[07-13] 『アレ』って覚えてる?

「無理無理無理!」


 ラカのとんでもない提案に、わたしは慌てふためいてしまう。


 わたしとラカが他人のフリをして決闘? ありえない!

 リアルでだってケンカしたことないし、その上、プレイヤーとしてイモータルとしてもレベルがあまりにかけ離れてる!


 廃屋の古いテーブルに乗ったノームはふるふると頭を振った。


《無理なんかじゃない。ネネ、レベルいくつよ》


「30になりました……」


《したらもう、一人前のイモータルって言っていいレベルよ》


《そうですよ》


 割り込んできたこの声、アルナイルだ。本当に外出するときはフードを深く被って、しかもラカがどこからか持ってきた狼耳のヘアバンドを着けて過ごしているらしい。……すごく見たい。


《私と戦って生き延びているのですから、もっと自信を持ったらどうです? むしろ、持ってもらわないと私の沽券に関わります》


「でも、後のことを考えるとわたしが勝たないといけないんだよね? ラカがわたしのレベルに合わせてたら、さすがに周りの人が気づくと思うな」


《だから、全員を騙すやり方を考えてきたわ》


 ラカの声は自信に満ち溢れている。よっぽどの名案を閃いたのだろう。期待するわたしにラカが告げたのは――


《ネネ、『アレ』って覚えてる?》




 大勢のギャラリーが見守る中、対峙するわたしとラカ。


 建物の屋上から指揮を執っていたハルナさん――この時、初めてお顔を拝見した――が、身を乗り出すようにしてラカを非難する。


「ちょっと、ラカさん!? 勝手はしないとの約束でしたわよね!?」


 だけど、ラカはわたしから視線を外さない。まるでよそ見をしたらやられるとでもいう風に。


「あたしがやらなきゃ、多分、強行突破されるわよ」


 いつも飄々としているラカが、ものすごく真剣な声色で警告した。

 ハルナさんだってラカのことはそれなりに知っているワケで、


「……いいでしょう。要するに、そのイモータルさえ倒してしまえばわたくしたちの勝利は確実となりますのね?」


 わたしたちの戦いを文字どおり高みの見物と決め込むことにしたようだ。

 よし、大博打その一が成功。


 ラカがにやりとする。何も知らない人が見たら、強敵を前にしてなお余裕の表情。わたしから見たら、うまくいったぜの表情。


「あたしはラカ・ピエリス。人呼んで〈白翼轟砲エンジェル・アームズ〉。名前くらいは聞いたことあるでしょ? あんたの名は?」


「…………」


「答える気なし、か。まあ、いいわ」


 ラカが肩に担いだ〈ディアネッド〉のグリップを、指でとんとんと叩く。


「抜きなよ、強盗。楽しいデュエルにしようじゃない」


 わたしはこくりと頷き、呼吸を整える――


「……ふっ!」


 ホルスターから〈L&T75〉を解き放つ。同時にラカも〈ディアネッド〉を構える。


 ふたつの銃声が重なり、ふたつの弾丸がふたりの間で衝突。

 滅多に起きないミラクルにギャラリーがどよめく。


 こちらのシリンダーには六発の弾薬。向こうのチューブマガジンには十発の弾薬。


 単純に撃ち合えばわたしの不利。だけど、アルナイルと鍛錬したときもそうだが、リロード速度はこちらのほうが上。狙うならカウンターだろうか。


 銀行前の狭いスペースを左右に動き、ラカの銃撃をぎりぎりで躱す。ステップ、ステップ、ターン、ステップ。


 かちん! 〈ディアネッド〉が弾切れを起こした。


 よし、チャンス――かと思いきや、ラカが左手をフリーにして、腰から〈ケルニス・アローヘッド・カスタム〉を掴み取った。


「イオシュネ!」


 狩人を守護する上位精霊イオシュネにライフルのサポートを任せる、ラカお得意の異種二挺持ち。


 わたしは焦らず回避を優先しながら、〈L&T75〉のシリンダーを開放。飛び出た空薬莢を掴み、


《スキル〈投擲 レベル18〉が発動しました》


 手元から素早く弾く。これだって立派な凶器だ。ラカは予想していなかったのか「いっ!?」と声を上げた。


「シルフ!」


 風の精霊シルフがラカの周りで突風を起こし、空薬莢を弾く。ある程度の投擲物を防ぐことができる優れモノだ。


 お互い、攻撃の手を失って一瞬でリロードを済ませる。タイミングぴったり。


 ラカの実力を知っている人ほど、意外な展開だっただろう。


 紙人形の式紙で流れ弾を防ぐバリケードを築いた〈武以貴人会〉のメンバーたちは言葉を失っている。側近に守ってもらっているハルナさんも愕然と呻いた。


「ラカさんと同等の力量を持つ……強盗!? そのようなイモータルが〈ルオノランド〉にいたなんて!」


 当のラカは戦いを楽しむように獰猛な笑みを浮かべている。

 わたしはと言うと、のに必死だった。




「『アレ』?」


《ほら、創作ダンスの授業でやったヤツ》


「あー……『アレ』ね。うん、なんとなく覚えてる」


《あのリズムで動きを合わせましょ。誰がどう見ても全力で戦ってるように見えて、実は八百長。決まった場所に決まった方法で撃ち合うの》


 さっきから言っている『アレ』とは、先生からイソギンチャクみたいな個性的で可愛らしい振りつけですねと褒められた、わたしとラカ考案のダンスだ。いや、本当に褒められていたのかは今思うと怪しいものだけど。


 横からアルナイルが困惑気味に尋ねてきた。


《ダンス、ですか?》


《説明するより見てもらったほうが早いかも。さ、やるわよ、ネネ》


「今から!?」


《時間ないでしょ。一、二の、三で、たたっ、たたっ》


 ラカが歌い始めたので、わたしは慌てて過去の記憶を引っ張り出す。


 小さなノームが両手やお尻をふりふり揺らす。向こうでラカが踊っているのを想像すると、ちょっと笑ってしまいそうになるけど――


 あれ、こんな振りつけだった? この振りつけを考えたのってどっちだった? と言い合いながら練習するのは楽しかった。


 わたしたちのダンスを見終えたとき、アルナイルは思わずこう叫んだという。


《な、なんと奇怪な……ローパーを表現しているのですか!? なぜローパー!?》


 後で調べてみたら、『ローパー』とはやっぱりイソギンチャクみたいなモンスターだった。わたしとラカのダンスセンスって……。

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