[07-15] 一蓮托生
〈ニュー・グラストン〉から遠く離れた、谷の入口にて。
おぼろげだった人影へと近づくにつれ、わたしたちの到着を待っていたみんなの笑顔がはっきりと見えるようになってきた。
高い位置から見張りに立っていたアルナイルが身軽に飛び降り、わたしたちの元に歩み寄ってきた。息を荒げているスモーキーを優しく撫でて労わりもする。
「お疲れ様でした。よく戻りましたね」
「アルナイルが助けてくれたおかげだよ。ありがと」
「まったく、私ともあろう者がこのような企みの片棒を担ぐとは……」
嘆息をつくアルナイル。
まるでわたしたちに悪事を誘われたかのような言いぶりだけど、なんだかんだで協力してくれてよかった。この作戦、アルナイルがいなかったらもっと苦労していただろう。
それに、わたしたちがしたことは決して『正義』ではないけれど、完全な『悪』でもないはずだ。こうして親子が再会できたのだから。
残念ながら感動の瞬間は見逃してしまったらしいけれど、並び立つモーメットさんとステッドさん。その両者の目に浮かぶ涙を見れば、どんな様子だったかは想像できる。
ステッドさんが帽子を脱いで、馬上のわたしに頭を下げた。
「用心棒。あんたは命の恩人だ。名前を教えてもらえないか?」
「ネネ。アマルガルム族のネネだよ、ステッド・クラップスさん」
「へ、へへ……大した度胸だ。アルバトロス以上のイカサマ師だよ、あんたは。いや、勝負師と呼んだほうがいいな。俺はまた人を見抜けなかったワケだな」
握手を求められ、わたしは快く応じる。ついでに悪戯っぽく笑ってみせた。
「でも、かなり分が悪い勝負だったと思うよ? 二度はごめん。ステッドさんももう、無茶なギャンブルはダメだからね」
「ああ。自分の限界ってもんをちゃんと見極めないとな」
握手の後でハイタッチ。旧魔王領を渡り歩くギャンブラーという夢は諦めてもらう形になるけれど、地元のなんだかんだで負けない賭け事好きというポジションなら、もうこんな騒ぎに巻き込まれないだろう。多分。
モーメットさんも深々と頭を下げた。
「お前たちになんと礼をすればいいのか……」
ラカはさわやかに軽く手を振る。
「礼ならセティに払ってもらうから大丈夫。あたしらは仕事をしただけよ。それより、あんたらはどうするの?」
「隣町で牧場をやっている友人の世話になるつもりだ。ほとぼりが冷めるまで、そこでせがれを働かせる。……保安官は辞職だ。どんな事情があれ、法を曲げたんだからな」
何もかもがハッピーエンドとはいかない。
クラップス親子はそれぞれ代償を支払うことになる。
わたしたちも同じだ。今後、〈武以貴人会〉から敵視されるに違いない。
騒動の顛末について、ラカがセティさんに尋ねる。
「強盗はどうなった?」
「はい。アルバトロス強盗団は無事、〈武以貴人会〉によって壊滅しました。ただひとつ、禍根が残ってしまいまして……」
「あたしらでしょ?」
「はい。みなさんの追跡がすでに計画されているそうです」
わたしが項垂れると、気持ちに呼応して狼耳もしゅんと垂れ下がった。
「ごめんね、ラカ。最後の最後に失敗しちゃって……」
「いーのよ。そもそも連中、あたしとは元々敵対してたんだから、それを言うならあたしがネネを巻き込んだ形よね。ふふ」
「え、なんで嬉しそうなの?」
「一蓮托生ってこと」
それはそうだけど、面倒な敵を作ってしまったことはやっぱり心残りだ。
セティさんはずっと抱えていた革の書類ケースをラカに手渡す。
「こちら、〈サンフォード〉襲撃についてできるだけ集めた情報です。仕事をやり遂げてくれたボーナスとして、攪乱もしておきますよ」
「頼んだわ」
アルナイルが自分の馬に跨ってわたしたちに並ぶ。少しでも距離を稼いでおかないと、ログアウトしているうちに追いつかれてしまうだろう。明日は絶対、学校の授業に集中できない。
ラカがスモーキーの馬首を北へと向けさせる。少ししか休ませてあげられなくて申し訳ないが、スモーキーにはもうひと頑張りしてもらうしかない。
別れ際、わたしはセティさんと手を振り合った。
「またね、セティさん! 次の『旅メシ』も楽しみにしてるから!」
「ええ。またどこかで会いましょうね、私の読者さん」
こうして、わたしたちは〈ニュー・グラストン〉を慌ただしく旅立つのであった。
セティさんもクラップス親子も見えなくなったあたりで、突然、ラカが大笑いする。
「やー、お見事だったわ、ネネ。連中、すっかり騙されちゃって……よくよく考えてみたら、あたしとネネがお互いに潜入してたってことはバレたけど、ネネがあたしとも渡り合える凄腕ガンスリンガーだって誤解は解けてないままなのよね」
そういえば、そうだ。わたしはおかしくなるよりもむしろ怖くなってしまう。
「ひええ、全然大したことないのに……」
「『全然』ってこたないわよ。あんだけの大立ち回りをしてみせたんだから、大したことはあるって」
「ラカこそ、周りの人に信じさせる名演技だったじゃん。そのおかげだよ」
わたしたちが言い合っていると、アルナイルが馬を並べた。
「聞いてください、ネネ。あなたがいない間、全然落ち着きがなかったのですよ、このエルフは。四六時中ノームで監視しようとするから、私が止めたのです。まったく、〈武以貴人会〉とやらに気づかれてしまうところでした」
そんな愉快な暴露をしてくれたアルナイルに、ラカも負けじと邪悪な笑みを浮かべる。
「あ、そんなこと言うんだ? あんたの犬耳ヘアバンド写真集、後でネネに見せちゃうからね」
「そ、そんな物、いつ撮ったのですか!?」
「すっごい似合ってたわよ、犬耳御使い様」
「ぐっ、ぬうぅ……」
わたしたちとの一戦で敗北を喫したときだってここまで悔しげな顔はしていなかったのではなかろうか。
ああ……と、しみじみ感じ入る。
たった数日の別行動だったけど、やっぱりここが心地いいなあ。
わたしはラカの背中におでこをくっつけて、ふたりの暴露合戦にくすくす笑うのだった。
〈第7話:ニュー・グラストン銀行三つ巴 終〉
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