[07-12] 決闘しようって?

 銀行強盗当日――


 隠れ家のサルーンで、景気づけにウイスキーを飲んでいるアルバトロスやその仲間たち。解錠師のステッドさんは少し離れたところで静かに座っている。


 わたしは目を閉じ、指先でテーブルをリズミカルに叩く。たたっ。たたっ。


 そうして時刻が16時を回った頃だっただろうか。


「ボス!」


 町の見張りに出ていた強盗が息を荒げて戻ってきた。ここまで走ってきたのだろう。この人の見立て次第で、決行するか断念するかが決まる。


 仲間からもらったウイスキーで喉を潤わせた強盗が、にっと笑う。


「保安官が見回りに出かけました。銀行の周りも静かなもんで、後は警備員だけです」


 ハルナさん率いる〈武以貴人会〉がうまく隠れていることを強盗側で知る。


 人海戦術で立ち替わり入れ替わりに強盗を観察するため、ひとりとして同じ顔が目撃されていないのだ。


 拠点と化している高級ホテルでも、外から見えるところには服装ばらばらのメンバーを待機させ、集団であることを悟らせていない。


 ハルナさんの年齢が外見と一致してわたしたちぐらいであるなら――確かにすごい統率力。


 とはいえ、アルバトロスだってたくさんの銀行を襲ってきたベテランだ。


「行くぞ、お前ら」


 わたしたちは隠れ家を出て、ばらばらの道筋を辿り〈ニュー・グラストン〉の中心へと向かう。


 ぞろぞろと大通りを歩こうものなら、『これから事件を起こします』と言い触らすのと同じだ。イベント大好きイモータルが間違いなく干渉してくる。


 わたしはステッドさんの後方をついていく。


〈疾走〉すればいつでもカバーに入れる距離。何があっても絶対に彼の命を守らなければならない。緊張でリアルのわたしの手に汗が滲む。


 各々が銀行の前に集合し、アルバトロスの頷きによって一気に突入。

 わたしも後を追って駆け込んだ。


「全員動くな!」


 強盗たちがそれぞれの得物を行員、警備員、そして利用客に向ける。

 が、しかし。


「な、なんだあ……!?」


 アルバトロスが舌打ちをして、微動だにしない警備員を蹴り飛ばす。

 その体は呆気なく膝をついて崩れ落ちた、どころか――ぐしゃっと粉々に砕けた。


 人間ではない。砂でできた人形だ。

 銀行内の全員が人間とすり替えられた人形だったのである。


 つまり、取るべき人質が誰もいない。出鼻を挫かれたアルバトロスが忌々しげに呻いた。


「図られたな……」



 わたしはこうなることを知っていた。前日、ラカから〈武以貴人会〉の計画を聞いていたからだ。


《当日、銀行内の人間は全員避難させるわ。精霊で人形を作って、さもいるように見せかけるの。強盗どもを大きな檻に閉じ込める作戦よ》



 外に引き返そうとした強盗の腕をアルバトロスが掴んで止める。


「出たら死ぬぞ」


 そのとおり。それは外から聞こえてきた女の子の大声が証明した。まるでメガホンを使っているかのようなエフェクトで、わたしの敏感な狼耳がびりびりする。


「アルバトロス! 並びにその一味! あなた方はこの〈武以貴人会〉が包囲させていただきました! 大人しく投降なさい! さすれば過ちを悔いる猶予くらいは与えて差し上げますわよ!」


 アルバトロスが外に向かって叫び返す。


「どっちみち殺すつもりじゃねえか! 俺は生きるぞ!」


「愚かな……」


 ハルナさんが急に黙った。アルバトロスははっとなって、銀行の奥へと駆け出す。


「伏せろ! 来るぞ!」


 他に反応できたのはわたしだけだ。テーブルを蹴って壁にし、ステッドさんを押し倒す。


 直後、窓という窓から一斉に銃弾が飛び込んでくる。


 おまけとばかりに投げ込まれた手榴弾を、わたしは咄嗟に拾い上げて投げ返した。正義執行のためならお構いなしだね!?


 他の強盗たちもテーブルやらソファやらの陰に潜り込み、銃撃の第一波をどうにか凌いでいる。アルバトロスは床を這って会計役の元に辿り着いていた。


 わたしは頭を抱えているステッドさんの元に戻って、その肩を強く揺らす。


「大丈夫? ケガはない?」


「あ、ああ……」


 一時は混乱状態に陥った強盗団だったが、さすがと言うべきか、アルバトロスが次々指示を出していく。


 この場に残って反撃する者、どこかに裏口か窓がないか探す者、あり合わせの材料から火炎瓶をクラフトする者――


 最後にアルバトロスがわたしたちを見た。


「解錠師は金庫室に行け!」


 顔を青ざめさせたステッドさんが叫び返す。


「こんな状況で!?」


「金は入っているはずだ! ただ死にかけて、逃げるものか!」


 わたしもアルバトロスのがめつさに驚きはしたものの、ちょっと待てよ、こんなところにいるよりは金庫室に連れていったほうが安全ではないかと思い直す。


「行こう、解錠師さん」


「くそッ……!」


 四つん這いで奥の部屋を目指すステッドさん。

 その背中を守るべく、丸テーブルの縁をごろごろ転がしながらわたしもくっついていく。


 漠然と、金庫室は厳重なセキュリティで守られているものと思い込んでいたけれど、とっくにドアが開いていた。強盗のひとりがドアノブをショットガンで吹き飛ばしたのである。


 中はさらに鉄の檻で囲われていたが、この錠前もドラウの強盗がマギカで焼き切っていた。ただし、お金が入っている金庫に対してはそれができない。


 さあ、と促されてステッドさんは大きな金庫の前に立つ。


 棚にはまだ金庫内に収められていない紙幣ケースもあって、強盗たちが目を血走らせながら外に運び出していた。


 今も銃声はばんばか轟いている。幸い、銀行は頑丈な建物でできている。外敵から金品を守る要塞とするためだ。


 でも、それなら町全体を守らなければならないワケで、ここに籠城するというのは設計者にとっても最後の手段だったはずだ。


 ロビーからアルバトロスたちの怒鳴り声が反響してくる。


「ダメだ、ボス! 裏口も窓もない! 天井裏も地下道も見つかりゃしない!」


「正面突破するしかないのか……!?」




 こうなることも、わたしは知っていた。


《銀行の図面を見せてもらったけど、ここで残念なお知らせ。立てこもったが最後、逃げ道はないわ》


「えっ。じゃあ、わたしとステッドさんはどうやって脱出すればいいの?」


《そこで、一世一代の大博打よ》




 銃声の中でもラカの声ははっきりと聞こえた。


「血も涙もない強盗団が笑わせるわね! このまま顔も見せずに死ぬつもり!? それならそれで楽だからいいんだけどさあ!」


 おー、煽る煽る。

 わたしは強盗たちが金庫室から一時的に出たのを見計らって、ステッドさんに囁く。


「ここにいて。絶対に戻ってくるから」


「……用心棒?」


 ステッドさんの懐疑的な視線に見送られ、わたしは金庫室を飛び出す。カウンターを飛び越えてアルバトロスのそばにスライディング。


「わたしが出るよ」


「やれるのか?」


「こういうときのために雇った用心棒でしょ。チャンス、作ってくるからさ」


 わたしの自信に満ち溢れた物言いに、アルバトロスはにやりと笑い返した。


 フードを深く被り直し、玄関から正々堂々と姿を見せる。


 うわ、ぎっしりイモータルが待ち受けている。

 向かいの建物の二階や屋上にも狙撃手が控えていた。それを見たら急に足が震えてしまいそうになる。臆するな、わたし。


 一斉に銃口を向けられはしたが、真正面に立っていたラカがさっと手を上げて制した。外部の人間なのにメンバーたちも従ってしまうあたり、やっぱりラカの存在感ってすごい。


「へえ、なかなか勇気あるじゃん、あんた」


 ラカが〈ディアネッド〉のチューブマガジンを開放し、ライフル弾を一発一発、これ見よがしにリロードする。


 わたしは無言を貫いて、ただクロークを軽く開く。


 左腰のホルスターには〈L&T75〉。後ろには〈クェルドス・スペシャル〉と接近戦用のナイフ。覚悟も用意もできている。


 じゃこっ! 〈ディアネッド〉を閉鎖したラカが、ぴゅうと口笛を吹いた。


「決闘しようって? このあたしと? いいね、そう来なくっちゃ」

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