[08-02] どうしても知りたい
〈ルオノランド領:サンフォード〉はなだらかな丘陵に発展した町だ。
〈ニュー・グラストン〉と比べると、のどかな田舎町――というよりは別荘地みたいな趣のある優雅な町並みである。
丘の傾斜でお日様いっぱい浴びたブドウと、それから作られたワインがこの町の名産なのだとか。
季節イベントとして豊作祈願のお祭りと収穫感謝のお祭りが開かれるそうだけど、このゲームはまだサービス開始したばかり。その両方に参加したプレイヤーはまだいない。
他にも農作物が豊富で、それらとお酒を出荷することで経済も潤い、となれば土地の価値もぐんぐん上がっていくワケで、ここは地主たちが権力を持つ町となっている。
ヴェルヴィエットに殺されたウェインズ・ハーバードという人も、地主のひとりだった。
魔王領中枢に近い他の町同様、〈サンフォード〉は〈
ウェインズさんは最初期の移民だけど、経歴不詳。
どこからか資金を調達してきたり、狩猟銃の腕がいいことから、『貴族の隠し子なのではないか』だなんて噂されていた。
ずっと独り身だった彼は、他の地主の猛プッシュでかなり年下の奥さん――というかリアルなら犯罪ギリギリ――と結婚することになったそうな。
要はウェインズさんの資産目当てなのだけど、すぐに噂は噂とわかって、奥さんの家はがっかり。それでも結婚生活は幸せそうだった。
夫婦の間には娘さんがひとり。まだ十歳くらいの奥さん似で、夫婦は大層可愛がっていた――
だけど、彼らが暮らしていたお屋敷はヴェルヴィエットの襲撃によって綺麗に右半分、焼け崩れてしまっている。
ラカがセティさんから受け取った調査ファイルを捲る。
「……やっぱ、ヴェルヴィエットは〈遺産〉目当てでここを襲ったみたい。襲撃の前後は確かじゃないけれど、東に向かって飛んでった生体甲冑が目撃されてるわ。そいつは光る水晶を握ってた――これ、〈方晶〉よね」
調査ファイルはセティさんの同僚による成果だ。
そして、証言の多くはヴェルヴィエットたちと戦ったイモータルによるものである。
イモータルはほぼ瞬殺された後、幽霊となって戦闘を見守った。ただ、ヴェルヴィエットとウェインズさんの会話を聞くことまではできなかったらしい。
プレイヤーは『幽霊』と表現するけれど、この状態は死後の『蘇生待ち』もしくは『リスポーン・ポイントへの転送』のどちらかを選択できる180秒間の猶予でしかない。死体から離れて自由に動き回れるシステムではないのだ。
ウェインズさんの尋問中に生体甲冑がすぐ〈方晶〉を手にして戻ってきた場面を目にしても、まさかそれが〈魔王の遺産〉であるなどと知る由もなし。
ウェインズさんの命が狙われるほど価値のある財宝で、その場に居合わせた自分たちがそれを守り切れば報酬が得られる突発イベントだと思った、とイモータルは話したそうだ。
調査ファイルには、スクリーンショットを見たセティさんがわざわざ〈絵画〉スキルで模写してくれていた。ヴェルヴィエットの姿は前々からコミュニティで周知されていたけれど、生体甲冑は今回初めて目撃された形となる。
って、この生体甲冑の絵、古いUFO目撃写真みたいな味わいがあるなあ……。
話を聞いていたアルナイルが、思わず、といった様子でファイルを覗き込む。
「甲冑が飛んでいたとはどういうことです?」
「鎧にドラゴンの翼が生えてて、グライダーみたいに滑空してたんだって。たまに羽ばたいてもいたみたい」
手をすいーっと動かすラカに、アルナイルは唸る。
「にわかには信じられませんね。生物の一部を機械に移植して用いるとは……」
ラカは呆れ顔でファイルの紙面を手の甲でぽんぽんと叩く。
「ヴェルヴィエットもレーザーライフルを持ってたってさ。SFかっての」
レーザーライフルはリアルでも研究されているけれど、今のところ実用化が近いのはなんたら粒子を電磁誘導で撃ち出す方式――と、ニュースで見たような。
アルナイルは『SF』という言葉をしっかり『空想科学』と理解して返答する。
「魔獣の中には光線を放つ者もいます。竜翼で羽ばたく甲冑を作れるのなら、光線銃を作ることも不可能はないでしょう」
「だとしても、レーザーなんて世界観が台無しよ。まったく」
銃と魔法の世界にレーザーなんて今さらなような気もするけれど、光線がぴゅんぴゅん飛び交う戦いがなんか違うというのはわからなくもない。
それよりも、わたしが気になって気になって仕方なかった点は別のところにある。
「ヴェルヴィエット、ケガは治ってたの?」
「特に触れられてないってことは、ぴんぴんしてたんでしょうね」
「そっかあ……」
わたしがヴェルヴィエットに撃ち込んだ弾丸は二発。
一発は弾丸そのものではなく、初めて〈
もう一発はフェイントに織り交ぜて使ったなんの変哲もない通常弾。
いずれも重傷だったはずだけど、しぶとい敵である。装備までパワーアップして完全復活だ。
できれば二度と戦いたくない不気味な相手だっただけに、わたしは肩を落としてしまった。……また相まみえるまでに、もっと力をつけておかないと。
「ヴェルヴィエットはここで生体甲冑と別行動みたいだけど、〈WJN〉の聞き込みでも行方知らずよ。少なくともわかったことは、連中、魔王領中枢に〈方晶〉を持ち帰ってるってことね」
ここで『じゃあ、魔王領中枢に行こう!』と言いたいところだけど、残念ながらわたしどころかラカでさえもレベル不足のフィールドなのだという。
全盛期のアルナイルならともかく、今のアルナイルでも強行は辛いだろう。
しばらく目を閉じて考えていたアルナイルだったけど、控えめにわたしたちを見た。
「このウェインズ・ハーバードという者についてもう少し調べさせてもらえませんか? この者がなぜ〈方晶〉を持っていたのか、どうしても知りたいのです」
わたしとラカはもちろんと頷いた。
信じて委ねたはずの物が、どこの誰かもわからない人間の手に渡っていた。アルナイルからしてみれば、何者かが自分を裏切ったのかもしれないのだから不安になって当然である。
ラカが調査ファイルを手にしたまま、玄関の階段に足をかけた。
「なら、手始めにここを調べましょ。何か手がかりがあるかも」
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