[08-03] 真摯に示す
崩落の危険性を考慮しつつ、わたしたちは慎重に焼け跡へと入り込んだ。
『お屋敷』といっても、どーん、でーん、という感じの立派な建物ではない。
たとえば、以前訪れたルーイス・マクミハル伯爵の別荘のほうがもっと『お屋敷』だった。こちらはあくまで、町の中に建ち並ぶ家々のひとつなのである。
お屋敷の右半分が焼け落ちている、というのは先述のとおりだけど、それにしても綺麗に右側だけだ。左側は何事もなかったかのように形を保っていた。
アルナイルが崩れた壁をじっと見つめる。
「このような焼け跡を、〈
アルナイルが注視しているところをわたしも覗いてみると、壁にレーザーの切断跡が残っていた。火事はそこから広がっていったように推測できる。
手がかり探しについて、結果から言えば、ウェインズ・ハーバードが何者かという回答は得られなかった。
町の人たちが過去を一切知らなかったのだ。その過去の手がかりが家の中に残っているなんて、ちょっと考えにくい。
「イベントの進行上、絶対ヒントがあるはず……」
と、ぶつくさ呟きながらお屋敷を歩き回るラカを横目に、わたしは棚に残っていたある物を取り上げた。表面に付着した煤をぱぱっと払い、アルナイルへと持っていく。
「ねえ、アルナイル。この人がウェインズさんみたいだけど、知ってる顔?」
わたしが見つけたのはフォトフレームに収まった家族写真だ。モノクロではあるけれど、鮮明に映っている。
若い奥さんがイスに座り、その膝に幼い娘さんがちょこんと乗っていた。
奥さんのそばに立っている白髪交じりのほっそりとした男性がウェインズさんだろう。
アルナイルは「……いえ」と曖昧に答えた。
「どこかで見た記憶はあるのですが……いかんせん三十年も前のことなので……」
「そ、そうだよね……」
人間は時とともに変わる。
ルーイス・マクミハル伯爵みたいに病気で倒れる人もいれば、他の事情で〈方晶〉を手放す人もいるだろう。
ウェインズさんが後者の経緯で〈方晶〉を手に入れたのだとしたら――
なんてことはとても言えない。フォトフレームを棚に戻して、今抱いた疑問をそっと心の奥に押し込める。
手がかり探しを諦めたラカが、わたしたちのところに戻ってきてセティさんの調査ファイルをぱらぱらと捲った。
「ウェインズと妻は死亡。娘さんは生き残ってるそうよ。……無神経な気もするけど、話せるようなら当時の状況を聞いてみる?」
「聞きましょう」
そこで迷わずきっぱりと答えるあたりがアルナイルである。
「手がかりが彼女しかないのなら、聞くしかないでしょう? それに、いつ聞いても無神経ですよ。ならばいっそ、彼女に降りかかった理不尽をどうにかしようとしている者たちもいると真摯に示すべきです」
わたし、今、色々と納得してしまった。
〈
ラカは深く息を吸って、肩から力を抜く。
「……そうね。そうと決まったら、早速、娘さんに会いましょ」
それから、諦めたようにつけ加える。
「先に外の連中をどうにかしないと、だけど」
わたしたち、大きく頷いた。
お屋敷に入っていくわたしたちの姿を誰かが目撃したのだろう。
両手を見えやすい位置に高く上げて出ていったわたしたちに――
じゃきじゃきっ! ライフルの銃口が一斉に突きつけられる。
わたしたちを囲んでいたのは、古めかしい外套を羽織った一団、ルオノランド騎士団の方々だ。
隊長の騎士と思しき人がわたしたちをぎろりと睨む。
「お前たち、ここで何をしていた。火事場泥棒ではあるまいな?」
完全に不審者扱いだ。無理もない。
アルナイルが一歩前に進み出て、背中の大剣を彼らに見せる。
「私はかつて、女神クレアスタ様より魔王討伐の命を承った者、アルナイル・ブランドです。この神剣〈セレスヴァティン〉に覚えがありましょう」
大剣はほとんどベルトで落ちないように固定されているような状態だ。剣を抜かずとも、刀身に刻まれたルーン文字を見せることもできる。
ただ、残念なことにアルナイルの全盛期を知る人は三十年前の兵士で、この場にいる若い人たちはなんのこっちゃという顔だ。
これにはアルナイルも、
「……覚え、ありませんか?」
と、愕然としてしまう。
あわや大ピンチかと思われたが、隊長の横に控えていた老騎士が「おお……」と声を上げた。
「確かに戦場で見覚えがありますぞ。身の丈以上の大剣を振るう御使いの少女。老いることなく今も健在とは、いやはや……」
なんだかこのやり取り、古き良きジダイゲキみたい。この紋所が目に入らぬかあ。……そういえば、お付きの者もちょうどふたり。
わたしたちに騎士団も一斉にかしずき――ということにはならない。
立ち位置的に、老騎士は副長なのだろう。
隊長さんが疑り深くわたしたちと副長さんを見比べてから、真偽どちらでも構わないという態度で問い質す。
「そのようなお方がこんな辺鄙な町に何用か」
アルナイルは再び正面に向き直って堂々と答えた。
「この町が魔族に襲われたと聞いて訪れました。生き残ったというこの家の娘に事情を聞きたいのですが、どこへ行けば会えるでしょうか」
「それならば――」
隊長さんが指差した先は、丘の上の教会だった。
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