[09-03] 砂食い竜

 追跡者から見たわたしたちの姿は、『ラクダを引く砂漠の旅人』にそっくりだろう。


 そういえば、昔のキャラバンはどうやって旅をしていたのだろうか。いつまでも変わらない風景、きつい日差しでくらくらする中、道なき道を進んでいたはず。とにもかくにも強靭な精神が必要だったに違いない。


 少なくともARガイドに頼りきりの現代っ子なわたしでは、すぐに挫けてしまうだろう。


 ……なんて、そもそも砂漠に放り出される状況になるとは思えないけどさ。


荒野の魔王領ウェイストランド・パンデモニウム〉で苦痛を感じることはシステム上ありえないけれども、肉体がダメージを負うのは一緒だ。


 UIには肉体の不調バッドステータス報告が続々とポップアップしている。軽度の空腹、脱水、疲労……スタミナがほとんど回復しない状態である。


 今、ハルナさんと〈武以貴人会〉に追いつかれたらひと溜まりもない。


 それに、本当にこんなだだっ広い荒野を旅しているアマルガルム族に出会うことができるのだろうか。


 不安にさいなまされながらもひたすら前へ前へと進んでいた、そんなときだった。


《タレントスキル〈獣人の超感覚センス・オブ・セリアノ〉が発動しました》


 ざああ、と。

 確かに水の流れる音を聞いた。


「川だ! 川があるよ!」


「ネネ」


 アルナイルがわたしの名を呼ぶのにも気づかず、砂避けに被りっぱなしのフードの中で狼耳をぴくぴく動かす。


 ひと際砂煙が立ち込める向こうから、その音は轟いていた。


「こっち!」


「……ネネ!」


 これで少し休める。思う存分に水分補給ができるし、いくらVRとはいえ体が砂でざらざらするのも不快だ。いっそ川に飛び込んでしまおうと思っていた。


 ところが、首根っこをぐいっと掴まれた。


「ぐぇ」


 駆け出したわたしを止めたのは、すぐに追いついたアルナイルだった。


「まったく。危ないですよ、ネネ。よくご覧なさい」


「え……わっ!?」


 アルナイルに注意されて目を凝らしたわたし、足をばたばたと動かして後ずさる。


 それを川と呼べるなら、確かに川が流れていた。ひどい雨が降った後の濁った泥がうねっているような光景だ。


 でも、流れている物は水ではない。


 恐る恐る流れをすくい上げてみれば、地表の白土と地中の濡れた土が混ざり合った物が手のひらに乗っていた。


 アルナイルはわたしの隣に立ち、大地を揺るがす濁流を指差した。


「『土流』です。うっかり飛び込んだら最後、頭のてっぺんまで沈んで這い上がれなくなりますよ」


「何それ怖いよ!? こんなトコをアマルガルム族は通るの!?」


「ええ。彼らはこの環境を生み出している魔獣を狩って暮らしているのです」


「魔獣がどうやってこんな川を――」


 と、わたしが問いかけたタイミングで地響きが轟いた。


 ここからそう遠くない場所で、土流が異様に大きく波打つ。内部でガスが溜まっているのかと思うほど、ずずず、と土が膨れ上がった。


 その膨張が限界を迎えたとき、中から魔獣が顔を覗かせた。


 肺に溜まった空気を吐き出したのだろう。ぷしゅーっ! ポンプを作動させたような鋭い音が空に響く。


 人なんて容易く押し潰せるほどの巨体が砂煙を押しのける光景は、動物ドキュメンタリーのオープニングで流れるクジラの浮上映像に似ていた。


 実際、その魔獣は地中を泳ぐためのヒレのような部位と細長い尻尾を有している。


 それに、イルカのような頭、エイのような体、土を掻くのに便利そうな短い手足、それでいてごりごりに地面を削り崩せそうな鱗も持っていて――


「……魔獣って、これ?」


「ええ、これです」


 いつもならすぐに〈セレスヴァティン〉を構えて『魔は滅します』と言うアルナイルが、なんとのんびりと魔獣の浮上を眺めていた。


「『サンドイーター』。『モグラモールドラゴン』とも呼ばれる魔獣です」


「ど、ど、ドラゴン!?」


 思わず声が裏返ってしまった。


 ドラゴンと言えば、ファンタジーでは代表的なモンスターだ。


 生物界の頂点に立つ有翼の爬虫類。火を吹いては人里を焼き払い、群がる抵抗者どもを羽ばたきひとつで吹き飛ばす。暴れに暴れた後は、財宝を蓄えた巣で優雅にお休み。


 そんな恐ろしいイメージを持っていたから、わたしは思わず腰のホルスターに手を伸ばしてしまう。


 マントの下の所作だったにもかかわらず、動きを察したアルナイルがやんわりと制止する。


「やめておきなさい。彼らの獲物に手を出すともっと面倒なことになりますよ」


 彼ら? そう問おうとした声を、

 ピイィィィッ!

 甲高い笛の音が遮った。


 よく見れば、川に沿ってサンドイーターを誘導している人がいるではないか。


 乗り物は馬ではなく、狼に引かせただ。


 さらにはサンドイーターを追いかける一団も砂煙から飛び出してきた。


 そちらはふたり乗りのそりで、御者の後ろに乗った人が槍や弓を構えている。そんな装備でこの巨大なドラゴンを倒せるものなのか。わたしには彼らが無謀な狩りを行っているようにしか見えなかった。


 ……! 頭に狼の耳がある!

 じゃあ、あの人たちが――


「アマルガルム族……!」


 わたしたちはついに、探し求めていたセリアノを発見することができたのだった。

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