[08-07] 落ちぶれたものですね

 問題が発生したのは、サルーンに向かおうとしたときだった。


《タレントスキル〈獣人の超感覚センス・オブ・セリアノ〉が発動しました》


 わたし、通りで情報収集しているらしいイモータルを目にして、咄嗟にラカとアルナイルを物陰に引っ張り込む。


 幸い、相手に気づかれる前に姿を隠すことができた。


「見て。わたしたちの話をしてる」


 と、真剣なのに、ラカはすごく感心した様子。


「うんうん、ネネも立派になったもんだ。とうとうどっかの誰かに命を狙われるプレイヤーになったのね」


「や、それで立派ってちょっとヤだな……それより、あの人、〈武以貴人会〉だよ」


 頭の上にクランネームをくっつけているイモータルが、町の住民に人相書きを見せて「覚えはないか」と尋ね回っているようだった。


 イモータル同士で顔を周知させるなら、スクリーンショットをコミュニティにぺたりで済む。


 だけど、この〈荒野の魔王領ウェイストランド・パンデモニウム〉内で情報を周知するには、セティさんのように〈絵画〉スキルを磨くしかない。


 そして、〈絵画〉マスターの人相書きはほぼ写真と変わらないのだった。


 洩れ聞こえる話をまとめると、わたしたちは『〈ニュー・グラストン〉での銀行強盗に関わった逃亡者』として捜索されているらしい。


 ハルナさん、あのまま華麗なる大捕り物で済ませてくれたらよかったのに、それで妥協せず、出し抜いたわたしたちを追うことにしたみたい。


 ラカが忌々しげに舌打ちをする。


「ホントしつこいヤツね。大手クラン特有の面子より『悪を断じる』っつーポリシーを優先するトコは尊敬できるけどさ……」


「むしろ、面子はラカに潰され慣れちゃってるんじゃないの? ずっとこんな感じだったんでしょ?」


「あ、それはそうかも」


 ある意味、ラカとハルナさんって仲いいよね。

 多分、わたしの知らないふたりの物語がこれまでにたくさんあったのだろう。


 あ、ちょっと〈武以貴人会〉に敵対心……ううん、ハルナさんだってわたしたちの物語は知らないんだから、お互い様だ。


 ともかく、こんな調子で無関係の人に聞いて回られては、まともに外を出歩けなくなってしまう。


「ねえ。これってハラスメントにならないの?」


 アバターの顔は、VRシミュレーターによってスキャンされた脳情報を元に初期設定されている。つまり、リアルの顔にほぼそっくりなワケで、VRサービスではストーカー行為に発展する事例が多数なのである。


 しかし、ラカは平然と答えるのだった。


「このケースだと難しいんじゃない? あたしら、明確に強盗側だったワケだし。後、リアルで被害が出ないと運営は動かないわよ」


「そっかあ……」


「有名人になるってのはそういうことよ」


 にっと笑うラカ。

 いやあ、そう割り切れる胆力を見習いたい。


 こうなることは予期していたし、後悔だってしていない。ただ、クラップス親子のことが永遠に暴かれないことを祈るだけである。


 アルナイルも冷静かつ淡々と呟く。まるで、こんな状況は今までいくらでもあった、とでも言うように。


「でしたら、取る行動はひとつですね」


 ラカが頷く。


「そうね。さっさと逃げましょ。野宿も致し方なしだわ」


 アクセスポイントでログアウトしないと、体がその場に残り続ける。まさに『死体のように眠る』状態で、その間に相手に捕まったらもう成す術はないし、荷物も全部奪われてしまう。


「そのときは、私があなたたちを守りますよ」


「頼れる~」


 おどけるラカに、アルナイルはふんと鼻を鳴らすのだった。


 わたしたちは馬を預けた厩舎に行き先変更。


 しかし、そこでも〈武以貴人会〉に属していないイモータルとルオノランド王国騎士団が待ち伏せをしていた。


 ラカが面倒そうに天を仰ぐ。


「ま、ここにいるとわかったら、まず厩舎を押さえるわな」


 スモーキーたちをここに置いていく選択肢もあるだろう。


 その場合でも厩舎の管理人はちゃんと馬を世話してくれる。ただし一定期間の経過で、馬の所有権が管理人に移ってしまうのだ。


 スモーキーはラカの愛馬だ。その選択肢は却下。


 徒歩で逃げたところで、追手に追いつかれる。

 別の馬を買うにしても、あの厩舎で取引しなければならない。では、どこか馬を盗むか、なんてありえない。馬泥棒はかなり重い罪に問われるからだ。


 わたしはラカとアルナイルに目配せをする。


「戦うしかないみたいだね」


 三人で頷き合い、待ち伏せの前に堂々と姿を晒す。


 待ち伏せの中にはアルナイルを知っていた老騎士の姿もあった。イモータルたちの騒ぎに半信半疑といった態度のようで、わたしたちにライフルを向けようとした部下たちを手で制す。


「失敬、御使い殿。貴殿の同行者について少々お尋ねしたく、こうしてお待ち申しておりました」


 アルナイルが一歩前に進み出て、小柄な体から威厳たっぷりの声を張り上げる。


「〈ニュー・グラストン〉での出来事ならば概ね事実です。しかし、私たちの行動は全て狡猾な強盗団を内から崩すための策略でした。あなた方、騎士団に銃を向けられるいわれはありません!」


 さすが年の功。老騎士は平然とアルナイルに答える。


「戦時ではないのですぞ、御使い殿。貴殿にとって理のある行いだろうと、法に照らし合わせればまごうことなき罪。いいや、貴殿が御使いというのもかたりではないのか!」


 アルナイルは毅然として老騎士を睨み返す。


「まず己を省みなさい、平和ボケの


 あ、これ、すごく怒ってる。わたしとラカ、息を呑んでアルナイルの横顔を見守る。


「強盗を壊滅させたのは〈ナユタ帝国〉のイモータルですよ。そして今、私たちを追う者も〈ナユタ帝国〉のイモータルです。この〈ルオノランド領〉で他国の者が好き勝手しているのを、あなた方は看過すると?」


 ひと呼吸を置いて、アルナイルが怒声を発する。


「〈帝国〉の使い走りに成り下がるとは、騎士団も落ちぶれたものですね!」


 この厳しい一喝に、老騎士とその部下たちがうっと呻いた。


 アルナイルが騎士団の不甲斐なさに腹を立てているのは確かだろうけれど、……わたしたちの無罪を主張せずに相手の致命的な隙を突くなんて、アルナイルったら口喧嘩が強い。


 わたしはこのタイミングでアルナイルの隣に並ぶ。


「周りを見たら? イモータルは法なんてお構いなしにやる気満々だよ」


 そう。イモータルたちはむしろ老騎士たちを邪魔そうに見ている。


〈魔王の遺産〉を手にしたアマルガルム族のネネ。それを大義名分のもとに討伐できるのだから、もうお祭り気分なのだ。


「お願いだから、イモータルじゃない人はどいて。こんなところで死にたくなんかないでしょ」


 場数で言えば、絶対、騎士団のほうが踏んでいるはず。


 だからわたしの恫喝で臆したワケではないのだろうけど、老騎士も事情聴取のために待ち伏せしていただけだ。部下たちには道を譲るように手で指示した。


 この判断に、アルナイルは深く一礼。それから神剣〈セレスヴァティン〉を抜き放った。使い手の戦意に呼応して、刀身に刻まれたルーン文字が淡く発光する。


「一気に片づけましょう。長引けば包囲されます」

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