[08-06] 方晶を探す理由

 ラカが腕を組んで柵に寄りかかる。


「で、ホントのトコはどうなの?」


 具体的に問われていないにもかかわらず、アルナイルははぐらかさずにすらすらと答えた。


「嘘は言っていません。彼は魔王討伐戦で功績を上げた騎士のひとりです。……おふたりとも、〈人魔大戦ジ・インカージョン〉についてはどの程度学んでいますか?」


 ラカがわたしに目を向け、


「そりゃまあ……義務教育程度?」


 と、同意を求めてきた。


 実際、わたしもプロローグ・ムービーで見た以上のことは詳しく知らない。


 魔王領中枢に封じ込められていた魔族と、その周りで暮らしていた人族の緩衝地帯。それが、わたしたちの今立っている『魔王領』だ。


 戦争以前、この『魔王領』という言葉が指す領域はもっと狭かった。魔族が人族側の土地を侵略し始めてから、空白地帯がぐっと広がったワケである。


 人族は土地を取り返すため、今までの諍いを忘れてみんなで協力し合った。そのおかげで生まれたのがライフリング式の銃。


 今までアルナイルに頼りきりだったところ、人族ひとりひとりが魔族に対抗する『力』を手に入れたことで大反撃できたのである。


 一方、魔族は領土を取り返されるにつれ、魔王領中枢の防衛に切り替えた。人族が敵の本拠地である魔王城を攻略したくても、なかなか防衛戦を突破できない状態が続いたという。


 アルナイルは悔しそうに当時のことを話してくれた。


「私単騎による突入を何度も試みましたが、クレアスタ様に与えられた力はあくまで人族の滅亡を防ぐもの。魔族を退けるには至らず――実に不甲斐ない話です」


「全然不甲斐なくなんかないよ! アルナイルが頑張ったから、人族は銃を発明するまで耐えられたんじゃないかな、きっと」


 戦争を実際に体験していないわたしの言葉は、アルナイルには気休めでしかなかっただろう。


 アルナイルは全人族の期待を背負って戦った。『最悪の結果を防いだ』ではなく、『最良の結果をもたらした』でないといけなかったのだ。


「皮肉なことに、膠着状態を動かしたのはでした」


 いけいけGOGOな時勢では圧倒的支持を得ていた魔王ビュレイスト。


 だけども劣勢に転じた途端、内部では『そもそも人族と敵対するのが間違いだったのでは?』と密かに論ずる者が現れた。


 これが『融和派』と呼ばれる派閥で、現在、人族社会に溶け込んで地位を築いている魔族たちである。


 その逆に、魔王に絶対の忠誠を誓っていたのが『魔王派』だ。

 人族同士でいがみあっていたように、魔族でも仲違いが起きたのである。


 ラカがわたしでも知っている名前をひとり挙げてくれた。


「ゴールディ・ゴルドバスが融和派のひとりよ」


「ああ……あの人かあ」


 ラカと対立している魔族のお金持ち。なんなら、〈ニュー・グラストン〉で強盗に狙われた銀行を経営しているのがそのゴルドバスだった。


 アルナイルは嘆息をつく。


「百歩譲って、魔族にも侵略を行う理由があったとしましょう。人族はそれを撃退するために戦っていた……ですが、末期はもっと別の次元での戦いに変わっていたのでしょうね」


 戦争の終結を見据えて、誰の物でもない荒れ果てた大地でいかにか。


「思惑はともかく、私たちは決戦に挑んだ。連合軍が魔王軍を引きつけつつ、融和派が指示した防衛線の穴から私が突入する作戦です」


 ここでアルナイルは一拍の間を置いた。本来の話題に戻るタイミングだった。


「ドイルズ・ギャバックは、その『穴』を確保する任務を受けた部隊の指揮官だったのです」


 アルナイルは魔王ビュレイストを討ち果たした後で、ドイルズさんがやったことを知った。


 錬金術師に作らせた毒ガスを、魔族の町で使ったのである。


 町には非戦闘員が多く残されていた。老若男女を問わず、毒ガスによって息も絶え絶えの地獄絵図と化したのだった。


「彼は任務を遂行したのみ。そして、これは興亡を賭けた戦争です。魔族とて虐殺を各地で働いていました。だから、私は彼を批判するつもりはありません」


 そう語るときのアルナイルは、いつもの無表情と違って、あえて仮面を被っているかのような固さがあった。


「しかし、私は彼からよからぬものを感じ取りました。魔族の融和派に似た――そう、野望を秘めた目をしていたのです」


 アルナイルは、魔王ビュレイストの力を封印した〈方晶〉の守り手を選ぶとき、ドイルズ・ギャバックの名前と顔を思い浮かべることはなかったという。


 それがなぜか、〈方晶〉を持って〈サンフォード〉に隠れ住んでいた。

 マリーちゃんが耳にしたところによれば、ドイルズさんは守り手からそれを奪い取ったそうだけど――


 アルナイルは笑顔を浮かべずにこう続けた。


「彼にひとつ感謝するとすれば、〈方晶〉を人目に晒すことなく隠し持っていたことです。まあ、他者に見せびらかしていたら、もっと早くに命を落としていたでしょうけどね」


 こんな話、アルナイルから聞けなかったら、多分ずっと明かされない真相である。


 わたしたちプレイヤーは単純にゲームを遊ぶだけではダメなのだ。世界に散らばったパズルのピースを丁寧に拾い上げないと、〈荒野の魔王領ウェイストランド・パンデモニウム〉という大きな絵は見えないままなのである。


 そろそろ、わたしたちはアルナイルに確かめなければならない。

 ラカが難しい顔でアルナイルに尋ねる。


「ヴェルヴィエットは魔王派よね。てことは、ネクロマンサーや生体甲冑も同じ派閥と仮定してさ。連中が〈方晶〉を全部、一か所に集めたら、魔王が力を取り戻して復活する――なんてことがあったり?」


 全部はもう無理だ。わたしは自分の胸に手を当てて主張する。


「そうだよ。ひとつはわたしに宿っちゃったワケじゃん? そしたら、魔王派の企みはもう無理ってことになるよね?」


 けれど、アルナイルはかぶりを振った。


「わたしが魔王の力を封じたのと同じことをすれば、あなたから取り返せます」


「あ、そっか。……ならどうして、ヴェルヴィエットはわたしを狙わないのかな」


 ヴェルヴィエットだけではない。〈デッドリバー〉でゾンビを働かせていたネクロマンサーも、わたしの力は見たはずである。


 アルナイルはものすごく悩ましげにわたしとラカを見比べた。どこまで秘密を話していいものかと考えているのだろう。やがて、ためらいがちに口を開く。


「〈方晶〉は魔王の力を封じた装置に過ぎません。それとは別に、魔王自身の封印があるのです」


「それとは別に? 封印?」


「魔王ビュレイストは肉体を滅ぼしても、その強大なマギカによって再び蘇る――ある意味、あなたたちイモータルに似ているかもしれませんね。ゆえに、私は魔王の魂を閉じ込める封印を施したのです」


「それじゃあ、〈方晶〉を探す理由って?」


 アルナイルがこくりと頷いた。


「蘇った魔王に力を捧げるか、もしくは――魔王のことのできる力を求めているのかもしれません」


 わたしに宿った〈螺旋の支配ドミネーション・オブ・ヘリックス〉はその役に立たないと見たのだ。


「……なら、魔王の封印を守るべきなんじゃない?」


「いえ。それは必要ありません」


 アルナイルはひどく思いつめた顔なのに、なぜか断定的だった。


「封印は解けないはずです。何者にも……」


 まるで自分に『大丈夫だ』と言い聞かせるような口調だった。

 魔王の封印ですら他人に話せない秘密だったのだろう。もう、これ以上を聞ける雰囲気ではない。


 ラカが柵から離れ、アルナイルの肩にぽんと手を乗せた。


「じゃ、あたしたちが先に封印破りの〈方晶〉を確保して、どっかに隠せばいいワケだ。でしょ?」


「え? ええ、まあ、そうなりますが、しかし、どれがそうかはわかりませんし――」


「今日は宿を取って、明日――や、数日後に旅を再開しましょ。もしかしたら、セティ経由でヴェルヴィエットの情報が入ってくるかもしんないしね」


 わたしもうんうんと頷く。

 旅を続けていれば、どこかで〈方晶〉の手がかりが掴めるかもしれない。行動あるのみ!


 笑顔のわたしたちに、アルナイルは力なく「申し訳ありません」と俯くのだった。

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