[08-04] パパは悪くない

 人族の守護女神クレアスタ。

 その手から放たれた光で大地を照らす姿が、教会のステンドクラスに描かれている。


 ゲーム始めたての頃に訪れた〈オーライル〉の教会でも似たような物を見たなあ。光を象徴する神様だからか、こういう光に透かして見上げる芸術で表現されるのかもしれない。


 設定上、この異世界〈ジ・アル〉には神様がたくさんいる。たまたま人族に優しいのがこのクレアスタであって、魔族に優しい神様もいれば、どちらも興味ない神様だっているのだ。


 クレアスタ教の教会では毎週、この大地における神々の御業をまとめた『聖書』から何かしらエピソードを抜粋して、神父様がありがた~いお話をしてくれるらしい。


 教会を訪れてすぐ、アルナイルは聴衆席の一番後ろに座って、〈セレスヴァティン〉を抱きかかえながら両手を組んでいた。


 わたしだったら、貢献したにもかかわらず説明もなしに力を取り上げるなんてひどい神様、と信仰心を失ってしまうところだ。……まあ、神様も見返りを求めるような人間を御使いには選ばないだろうけどさ。


 ステンドグラスを通して色のついた光を浴びて、見慣れたはずの横顔がはっとするくらい綺麗。


 わたしがアルナイルに目を奪われている横で、神父様は〈セレスヴァティン〉のほうを熱心に見つめていた。


「あれこそ神々の御業の証。火の神ウルカヌスがオリハルコンから鍛え、女神クレアスタがルーンを刻み、幾度となく人族を脅かす者を討滅したと伝えられている剣ですな」


 先ほどの騎士団のように偽物と疑われそうなものだけど、女神の御使いであるアルナイルの容姿も言い伝えられているのだろうか。神父様はアルナイルを本物と信じたようだ。


 教会に入ったときからハットを脱いでいたラカが、にっこりとほほ笑む。


「神父さん。ウェインズ・ハーバードがここの墓地に何か隠してたって話だけど、それが御使いにゆかりある物かもしれないの。何か知ってることはないかしら」


 神父様は困り顔で応える。


「騎士団にもお話しましたが、我々は何も存じ上げません」


「ウェインズは独り身の移住者だったワケでしょ? どうしてハーバード家の墓があるの?」


「ハーバード氏のご家族が〈人魔大戦ジ・インカージョン〉で亡くなられているとのことで、戦地ではその供養も叶わず、どうか形だけでもというご依頼でした」


「ふうん……それで空っぽの棺に〈方晶〉をねえ……。他に話は何か聞いた?」


「いえ、こちらから詮索することはありません。我々が存じ上げているのは、ハーバード氏はご家族とともに毎週当方へ足を運ばれるほど真面目な信徒、そのことのみでして」


 長いお祈りを済ませたアルナイルが聴衆席から立ち上がり、神父様にお辞儀をした。


「お待たせしました。それでは、ウェインズ・ハーバードのご息女に面会させてください。彼女は話せる状態でしょうか」


「ええ。騎士団の聴取に応じられるほどには――それでも深く傷ついた幼子です。ご使命のためとは言え、どうかご配慮のほどよろしくお願いいたします」


「もちろんです」


 わたしたちは教会の裏手に立つ、神父様の案内で修道女さんの寮を訪ねた。ここでウェインズさんの娘が保護されているそうだ。


 修道女さんの立ち会いが条件で面会が許可された。その部屋に通されると、女の子が机から振り返った。読書していたらしい。


《マリー・ハーバード》

《モータル:ヒュマニス》

《Lv:1》


 年頃は十歳くらいだけど、疲れた顔をしている。


 修道女さんたちが持ってきたのか、棚には本がいくつも収められていた。わたしの〈識字〉スキルでもタイトルがざっと読み取れるくらい、神話を子供向けにやさしく書いた物が多い。


 ただ、途中まで読んでは飽きたのか、机の上には本の山積みができていた。


 マリーちゃんは見知らぬ人間、それも銃を提げた旅人の入室に怯えた目を浮かべる。


 ラカは自分たちが危険人物ではないとどうにか示そうと、マリーちゃんの前に跪いて挨拶した。


「こんにちは、マリー・ハーバード。あたしは旅のイモータル、ラカよ。そっちの狼娘が相棒のネネ。剣を持ってるほうはアルナイルって言うの」


 その語調が全然いつもと違う柔らかいもので、アルナイルはラカを凝視するほどびっくり仰天。

 ロールプレイしていないラカの本来の口調がこれなので、わたしはノーリアクションである。


「大人に何度も聞かれてイヤな気持ちだろうけど、お願い。あたしたちにもマリーが見聞きしたことを話して。蒼い炎を操るドラウを追って、ここまで来たの」


 マリーちゃんはそっけなく答える。


「鎧のお化けとドラウが空から落ちてきて、イモータルさんたちと戦い始めた。パパはわたしとママに逃げろって言ったけど、すごい速さでお化けが追いかけてきて……捕まっちゃった。それから、ドラウはパパとママを殺した。……わたしの目の前で」


 その表情は虚ろだが、言葉はすらすらと出てきた。騎士団に何度も繰り返し話したことで、現実を呑み込んでしまったのかもしれない。


 ただ、マリーちゃんはモータルでありながら、話の順序がかなりあやふやだ。


 セティさんがまとめた目撃者情報によれば、ヴェルヴィエットはウェインズさんを尋問したが、埒が明かないため見せしめに奥さんを殺した――ということらしい。


 ウェインズさんが殺されたのは、少なくとも〈方晶〉が見つかった後だ。

 マリーちゃんはヴェルヴィエットの尋問をそばで聞いていたはずなのである。


 ラカが質問を変える。


「ドラウはマリーのパパから四角い水晶を奪い取ったって聞いたわ。パパからは水晶のこと何か教えてもらってた?」


「ううん。何も」


 マリーちゃんの表情が少し固くなった。わたしたちへの警戒心を強めた様子である。


 何か知っている。ラカはさらに説明する。


「その水晶は元々、アルナイルが人に上げた物だったんだって。マリーのパパがそれを持ってるのはどうしてだろうって知りたいらしくて――」


「パパは悪くないもん!」


 突然、マリーちゃんが怒鳴った。ずっとお腹に渦巻かせていた感情を爆発させたかのような変貌ぶりである。

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