[09-02] ボーンアッシュ荒野

《サーバーに接続中……接続成功……プレイヤー情報取得……ログイン成功》

《〈ジ・アル〉へおかえりなさい、ネネさん》

《現在の〈ジ・アル〉時間は、08時03分です》


 いつものアナウンスを耳に、わたしはそっと目を開ける。


 横たわっていたのは、いつものホテルやサルーンの一室ではない。人と馬がぎゅうぎゅうになってようやく入れる程度の岩陰である。


 隣に目を向けると、ラカが死んだように眠っていた。まるでお人形さんだ。今ならほっぺたをぐにってしてもバレはしない。なんならそれ以上のいたずらも――ゲームで許容される限りの、ね。


 そう、ここは安全にログアウトできるアクセスポイントではない。だから、ゲームをお休みしている間も肉体が取り残されているのだ。


 もしこれが平日なら、学校で授業を受けている間にこちらジ・アルでは数日が経ち、からからの干物になっているだろう。


 でも、幸い今日は週末。リアルでも朝早くから〈荒野の魔王領ウェイストランド・パンデモニウム〉にログインできているのである。


 ……おや、アルナイルの姿がない。

 朝食を取りに出かけているのだろうか――


 違った。岩陰から這い出てみると、アルナイルは岩の上で地平線を睨んでいた。


「おはよう、アルナイル」


「おはようございます、ネネ。体の調子はいかがです?」


「おかげ様で問題なし。アルナイルこそ、見張りありがとね」


「そのことなのですが――」


 アルナイルはぐるっと辺りを見渡した。


「何者かに見られている気がします」


「えっ」


 わたしも慌てて誰かいないかと目を凝らす。


 ここは〈ボーンアッシュ荒野〉。どこの大国にも支配されていない土地で、ここを越えれば魔王領中枢に達することができる。


 昼は酷暑、夜は極寒という環境で、草木はほとんど生えていない。

 そのため、動物たちは弱肉強食によって己の生命を繋ぎ止めている。


 朽ちた動物は灰となり、この荒野の堆積物となる――砂が白っぽいのはそういう理由らしい。


 わたしたちがこの荒野に踏み入って、〈ジ・アル〉の時間で三日が経つ。

 その間、どうやって生き延びたかと言えば、ラカの精霊のおかげだ。


 ノームに砂嵐をやり過ごす土のテントを作ってもらい、ウィンディーネが地中の少ない水分を吸い集めてもらったおかげで、極限状態には未だ陥っていないのである。


 空腹についてはみんなで小動物の狩猟をして凌いだ。リアルだったら絶対に食べたくないけれど、トカゲやサソリの干物はお煎餅みたいでなかなかおいしかった思い出。


 町で買い込んだ食糧もあるけれど、馬の健康が最優先だ。


 スモーキーはラカの旅のお供だから当然だし、アルナイルの馬も頑張ってくれている。そういう友情抜きにしてもこんなところで足をなくしたら、わたしたちは荒野のど真ん中から脱出できなくなってしまう。


 と、強行軍だったわたしたちについてこれる追手がいるというのか。


 アマルガルム族の並みの視覚では人影がわからない。今までも枯れ木やサボテンに似た植物を人間だと思ってびくびくしていたくらいだ。


 なので、聴覚と嗅覚を研ぎ澄ませてみるも、特にわたしたち以外の気配はキャッチできなかった。


「〈武以貴人会ぶいきじんかい〉なのかな?」


「この大地で追跡を行うには、向こうも準備が必要なはずです。……確証はありませんが、もっと別の……何者かに思えるのです」


 わたしは可能性を頭の中で挙げてみる。

 ここに棲む魔獣、アマルガルム族、霊獣、精霊――


 敵意があるなら、わたしたちが眠っている間に襲ってくるはずだ。あるいはアルナイルのことを知っていて手出しできないのか。ううむ、不気味だ。


 追手について何もわからないが、すぐそばでもぞもぞと動く気配。ラカが起きたのである。


「おはよ、ふたりとも。なんかあった?」


「うん、それがね――」


 アルナイルが何かから見張られていることに気づいたと話すと、ラカはにひひと笑った。


「蜃気楼かなんかでも見たんじゃないの~?」


「む。私が幻に化かされたと言うのですか?」


「じゃなきゃ、怨霊だったりして。アマルガルム族に生きたまま吊るされた旅人が……恨めしや~、ってね」


 アルナイルが呆れ顔で嘆息をつく。


「だったら、自分と同じ末路を辿るように私たちをアマルガルム族へと導いてほしいものですね」


「はは、じゃあアマルガルム族から逃げたいけどどっちに行けばわからなくて彷徨ってるとか」


「それならあなたたちが眠っている間に、もう何人も送ってあげていますよ」


「へー……」


 わたしとラカ、同時に「え?」とアルナイルを凝視する。


 アルナイルはそれについて何も答えずに、


「では、今日も進みましょう。もうそろそろのはずです」


 とほほ笑んだ。

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