[09-04] 狼そりの狩人

 サンドイーターは自分の前を走る先導者に夢中だ。

 先導者が紐で縛られた革袋を高々と掲げている。ドラゴンはそれにおびき出されたようだった。


 解説役のアルナイルが淡々と説明してくれる。


「あれはサンドイーターの好物を乾燥させて粉々にすり潰した物ですよ。ミミズ、サソリ、虫が主成分ですね」


「うげ。……って、あのおっきな体でそんな小さな物が好物なの?」


「見てください」


 サンドイーターが先導者を丸呑みしようと、口をがぱっと開いた。なるほど、ああやってひとまとめに土と砂を呑み込んで、そこに隠れ潜む小動物をおいしくいただいちゃうのだ。後は土と砂をぷりっと排泄して――


「……って、もしかしてこの土流、ドラゴンのうん……!?」


「いえ、単にサンドイーターの移動経路で地盤が崩れた場所ですよ」


 よ……かったあ! さっきわたしがすくい上げた物がうん……だったらばっちいもんね。


 わたしがつまらないことで一喜一憂している間に、後続のそり部隊がサンドイーターに追いついていた。先導者を食べようとして陸に上がった竜を槍や弓で攻撃開始する。


 原始的な攻撃ではない。投擲や射撃の直前、彼らの体から何か得体の知れない気配を感じた。その攻撃はドラゴンの硬い鱗にも突き刺さっていた。


 サンドイーターも尻尾を振り回してそりを追い払おうとするが、狼たちは俊敏に攻撃を躱す。そのそりが暴れても、アマルガルム族たちは振り落とされることなく常に獲物を見続けていた。


 あんな大雑把な攻撃をされたら狼は散り散りになってしまいそうなものだが、すぐに合流しては鱗に守られていない柔らかそうなところを探し出す。よく訓練された狼たちだ。かなりカッコいい。


 ひとりのアマルガルム族がそりからジャンプし、サンドイーターの脇腹に取りついた。


 硬い鱗は下手すればおろし金のように人をずっぱり切ってしまいそうなものだ。


 けれどもその狩人は、逆に鱗の凹凸おうとつを手がかりにしてひょいひょいと背中へとよじ登る。暴れ回るサンドイーターから振り落とされることなく後頭部に到達すると、背負っていた槍を手に握り締めた。


 まただ。ぞく、とわたしの背筋が何かを感じ取る。悪い気配とかではないけれど、狩人に何かが乗り移るのがわかったというか――


 狩人が雄叫びを上げながら得物を突き入れた。穂先は見事に深々と刺さる。


 だが、サンドイーターにとってはまだ致命傷ではない。ますます暴れ回りながら土流へ戻ろうとするのを、他の狩人たちがちくちく攻撃を加えて転倒させた。


 動きが一瞬収まったのを見計らい、頭上の狩人はさらに槍をぐっと押し込んだ。


 びくん、サンドイーターが四肢を震わせる。ついに穂先が脳を突き破ったのだ。


 巨体がぐらりと揺らぎ、そのまま地面にどすんとお腹をつけた。あれほど暴れ回っていたのが嘘のように、最期は呆気ない。


 土煙が勢いよく舞う中、アマルガルム族の大歓声が沸き起こった。わたしも思わず拍手。


 でも、こんな大きなドラゴンをどうするのだろう。家族の元へ運ぶにしても、クレーン車でないと無理そうだ。


 なんて、古くからこの暮らしをしている彼らには余計な心配だった。

 とどめを刺した槍使いが仲間たちに号令を出し、この場でサンドイーターの解体作業を始めたのである。


 彼らは竜の体を余すところなく資源とするらしい。鱗、皮、肉や内臓、骨を運搬用のそりに載せ、血液まで革袋に溜めている。このかぴかぴに乾いた荒野では獲物の何もかもを有効活用して生き抜いているのだ。


 ふと、槍使いのアマルガルム族がこちらに振り向いた。


「私たちに気づいたようですね。ラカ、ノームでここを渡りましょう」


「ほいほい、お任せあれ」


 土流を精霊の力で固定しながら、わたしたちは川を渡り切る。


 その頃には他のアマルガルム族もわたしたちを歓迎するように待ち構えていた。……武器を向けるのが彼ら流として、問答無用で襲われなくてよかったよ。


 アルナイルは彼らをぐるっと見渡してから、〈セレスヴァティン〉を地面に突き刺した。『敵意はありませんよ』という意思表示である。


「我が名はアルナイル・ブランド。かつて御使いとしてこの地を訪れ、族長ア・ルガと祖霊アマルガルムと約定を交わした者です。この名に聞き覚えがあるはず」


 何人かが槍使いを見た。多分、錆色の長髪をいくつも三つ編みに結った髪型の彼がリーダーなのだ。他の人はなめし革の服を着ているのに、彼は上半身裸である。腕や胸は毛むくじゃらで、タトゥーもがっつり全身に入っていた。


 わたしは控えめに槍使いの情報を盗み見る。


《ム・アガ》

《モータル:セリアノ/アマルガルム族》

《Lv:41》


 そのム・アガさんが、そりの上からアルナイルを見下ろした。その眼光は険しく、アルナイルとその他――わたしたちのこと――に不審な点があれば、すぐにでも槍を投擲するつもりの構えだった。


「御使いの名を騙る者かもしれん。その約定を答えろ」


 アルナイルは少しも物怖じしない。


「『我らアマルガルム族は魔族と戦えど人族に与することもあらず。人族がこの地に踏み入らば、我らは魔族同様に牙を剥くだろう』――私はルオノランドの騎士たちにちゃんと言い聞かせましたよ」


 ……後でアルナイルからこっそり教わったところによると、そもそもここは開拓に向かない地理で、侵略したところで『うまみ』がないらしい。だから、欲まみれの施政者たちはアルナイルの言いつけをしっかり守ってくれたそうだ。


 ム・アガさんは「ふむ」と唸った。


「確かにご先祖の前に現れた御使いは大剣を担ぐ少女であり、今しがたお前が名乗ったものと同じだったという覚えがある。しかし、年を取っていないのはどういうことだ」


「クレアスタの加護ですよ。もしもまだ疑いを持っているのであれば、その剣を引き抜いてご覧なさい。それは加護を受けた者しか持つことのできない神剣〈セレスヴァティン〉です」


「ほう?」


 アルナイルからの挑発と受け取ったのか、ム・アガさんはそりから飛び降り、〈セレスヴァティン〉に手をかけた。


 しかし、当然、


「……ぐぬっ!?」


 ム・アガさんの腕力ではどうにもならない。

 仲間たちが見ている手前、ム・アガさんはばつが悪そうに剣から手を離した。


「なるほど。まだまだ疑問は残るが、百歩譲ってお前を御使いと認めよう」


「でしたら、剣を背負い直しても?」


 アルナイル、何やら不安そうに付け足す。


「……重みでどんどん地面に沈んでいます」


 ム・アガさんはただ黙って頷く。

 いそいそと〈セレスヴァティン〉を背負い直すアルナイルに、彼は質問を重ねた。


「それで、御使いが何用だ」


「この子を連れてきました」


 アルナイルから話題を振られて、わたしは人前に進み出ざるを得なくなった。フードを脱ぎ払うと、彼らからどよめきが生じる。


「ど、どうも……ネネっていいます」


屍人しびとか。汚らわしい徘徊者め」


 彼らなりの『イモータル』の呼び方なのだろうけれど、あんまりな言われようでちょっとがっかりしてしまう。……まあ、どこでも不気味がられているのだから、当然の扱いか。


 そんなわたしを横目で見たアルナイルが、ム・アガさんに不敵な笑みを浮かべた。


「この子はあなたよりもできますよ」


「えっ」


「なんだと?」


 突然の煽りにわたしは慌て、一方のム・アガさんは眉間にしわを寄せた。

 アルナイルはお構いなしに続ける。


「ただし、アマルガルムとちゃんとした契約を交わせぬまま、今まで生きてきました。彼女に儀式を受けさせてはもらえませんか?」


「それは、俺が、判断するものではない」


 ほらあ! ム・アガさん、ちょっと不機嫌になっちゃったじゃん!


 だけど、わたしだってここで引き下がるワケにはいかない。そもそもこれはゲームなのだから、彼らと会うことさえできれば誰でも契約の儀式を受けることができるはずなのだ。


 わたしは強気に一歩踏み出す。


「お願いします。今まで戦いの中でアマルガルムの声を聞いてきたの。でも、まだその姿を見れてない。わたし、もっと強くなるためにちゃんと会わなきゃいけないんだ」


 ム・アガさんはわたしをじいっと観察していたかと思うと、いきなり槍を投擲するモーションに入った。


 わたしも〈L&T75〉を抜いて、ム・アガさんに照準を合わせる。ハンマーは起こさず、しっかりと胸を狙って。


 その速度は、アマルガルム族の人々を驚かせたようだ。

 ム・アガさんは鼻から軽く息を抜いて、槍を引っ込めた。


「そちらの騎獣は走れるのか?」


 どういう意味だろう。しばらく考えるわたしの代わりに、ラカがはっきりと答えた。


「速度を出さなければついてけるわ」


「いいだろう、来い」


 いつの間にかサンドイーターの解体作業を終えていたアマルガルム族は、ム・アガさんの口笛を合図に走り去ってしまう。


 つまり、アマルガルム族の村に案内してくれるってことだよね?


 殿しんがりを務めるム・アガさんのそりを見失わないよう、わたしたちは急いでそれぞれの馬に飛び乗るのだった。

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