噛み殺す。


 それでこの場の空気が少しは緩んだような気がした。

 とは言え、だ。


《族長ル・ガル》

《モータル:セリアノ/アマルガルム族》

《Lv:52》


 情報を盗み見たわたしは、雰囲気に騙されないよう用心した。


 調子に乗って『へ~、族長って言ってもアルナイルには頭が上がらないんですね』なんて言おうものなら、ナイフで首を掻っ切られても文句は言えない。


 いや、生きたままサンドイーターが泳ぐ土流に放り込まれるかも――なんて悪い想像を膨らませていたところ、族長のすぐ後ろにぴったりひっそりと控えている女の子と目が合った。


 年頃はわたしたちと同じか、下くらい。


 わたしは元々黒髪だったところに赤みを加えた色だけども、女の子はもっと明るい赤茶色の髪を長く伸ばしていた。竜のなめし皮の、比較的お上品さを感じるデザインの衣服を着ている。


 女の子はわたしが気づくよりも前からずっと観察していたようだ。

 でもそれは、ただ表面を見るだけじゃなくて、もっとわたしの奥にあるものを見抜こうとするような神秘的な目だった。


《マナム》

《モータル:セリアノ/アマルガルム族》

《Lv:15》


 わたしが軽くお辞儀をしても、マナムさんは表情を崩さない。

 そんなふたりの様子に気づいたル・ガルさんが、こちらを指差してアルナイルに問い質す。


「後ろの……同胞もどきとエルフは屍人だな。そんなやからを引き連れて、一体何用か。よそ者には足を踏み入れさせないと約定を結んだ当の本人だろう」


「でしょうね。まさか私も再びここを訪れるとは思いませんでした」


 アルナイルの代わりに、ム・アガさんがル・ガルさんに耳打ちをした。の割に、大きな声で。


「屍人に契約の儀式を受けさせたいらしい」


「むう……」


 いけないいけない。わたしのことなのに、話の段取りを全てアルナイルに任せてしまっている。一歩前に出て、ル・ガルさんに深々とお辞儀をした。


「初めまして。わたしはネネ。あなたたちからすると偽物かもしれないけれど、この体は確かにアマルガルム族なの」


 と、わたしの横でラカがうずうずしているのがわかった。


 そう、これはゲームで、アマルガルム族を選んだプレイヤーは契約の儀式をクリアすることがひとつの中間地点となる。


 だから、こんな畏まらなくたって儀式は受けさせてもらえるはず。ラカが言いたいのはそういうことだ。


 ル・ガルさんが問題視しているのは、そのイモータルをアルナイルが連れてきたということにあるらしい。


「御使いよ。お前がただの道案内役を申し出るとは思えん。どういうつもりだ」


「彼女は魔王ビュレイストの力を身に宿しています」


 それまでもしかめっ面だったル・ガルさんの皺の彫りが一層深くなった。


「なんだと? 魔王が復活したのか? この娘は魔王の生まれ変わりなのか!?」


「落ち着いてください。私が封印した力のひとつを継承してしまっただけです。彼女自身は善良な――」


 アルナイル、わたしを見て首を傾げる。


「善良ですよね?」


「や、わたしはそうありたいと思ってるけど」


「はい、彼女自身は善良な屍人です」


 疑い深いル・ガルさんに、アルナイルは続けて説得を試みた。


「お願いです。故あって、私たちはある者たちに追われています。早くここをたねば、あなた方にも迷惑をかけてしまうでしょう」


「ならば、今すぐ追い出したほうがよいということだな」


「ル・ガル」


 アルナイルの不思議な圧を感じさせる語気にル・ガルさんがぴくりと動きを止める。それは他のアマルガルム族の人々も同じだった。


「魔族の手により、魔王の封印が次々と暴かれています。これはネネだけの問題ではなく、世界の問題です。もしも再び魔王が復活するようなことがあれば、あなたたちアマルガルム族でさえもおびやかされることになるのですよ」


 アルナイルの話題の切り替え方に乗って、わたしも主張する。


「でも、少なくともひとつはわたしが手に入れてしまった。だから、もっと強くならないといけないの。この力を持ってるだけで色んな人に狙われるけど、そんなのも関係ないくらい、強く!」


 わたしとアルナイルを見比べたル・ガルさんは、長い、とても長い間を経て、ようやく頷いてくれた。


「いいだろう。いずれにせよ、資格なき者は我らが祖霊に魂を抉られるだけだ。お前が我らアマルガルム族の一員として儀式を遂行できるか、祖霊に委ねようではないか」


 よかった! 普通のプレイヤーなら受けられる儀式を、巡り合わせのせいで拒絶されたたまったものではない。


 ラカが小声でぼそっと、


「これでダメなら運営にとつするトコだったわ」


 と不穏なことを呟いていたが、聞こえないふり。わたしは改めて寛大な判断を下してくれたル・ガルさんにお辞儀をした。


「ありがとうございます!」


「して、儀式を受けるための試練だが――」


 アルナイルが無表情で前に出た。


「……ここは特別に免除してやろう。ただし、儀式は夜に執り行う。それまで、竜の加工場に行って手伝え。その腰に下げた刃物が我ら一族の者と偽る飾りではないのならな」


「はい! 失礼します!」


 わたしたちは指示された場所へと急ぎ足で向かった。

 ようやく観察の目から解き放たれて、三人で軽くハイタッチ。実は、一番ほっとしていたのはずっと黙っていたラカだった。


「アルナイルのおかげで助かったわ。どういうタイミングでネネとここに来ればいいのか、ずっと悩みの種だったのよ。アマルガルム族と合流するには荒野を探し回るか、ずっと待つかの二択って話だったからさ」


 普通よりもかなり楽になったものの、だからこそ疑問だったことをわたしはふたりに尋ねた。


「ル・ガルさんが言ってた『儀式を受けるための試練』だけど、何をやるはずだったの?」


 答えてくれたのはアルナイルだ。


「アマルガルム族の子供は成人を迎えるにあたり、実力の証明としてサンドイーターを狩猟するのです。無事成功した暁に一人前のアマルガルム族として霊獣と面会し、その加護を受ける――という文化が彼らにあるのです」


 へええ。アマルガルム族にとって成人が何歳かはわからないけれど、15歳のわたしがサンドイーター討伐を行わずに儀式を受けられるなんて、確かに特別だ。


 ラカはにたにた笑みでアルナイルの顔を覗き込んだ。


「あのアマルガルム族がこっちに便宜を図ってくれるなんて、あんた、あの族長と何かあったの?」


「ほんの数日間、滞在したときに交流があったくらいですよ」


 アルナイルは何を思い出したのか、突然、軽い笑みを洩らす。


「いつも外の岩陰で泣いていた幼きル・ガル少年にちょっと特訓をつけてあげただけです」


「わあ、その話は胸にしまっておくわ。生きて帰りたいもの」


 ラカとアルナイルはにっこりと笑い合った。


 一方で、万事がうまく運んでるんるん気分なわたしは、運搬されていった竜の分厚いお肉を思い出していた。


「ねえねえ。もしかして今夜ここで過ごすなら、サンドイーターのステーキを食べられるのかな。わたし、ドラゴンのお肉を食べるのって夢だったんだよねえ」


 このとき、わたしは涎だけでなく希望にも溢れていた。


 でも、ル・ガルさんがお手伝いを命じたのにはちゃんと理由があったのだ。

 そう、希望から絶望に叩き落すような、奈落のように深い理由が――

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