第9話:星が照らす

[09-01] 傷跡

 草木も生えぬ乾いた大地、〈ボーンアッシュ荒野〉。

 日照りが地表を焼く中で、旅を続ける者たちの影は今にも消え尽きてしまいそうだった。


 ひとりはセリアノ。フードを深く被ってなお狼の耳がわかるアマルガルム族。


 ひとりはエルフ。黒衣と金属のアクセサリーが熱を吸収し、余計に暑苦しそうだ。


 ひとりはヒュマニス。身の丈以上の大剣を軽々と背負い、足取りもしっかりしている。


 三人は二頭の馬を連れ、砂塵を被りながらも東へと向かっていた。


「……間違いない。死の使いデスブリンガー……また相見あいまみえることができるとはね」


 ヴェルヴィエット・ザ・バーンクウォンタムは双眼鏡を下ろして熟考する。


 剣士はアルナイル・ブランドだ。


 魔族の不倶戴天の敵であり、魔王ビュレイストを討った仇である『デスブリンガー』が再び俗世に姿を現したことはすでに知っていた。


 その報を聞いたとき、ヴェルヴィエットの胸の奥に燻っていた復讐心の炎が大きく膨れ上がったことは確かである。


 しかも、アルナイル・ブランドはかつての力を失っているというではないか。

 加えて、彼女らはこの過酷な土地を旅して消耗している。

 仇討ちを果たすなら今だ。


 ……今、ではあるのだが。


 アルナイル・ブランドがふたりのイモータルを導く先は、魔王ビュレイストが封印されし魔王領中枢ではない。仮にあそこだとすれば、ふたりのイモータルのほうが先に倒れるだろう。


 恐らくは、この土地に暮らすアマルガルム族が目的か。


 かつての〈人魔大戦ジ・インカージョン〉で、魔族は霊獣となる以前のアマルガルムに迎撃され、不毛な戦いを強いられた。


 結局、この地に戦力を割く必要はないと判断され、迂回することでアマルガルムとの戦いは回避されたのである。


 なるほど、イモータルのネネを流浪のアマルガルム族と引き合わせるつもりか――


「探しましたデスよ、ヴェルヴィエットさん」


 気配は察知していたが、声をかけられて初めてヴェルヴィエットは振り返った。


 空からふわりと舞い降りてきたのは、骨だけのハゲタカスケルトン・バルチャーだ。


 元来、スケルトンは死んだ魔族や魔獣の残留思念により骸骨だけとなっても彷徨い続けるアンデッドである。


 だが、このバルチャーの頭骨空洞内には魔晶石が浮遊していた。紫色の輝きが眼球が収まっていた場所の奥からちらちらと洩れ出ている。


 これは、死霊術師ネクロマンサーが魔晶石を媒介として、どこにでもいる鳥の死骸をアンデッドに変えた証だった。


 筋肉も神経も繋がっていない骨格が元の生物の形を保っているのもマギカのおかげだ。バルチャーがくちばしを動かして言葉を発しようとすると、骨と骨がぶつかり、コツコツと乾いた音を同時に立てた。


「こんなところで何をしているのデスか? アルナイル・ブランドは放っておいて構わないと言ったでショウ? それとも何か? イモータルからビュレイスト様の力を取り戻そうと? オオゥ、それほど失敗を気に病んでいたのデスか、ヴェルヴィエットさ――」


 ヴェルヴィエットに睨まれ、バルチャーは翼をかさかさと動かして後ずさる。


「や、ワタシは励まそうとしただけデスよ。ほら、スマイル、スマ~イル」


「貴様と慣れ合うつもりはないと言ったはずよ。計画とは関係ないこと。私事に干渉しないでちょうだい」


 そう突き放されたバルチャーが「ケッ」と首の骨を鳴らした。


「なら、言い方を変えまショウ。こんなところで時間を無駄にするとは余裕デスね~。あんな小娘どもにうつつを抜かしていたら、いつまで経っても愛しの魔王さまには会えないデスよ~?」


「黙りなさい」


 ヴェルヴィエットは手をかざし、バルチャーの動力となっている魔晶石を中心に小さな爆発を発生させる。青い炎が頭骨の空洞に渦巻き、粗末な魔晶石を一瞬にして蒸発させた。


 残りの骸骨も灰となって、荒野の一部に同化する。

 この地で死した者、朽ちて骨となり風に削られ灰となる。それが降り積もってできたのが〈ボーンアッシュ荒野〉だ。


 再びひとりとなったヴェルヴィエットは、遠のいていく三人の影を見守る。


「貴様にはわからないでしょうね。アルナイル・ブランドがビュレイスト様の力を宿した者を導いているのよ」


 魔族とあらば即殺戮するあの天災が、だ。


 何かが変わりつつある。


 戦争終結以後、誇りを失った魔族、傲慢を極めた人族、そして徘徊するイモータルたち。

 様々な事柄が複雑に絡み合って、単純な種族間闘争の構造は失われてしまった。


 力を失った神の代行者もまた存在意義を失って、それでも幸か不幸かあの娘と出会ったのだとしたら――


 ヴェルヴィエットは自分の腹にそっと手を当てる。

 ネネの弾丸を受けた場所はほぼ完治しているが、あのときのことを振り返ると思い浮かぶのは、ネネの顔、緑がかった目だ。決心の瞳。


 気がつけば、ヴェルヴィエットは三人を追って足を踏み出していた。

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