第8話:さよなら、ルオノランド

[08-01] 勝ち逃げなんて

〈ルオノランド王国領〉東端の町、〈ニュー・グラストン〉。


 この世界での時間にして数日前、〈アルバトロス強盗団〉が町の銀行を襲うも罠にかかって全滅するという事件が起きた。


『いくつもの町で悪事を働き、騎士団、保安官、賞金稼ぎを出し抜いてきた男の呆気ない死。イモータルたちの包囲にかかり逃げ道を失う』


 これが世間に伝えられた全てだった。


 その立役者であるイモータルクラン、〈武以貴人会〉のリーダーであるハルナ・ジュフインは未だこの町に留まっていた。まだ何かやり残したことがあるかのように。


 レストランのテラス席で優雅に紅茶を嗜むハルナを、通行人たちが何度も振り返っていく。


 東国の絢爛な装い、令嬢然とした仕草、そして狐耳を持つ少女は、何かの間違いで人里に降り立った精霊か仙女のごとく目に映ったのである。


 ハルナが声をかければすぐ応えられる位置には、側近たちが直立不動で控えている。


 ハルナとしては適当に寛いでほしいのだが、〈武以貴人会〉は〈ナユタ帝国〉でも屈指の大手クラン。最古参のメンバーたちがそう振る舞うことで、クラン内の秩序が保たれているのである。


 要するに、ハルナは美少女で、しかもまだ十代半ば。


 よこしまな気持ちで接近する者を阻止している一方で、『姫プレイクラン』と評される所以ゆえんでもある。


 しかし、ハルナは実力を伴った高レベルプレイヤーだ。


 愛用のリボルバーは何枚も貼られた呪符で強化されている。これに霊力を注いで発射すれば、弾丸を起点にした稲妻攻撃で敵集団を掃討できるのである。


 そんな派手で爽快な攻撃を好むハルナにつけられた異名が、〈招雷公主レディ・サージ〉。

 彼女の正義道を阻む者はみな容赦なく足蹴にしてきた――はずだった。


 数日前までは。

 というか、たったひとりを除いて。

 それがいつの間にか、ふたりに増えていて。


 ハルナはティーカップをソーサーに置き、何度目になるかもわからない質問を側近に投げかける。


「まだ見つかりませんの?」


「はッ。申し訳ありません。手分けして追跡しているものの、あちらも痕跡を消す知恵に長けておりまして……」


「さすがラカさん、ですわね」


 そもそも、ラカ・ピエリスを信じた自分が悪いのだ。


 彼女は〈荒野の魔王領ウェイストランド・パンデモニウム〉のみならず、他のゲームでも常にハルナの一歩先を行く存在だった。


 FPSであれば、自分が固定メンバーで最高ランク帯に到達できたと思ったら、彼女は野良メンバーと試合をこなして最高ランク帯に到達。


 RPGであれば、サーバー有数のレアアイテムをゲットできたと思ったら、彼女も何食わぬ顔でそれを所持。


『どうなってますの、あのラカとかいうプレイヤーはっ!?』


 いつしか心に抱いていたのは、あの者を越えなければ頂点はありえないという競争心。自分より目立つ者に対する嫉妬や逆恨みでは、決してない。


 自由を好み、清濁併せ呑むプレイスタイルのラカ・ピエリス。

 対する、正義を掲げ、悪即断を貫くプレイスタイルの自分。


 初めから協力し合う仲ではないし、自分たちが築き上げた組織を褒められた程度で、何をうきうきしていたのだろう。まったく、浅はかな……。




 ――などと憂鬱なハルナとはまた別の方向で、側近たちはやきもきしていた。


 ゲームセンスに溢れた少女をリーダーとして仰ぐメンバーの楽しみは、実のところ半分くらいは、ハルナとラカのライバル関係を追うことにあった。


 主人が敵に打ち勝つのを応援するのと同時に、いつまでも追って追われての尊さが続いてほしいという葛藤。主人のあずかり知らぬところで妄想を語り合う者たちもいるほどだ。


 ところが、そこに現れたるはラカの相棒だというアマルガルム族のネネ。

 新たな登場人物に大盛り上がりを見せている〈武以貴人会〉であった――




 それはさておき。


 ハルナがこの〈ニュー・グラストン〉に留まっている理由は、何もラカに裏切られて心に傷を負ったからではない。


 ラカとネネ、それから現在同行中と噂の『御使い』は、なぜ〈アルバトロス強盗団〉に関わったのだろうか。肝心なことが明らかになっていないのである。


 この事件には何か裏がある。


 強盗が盗み出した金品は全て金庫に戻された。行員からも不足がないことを確認している。であれば、三人の目的は金品ではなかったということだ。


 スリルを求めて参加した?


 いや、ラカのスタンスを『清濁併せ呑む』と評したものの、好き好んで悪事を働く、という意味ではない。『必要であれば』の但し書きがつく。


 ならば、ネネとかいうどこの馬の骨とも知れぬ相棒が誘った?


 彼女がどんな人間かは全く知らないが、情報によれば実在を疑われていたレアアイテム――〈魔王の遺産〉を所持するプレイヤーだという話だ。


 その〈遺産〉の力を使ってやることが銀行強盗とは、あまりにもみみっちい。そんなのはラカの相棒として相応しくない。


 まさか、自分をからかいたくて首を突っ込んできたのではあるまいし――

 ハルナの私感が多分に含まれる分析だが、やはり目的は不明だ。


 ラカたちの行動は強盗の手助けに他ならない。


 が、強盗は正面から我らが〈武以貴人会〉の包囲を突破しようとして全滅。


 紛れ込んでいたネネだけが銀行の壁に大穴を開けて裏道へ逃亡。まるで強盗たちを囮にするかのような行動だ。


「いえ、確かひとりだけ包囲を逃れたとか言ってましたわね……」


 蚊帳の外だった保安官がその逃れた強盗と出くわして咄嗟に撃ち倒した、という報告があった。


 死体を確認したメンバーが強盗のひとりと同じ背格好だったと報告している。その後、死体は共同墓地に埋められたそうだ。


 ――この死体があらかじめ用意されていた罪人の物だと知る者は、もはや保安官とその協力者しか存在しない。


 また、〈アルバトロス強盗団〉を追跡していた〈ウェイストランドジャーナルネットワーク〉の記者、セティ・ニブにこの件についてそれとなく尋ねてみたが、彼女もまたラカたちの暗躍について何ひとつ察知できていなかった。


「〈貴人会〉さんがあのイモータルの用心棒を捕らえるでしょうし、後で取材を申し込もうと思っていたんですけどねえ~」


「……嫌味ですの?」


「わっ、とんでもない! 私のリサーチ不足でもありますし。でもまあ、ラカ・ピエリスさんも大胆ですよねえ。まさか相棒さんを強盗団に潜入させるなんて」


 ハルナは眉をひそめ、長身のセティ・ニブを見上げる。


「それなりに調べがついているではありませんこと?」


「ラカ・ピエリスさんに取材を申し込もうとしたら、あの用心棒が一緒にいましたからねえ。お顔を拝見したら、なんと! あの! アマルガルム族のネネさんじゃあありませんか!」


「ならば、どうしてあなたはまだここに? 〈魔王の遺産〉の継承者を追いかけようとは思いませんでしたの?」


「や、それが取材お断りみたいでして。追い払われてしまったんですよねえ」


「ラカさんたちはどちらへ向かわれました?」


 セティ・ニブは大げさなジェスチャーで『さっぱり』と表現する。


「まあ、そのうち目撃情報が出るんじゃないですかあ?」


 妙に他人事だ。よく見れば、彼女は旅行用のバッグを提げている。この町を離れるつもりらしい。


 ハルナの視線に気づいたセティ・ニブがにっこりとほほ笑んだ。


「別件の取材に向かうことになりまして。あ、何か記事になるような面白いことがありましたら、〈WJN〉に提供お願いします~」


 セティ・ニブは図々しくもハルナに記者名刺を押しつけ、〈ニュー・グラストン〉を去っていった。


 どうも何かがおかしい。

 図られはしたが、損はしていない。それがますます気に入らない。


「……わたくしたちをコケにした、あなた方が悪いのですわ」


 もはやこうして考えていても埒が明かない。ハルナはようやく決断を下し、側近を手招きした。


「コミュニティでラカさんたちの情報を募集しますわよ。懸賞金も出しますわ。此度の強盗にラカさんたちが関わっていて、官憲の手を逃れて逃亡中だと情報公開するのです」


「ええ!?」


 側近は目を丸くして、ハルナに問い返す。


「しかし、それでは……」


 〈武以貴人会〉が野良のイモータルを取り逃がしたことを全プレイヤーに恥を晒すこととなる。


 何を構うものか。ハルナにとってもこのクランにとっても重要なのは、『力を持つ者がいたずらに秩序を乱すことを許さない』という方針だ。力不足、策に陥る、敗北を恥じている場合ではない。いついかなるときも胸を張って貴人たれ。


「わたくしが撮ったスクリーンショットも証拠として添付しますわ」


 そう、ハルナ自身が対決したにもかかわらず、まんまとラカとネネに逃げられる屈辱的なシーンの写真を、だ。


 ハルナの覚悟に、側近も表情を引き締めて「今すぐ手配します」と答えた。


「このまま勝ち逃げなんて絶対に許しませんわよ……」


 ハルナ・ジュフインの眼差しにはめらめらと燃える闘志が宿っていた。




 ラカ・ピエリスとアマルガルム族のネネ、そして御使いアルナイル・ブランドが北の町〈サンフォード〉を訪れていると判明したのは、コミュニティにて情報公開したすぐ後のことだった。

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