[07-14] 自分の足で立って

 よく聞く『達人同士の戦いは一瞬で勝負がつく』という話。

 あれはこのゲームにおいては当てはまらないらしい。


 攻撃スキルと、それに対する防御スキル。どちらかがミスするか、あるいは意表を突くか、打つ手がなくなりでもしない限りは延々と銃弾の交錯が続くのだ。


 わたしは達人ではないけれど、戦いが打ち合わせどおりに進むことで『達人同士の戦い』風に演じることはできていた。


 ラカは短期決戦用の異種二挺持ちを防がれ、勝負を急いだかのように次の手を打つ。


「ノーム!」


 風の精霊と来て、次は土の精霊だ。あの可愛らしい姿を見せることなく、地面を捲り上げては宙に土のトゲを作り出す。


 矢のごとく飛来するトゲを、わたしは〈L&T75〉で撃ち落としていく。

 それが失敗。トゲはあっさりと粉々に砕け、わたしの視界を覆い尽くすほどの土煙と化した。


「かかったわね! もいっちょシルフ!」


 今度はわたしを包み込む風のドームが発生し、土煙が外へ拡散しないように閉じ込める。


 スカーフで口元を保護している本当の理由はこれだ。息苦しさからSPスタミナの回復が遅くはなるものの、窒息には至らない。


 目は保護できないので、閉じるしかないが――


《タレントスキル〈獣人の超感覚センス・オブ・セリアノ〉が発動しました》


 容赦なく風のドーム内に銃弾を撃ち込んでくるラカ。その一発目があらぬ方向を通り過ぎていく音を聞き、わたしは回避行動を取る。


 ショーはいよいよクライマックス。


 手に持つ銃を〈L&T75〉から〈クェルドス・スペシャル〉に持ち替える。

 狙うは頭上。……というか、人に当たらなければどこでもいい。


《レリックスキル〈螺旋の支配ドミネーション・オブ・ヘリックス〉が発動しました》


 44口径の弾丸を思いっきりスピン。理外の力が物理法則を捻じ曲げ、風のドームを乱暴に突き破った。


 イメージとしては風船の破裂だろうか。制御を失った突風が吹き荒れ、土煙が一気に膨らむ。わたしとラカだけでなく、〈武以貴人会〉やハルナさんまで呑み込もうとした。


「ぶえっぶ!? こちらも風で押し返しなさい!」


 ハルナさんの悲鳴が聞こえた。あの綺麗な髪や着物が土まみれになってしまったのは、うん、少し悪いなと思ってます。


 一方、アルバトロスはこのチャンスを見逃さなかった。


「今だ! 突っ込んで振り切るぞ!」


 銀行から強盗たちが声を上げて飛び出す。金品を詰めた麻袋を盾に、〈武以貴人会〉の包囲網を一点突破する腹積もりのようだ。


 逆に銀行へと引き返したわたしは、すれ違いざまにアルバトロスへ声をかける。


「解錠師を護衛するよ」


「おう!」


 アルバトロスも意気揚々と土煙へと姿を消した。間もなく、銃声と絶叫が轟く大乱戦が始まる。


 そちらはもうどうだっていい。わたしは金庫室へと飛び込む。言いつけどおり、ステッドさんは金庫の前で座り込んでいた。


「さあ、行こう」


「待ってくれ、用心棒」


 ステッドさんはそう言って立ち上がろうとしない。


「あんただけ逃げてくれ。俺はここで死ぬ運命だったんだ」


「運命?」


「〈ニュー・グラストン〉は俺の故郷なんだ。しかも、親父は保安官をやっている。そんなところで強盗をやらかしたんだ。縛り首になるのがこれ以上ない罪滅ぼしだろう?」


 どのタイミングでそれを考え始めたのだろう。

 次の狙いが故郷とわかったとき? 故郷の空気を吸ったとき? ううん、それだったらもっと早くに強盗団から逃げ出し、自首していたはずだ。


 この人は多分、銀行に閉じ込められてからそのことを考え始めたのだ。

 わたし、ちょっとむかっとなってステッドさんの胸倉をぐいっと掴み上げた。


「わたしはあなたのお父さんから依頼を受けてるの」


「親父が? どうして……」


「モーメットさんはもう全部知ってるよ。その上で、強盗団からどうにか脱出させるようわたしたちに頼み込んできたの。っていうか、そのお父さんに縛り首を頼む気? それが罪滅ぼしになると思ってるの、放蕩息子!」


 最後のほうは自分でも思い当たらないくらい凄んでしまった。

 場の雰囲気というか、ラカの演技をインストールしたというか――


 ううん、そうじゃない。この人のどこかにわたしと同じものを見てしまったからだ。すべきことをしない、できることを諦める、そんな共通点を。


「ほら、早く自分の足で立って、わたしについてきて」


「あ、ああ……」


 金庫室から出たわたしは、一旦、表の様子を探る。


 煙幕は収まりつつある。こう言ってはなんだが、強盗たちが無事に逃げられるとはこれっぽっちも思っていない。


 、囮に使わせてもらった。

 ステッドさんを手招きし、事前に図面で確認していた場所――行員の休憩室へと飛び込む。


 壁をぺたぺたと触り始めたわたしに、ステッドさんは声をかけた。


「どうするつもりだ」


「危ないから、廊下に隠れてて」


 わたしは〈クェルドス・スペシャル〉のシリンダーに新しい弾薬を一発だけ装填。普段使いには全く向かない高価な弾薬、『炸裂弾』である。


 それを壁に向けて発射――するだけではただ抉るだけなので、


《レリックスキル〈螺旋の支配ドミネーション・オブ・ヘリックス〉が発動しました》


 ここぞとばかりに魔王の力を大奮発。


 加速した弾丸が壁に激突し、深く突き刺さる。その上で弾頭に封入されていた爆薬が点火。轟音とともに爆風が起こり、咄嗟にテーブルの下に潜り込んだわたしの尻尾の先っぽを焦がす。


「わ、ちちっ」


 リアルには存在しない器官なのに、わたしの腰に軽い刺激が走った。自慢の赤毛に火がついていないかを確かめてから壁がどうなったかを確かめる。


 よし、大成功。外に通じる大きな穴がぽっかり開いていた。

 ポーチに突っ込んでおいた目出し帽をばさっと広げ、ステッドさんに投げ渡す。


「それで顔を隠して!」


「お、おう!」


 覆面の上にハットを被り直したステッドさんを連れ、わたしは穴を跨いだ。位置としては正面の正反対になる。騒ぎも少し遠い。


 ところが、と言うべきか当然と言うべきか、〈武以貴人会〉はこんなところにも人を待機させていた。裏道に逃げてきた強盗を捕まえるためだろう。


 わたしが起こした爆発に、


「ダイナマイトを使ったのか!」


 と叫ぶ。……うん、そういうことにしておこう。


 敵はふたり。わたしの手には〈クェルドス・スペシャル〉。


 残り四発の弾薬を順番に叩き込めばいいのだが、相手だって戦闘に慣れたガンスリンガーだ。どちらか片方を撃てば、もう片方から攻撃を受けることになる。


 その時、


「がっ!?」


 どこからともなく小石が飛来し、片方の側頭部に命中した。頭蓋骨にのめり込むほどの威力を持つ投擲でひとりがダウン。


 わたしはもうひとりに銃を向け、バン! 撃たせる前に倒す。


 投石した助っ人は道の奥に佇んでいた。大剣を背負い、フードで顔を隠した女の子――アルナイルだ。わたしたちに手招きをしている。


 そちらへ向かおうとした矢先、怒声が裏道に響き渡った。


「お待ちなさい!」


 声の主はハルナ・ジュフインさん。指揮を執っていた場所から下りてきて、ひとりだ。その手にはリボルバーを握り締めている。


「イモータルでありながら世を乱す不届き者! この〈招雷公主レディ・サージ〉、ハルナ・ジュフインが天に代わって成敗いたしますわ!」


 大手クランのリーダーにして、自称ラカのライバル。当人の実力も相応のものだろう。


 背を向ければ、やられる。予定ではステッドさんと一緒に脱出するはずだったけれど、そううまくはいかないものだ。


 わたしはハルナさんと対峙したまま、ステッドさんに「行って」と囁いた。


 ステッドさんはアルナイルがわたしの仲間だと理解し、「すまない!」と駆け出す。用意しておいた馬に跨り、アルナイルとともに町の外へと逃げていった。


 ハルナさんが所持しているリボルバーは奇妙だった。銃身が包帯でぐるぐる巻きになっている。そこには何が文字が書かれていて――違う、包帯じゃない!


 刹那、ラカの警告が脳裏をよぎる。


『あいつのスキル構成は『符術師ルーンマスター』。エンチャントした銃を使うキャスターガンナーよ』


 ハルナさんがトリガーを引くと、銃に特殊効果を付与する『呪符』が発光した。お札に記された〈ナユタ帝国〉の文字が発光しているのである。


 ばちっ。銃声とは別に、そんな音を聞いた。


 正体はすぐにわかった。銃口から飛び出してきた弾丸が電気を帯びて、スピンするたび大気中に稲妻を迸らせるのである。


 仮に紙一重で避けたとしても、その稲妻に撃たれて感電するだろう。

 わたしに取れる防御手段はひとつしかない。


《レリックスキル〈螺旋の支配ドミネーション・オブ・ヘリックス〉が発動しました》


 最大限に加速させた弾丸を相手の弾丸にぶち当てる!


 あわよくばそのままハルナさんを貫いて――と思ったが、そこで予想外の出来事が起きた。


 なんと、強力なエネルギー同士が衝突したことで、巨大なプラズマ球が発生したのだ。


 銀行裏の通りに放置されていた木箱や樽が爆ぜ、建物の壁を電流の波が伝っていく。


 わたしの髪や尻尾もぶわわっと広がった。静電気のせいだ。VRシミュレーターがこの感覚をリアルに変換した結果、全身がむずがゆさに襲われる。


 ハルナさんにも同じ現象が発生していた。名誉のために詳しく話さないけれど、縦ロールの金髪がすごいことになっている。ハルナさん自身もお嬢様がしてはいけない顔でじたばたしていた。


「この力……一体何を……って、ああっ!?」


 ハルナさんが目を丸くしてわたしを指差した。


「あ、あなた、アマルガルム族のネネ!?」


「え、どうして……あっ!?」


 プラズマ球の衝撃波に吹っ飛ばされ、フードはばっさり脱げていた。わたしの顔を隠すのは口元のスカーフだけで、狼耳をぴょこんと露出してしまっている。身元特定不可避。


「ね、ネネって誰のことカナー? わたしは名無しのイモータル、ナナだよー」


「下手な演技はお止めなさい! あなたの名前もレベルも全部見えていますわよ!?」


 そこで、ハルナさんがはっと気づいてしまった。


「ラカさんの相棒であるあなたが強盗の味方をしているということは――」


 わたしの後方で、かかっ、と馬の蹄が鳴った。


 ラカがスモーキーに跨って回り込んできたのである。もしかしたらアルナイルから状況を聞いて助けに来てくれたのかもしれない。


 馬上のラカは〈ディアネッド〉を構え、珍しく無言のまま発砲した。


 ライフル弾はわたしの頭上を通り過ぎ、ハルナさんの頭――の横も通り過ぎて、その背後に立っていた人物の胸を貫いた。ちょうど心臓の位置だ。


 倒れたのはアルバトロスである。


 手下に正面突破させておきながら、自分は裏道に逃げてきたのか。ところがそこでわたしとハルナさんが対決していた。で、わちゃわちゃ言い合っている隙にハルナさんを襲おうとしたらしい。


 ラカは〈ディアネッド〉の銃口をすっと上げ、硝煙をくゆらせる。


「ハルナ! そいつらの賞金も手柄も全部あんたらのもんよ! この話にあたしらは関わってないっつーことで、悪く思わないでね!」


「お、お待ちなさ、いっ!?」


 ハルナさんが転倒しかける。足を土の手が掴んでいたのだ。ノームによる行動阻害である。


 その隙にわたしはラカの元へと猛ダッシュ。

 スモーキーは賢い子だ。わたしがお尻に飛び乗ると、ラカの指示よりも素早く走り出した。


 ハルナさんが呪符のリボルバーを構えようとするが、すでにわたしたちは射程外。代わりに力いっぱいの叫び声を上げる。


「この屈辱! 絶対! 絶対! 許しませんわよーっ!」

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