[08-08] ネネが会うべき者
アルナイルは重いはずの大剣を羽根のようにふんわり構える。
でも、次の瞬間にはまさに閃光のごとく。天に〈セレスヴァティン〉の切っ先をかざし、まっすぐに虚空を斬り下ろす。
ぶぉん! 空間が両断される鈍い音。
分厚い刀身が地面に叩きつけられ、土くれが弾け飛ぶ。
それらを掻き分けるように衝撃波の刃が掻き抜け、イモータルたちの先頭集団を吹き飛ばした。
この常人離れの技に、
「本当だった……本当に御使いだったんだ……」
騎士団からそんな声が上がったけれど、アルナイルはもう一顧だにしない。
このファーストアタック、
が、その回避硬直を狙って、ラカの銃撃が襲いかかる。
短期決戦のため、異種二挺銃の乱射。
ラカがリロードするタイミングで、わたしは敵陣に向かって飛び込んだ。銃を使わずにナイフで相手の急所を斬ったり刺したり。
返り血を浴びるとともに、
《タレントスキル〈
最初に衝撃波攻撃を行ったアルナイルも突進してきて、厩舎前に陣取った一団を薙ぎ払った。
「ラカ、馬を!」
「了解!」
ラカが馬の引き取り手続きを済ませるまで、わたしとアルナイルで時間を稼がなければならない。
そこに、
「いたぞ! ラカ・ピエリスの相棒だ!」
駆けつけてきたのは〈武以貴人会〉のメンバー数人。
わたしは銃を〈クェルドス・スペシャル〉に持ち替え、その銃口を問答無用で相手に向ける。
《レリックスキル〈
高速回転させた弾丸は相手の足元に命中。
直撃させることも可能だったけれど、ここは町中だ。流れ弾の不安もあって、安全策を取ったのである。
それでも、砲弾が命中したかのような視覚効果だ。〈武以貴人会〉のメンバーは「うわっ、たぁ!?」と悲鳴を上げながら物陰に隠れた。
厩舎の扉がばーんと開け放たれる。ラカを乗せたスモーキーが飛び出してきたと思ったら、正面の敵を思い切り蹴飛ばした。
まず、わたしがラカの後ろにしがみつき、続いて〈セレスヴァティン〉を振り回していたアルナイルが自分の馬に飛び乗る。
「行くわよ!」
ラカの声でスモーキーが勢いよく駆け出した。
老騎士とすれ違いざまに目が合い、わたしは申し訳程度に声をかける。
「ごめんなさい!」
こんな騒ぎに巻き込んで、の意だ。
向こうは何も言わなかった。〈ルオノランド王国領〉の治安を乱す不届き者への厳しい視線を送るだけ。
でも、わたしたちを追おうとはしない。それで十分だろう。
わたしたちが町を出たところでもさらに待ち伏せが数人。馬上で輪っかを作ったロープをぶんぶん振り回しながら追いかけてくる。
「ネネ、しっかり掴まってて」
ラカが大きく振り返ったことで、わたしの上半身が宙ぶらりになった。ラカの腰から手を離したら、そのまま地面に投げ出される姿勢である。
おかげで後方がよく見えた。
ばんばん! 〈ディアネッド〉から放たれたライフル弾が、馬上の騎手のみを次々撃ち落としていく様を目撃できたのである。
騎手を失った馬が散り散りに逃げていく。
そうして追手が誰もいなくなったのを確認してから、わたしはラカの背中にぴったり身を寄せた。
「どうする?」
「どうもこうも、逃げるしかないわね」
「でも、逃げるったって……」
不特定多数のプレイヤーから隠れられる場所なんて、この世界にあるのだろうか。
絶望的な状況だけど、ラカの声は落ち込んでいなかった。
「大丈夫、アテがある。こんなこともあろうかと連絡しといたのよ。まだ返事は来てないけど、とにかく向こうまで行きましょ」
「『向こう』って?」
「ここからもっと北。〈ユルグムント〉よ」
ラカが言っているのは、国境を越えて〈ユルグムント公国領〉へ避難しようという提案だ。ついに〈ルオノランド王国領〉から外へ羽ばたくときが訪れたのだ。
でも、それを聞いたアルナイルが馬をすぐ横に並べてきた。
「待ってください。その前に東へ向かいませんか?」
ラカが面食らった様子で聞き返す。
「東って……魔王領のど真ん中に突っ込む気? そりゃ、追手は撒けるでしょうけど……」
「違います。用があるのは、中枢の手前に広がる荒野ですよ」
確か、〈ニュー・グラストン〉や〈サンフォード〉の東に町は何もないはず。その理由は魔王領中枢に近く、凶暴な魔獣がたびたび現れるからだけど――
アルナイルはわたしを見て、こう言った。
「そこにネネが会うべき者がいます。……イモータルを迎え入れるかはわかりませんが」
「誰? アルナイルのお友達?」
おかしなことを聞いてしまったのだろうか。アルナイルはふっと笑う。
「いいえ、あの『獣』は誰の友人でもありませんよ」
それを聞いて、ラカはアルナイルの話を理解できたらしい。
「……あんた、もしかして!?」
「ええ。霊獣アマルガルムです」
思いがけない名前だった。
霊獣アマルガルム、別名『魔狼』。
巨大な体、赤い体毛、険しい目つき、鋭い牙と爪が特徴的な狼である。
わたしたちセリアノは霊獣と契約を結ぶことで強大な力を得ることができる。それが祖霊であるならば、その部族特有のスキルを覚醒できるのだ。
ただ、出身にアマルガルム族を選ぶプレイヤーは珍しい。
それがなぜかと言えば――魔王領中枢の隣まで出向かなければならないというのが理由のひとつ。
後はラカがアルナイルに尋ねたことが全てだ。
「アマルガルム族は狩猟部族。獲物を追って集団移動するからなかなか会えないって話よ。闇雲に東に向かったって、そう運よく合流できるかしら」
アルナイルは自信満々だ。
「移動ルートなら知っています。しかも、この時期なら比較的近くに来ているはずです」
ラカが『どうする?』とわたしに無言で問う。
いつかは霊獣アマルガルムに会わなければならないのだ。それはもっとレベルが高くなってからだと思っていたけれど――
ううん、今こそ力が必要だ。
世界がわたしとラカの旅を邪魔しようとしている。
このままなら、六年前と同じではないか。どうしようもない状況で、ただ無力に打ちひしがれるだけのわたし。変わらなくちゃ。
だから、決然とふたりに答えるのだった。
「行こう。わたし、アマルガルムに会うよ」
〈第8話:さよならルオノランド 終〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます