[07-11] 招雷公主

《そう、うまくいったのね。よかったよかった》


 と、ラカの声で喋っているのは土の精霊ノームだ。小さな白いお化けみたいな見た目だけれど、通話までできてしまう頼もしい子なのである。


 この場もアルバトロス強盗団の隠れ家ではない。少し離れたところにある廃屋の一室だ。尾行がないことはしっかり確認済み。


《ステッドとは接触できた?》


「うん。自分から進んで強盗団に参加したってワケじゃないみたい。もちろん、もう立派な強盗ではあるんだけどさ」


《必ず保安官トコに連れてって、更生させましょ。犯行計画は?》


「みんなで雪崩れ込んで、銀行にいる人を人質に取る。ステッドさんが金庫を開けたら中身を取り出して散り散りに逃げる。そのときに邪魔者が出てきたら、わたしが用心棒として戦うことになってるよ」


 ひゅう、とラカの口笛。


《先生、出番です! ってヤツね》


「その流れで登場すると、駆けつけたヒーローに負けちゃいそうでイヤかな」


 苦笑いするわたし。ステッドさんを安全な場所まで連れ出すというミッションがあるのだ。誰にも負けるワケにはいかない。


 可能性がある『誰か』としては、やっぱり、〈武以貴人会〉だろう。


「そっちはどうなったの?」


《思ったよりちょろかったわ。まあ、聞いてよ――》



 わたしが強盗にケンカを吹っかけるのと同時に、ラカはわたしを止めようとした〈武以貴人会〉メンバーの足止めをしていた。


「おっ、〈貴人会〉じゃーん」


「あっ、今話しかけるな……!」


 と、振り返ったメンバーはラカの顔を見て面食らう。


「ラカ・ピエリス!? どうしてお前がここに……いや、それよりも……」


 ばぁん! 銃声にメンバーはぎょっとした。その一発で、わたしと強盗の決闘は勝負がついてしまったのだ。


 この世の終わりのような顔をするメンバーに、ラカは素知らぬ顔で話しかける。


「あいつ、なかなかやるわね。あんたらが狙ってるっつー強盗と何か関係あんの?」


「むしろ逃げていったヤツが強盗というか……あ! いや! なんでもないが!?」


 クランの活動内容を漏洩しかけて慌てるメンバー。こうなったらもう、ラカの手の上で踊るだけである。


「隠さなくたっていいって。あんたらが〈ルオノランド〉に出張ってきてるのは話題になってるんだからさ。『あいつ』、来てるの?」


 そのひと言で、メンバーは腰から銃を抜く。


〈ナユタ帝国〉で開発されたリボルバー、〈リコウ六連拳銃七八式〉だ。他の国で開発された物と比べて、柄が長く湾曲しているのが〈ナユタ〉製の特徴なのだとか。


 メンバーはラカの胸に銃口を突きつけ、険しい顔でこう脅すのだった。


「公主の命だ。お前をひっ捕らえてやる!」




《あ》


 話の途中で急にラカが声を上げた。


《この『公主』ってのが〈貴人会〉のクランリーダーのことなんだけど……ま、後で説明するわ》




 再開。

 ラカは抵抗せずに両手を上げた。


「いいね。相談したいことがあったんだ。連れてってくれるなら助かるわ」


「なんだと? 一体何を――」


「乙女の悩みを詮索するんじゃないわよ。ほら、さっさと案内して」


 メンバーは不可解そうながらも――ラカは『失礼なヤツ』と表現していた――姿を消したわたしの後を追うことを諦め、ラカをクランマスターのところに連れていくことを優先した。


〈武以貴人会〉は町中心にある高級ホテルを貸し切りにしているらしい。


 ラカが使うノームと同じような役割の『式神』で連絡していたらしく、ラカが到着したときにはもう歓迎の用意ができていた。


 通されたのは支配人室。

 そのプレジデントチェアにはどんと居座ったクランリーダーの姿があった。周りには大勢の護衛と、恐縮そうに従っているホテル支配人。……乗っ取られてるじゃん。


 そんな中でもさほど緊張していないラカに、クランリーダーが高らかに笑う。


「ラカ・ピエリスさん。このようなところで奇遇ですわね」


 なんとこのクランリーダー、わたしたちと同じ年頃の外見を持つ女の子なのだ。


《ハルナ・ジュフイン》

《イモータル:セリアノ/ダキナ族》

《レベル:48》

《クラン:武以貴人会》


 人呼んで〈招雷公主レディ・サージ〉。ラカに並ぶ高レベルプレイヤーだ。


 ちなみに〈ナユタ帝国〉のセリアノは〈ルオノランド王国〉や〈ユルグムント公国〉と少し異なる背景を持ち、霊獣以外にも妖怪を祖とすることが多いのだとか。


 ダキナもまた狐の妖怪であり、ハルナさんの頭には狐耳、腰からは狐の尻尾を生やしている。


 わたしも後でお顔を拝見したけれど、少女漫画のお嬢様みたいな金髪縦ロールとド派手なミニスカ着物がぎんぎらぎんで、とってもゴージャスな印象だ。おまけに雷神風神図屏風とか竜虎図みたいな絵柄の扇子をご愛用の様子。


 この人が、ラカの長年のライバル……。

 そんなハルナさんに負けじと、ラカはにっこり笑ってみせた。


「あんた主催のパーティーが近々行われるって聞いたもんでね」


「邪魔をなさる気?」


「まさかあ。あたしもちょうど暇だし、参加させてもらおうかなって」


「ふっ、宣戦布告ですの? 敵中堂々と仰るのは称賛いたしますが――」


「いやいやいや、あんたの側につかせてって相談よ」


「…………」


 ハルナさん、ラカの言っていることを理解できずにしばしフリーズ。護衛たちも困惑気味に顔を見合わせてしばらく。


「あ、あの協調性ゼロの迷惑娘、ラカ・ピエリスさんが自分から団体行動を希望するですって!?」


 ハルナさんの悲鳴に、ラカはぎろりと睨む。


「あんた、どんな捏造情報を摂取してんのよ。あんたんトコが突っかかってくるだけで、他のクランとは仲よくやってるっつの。その捻じ曲がった風評をばら撒いたりしてないでしょうね。ハラスメント行為として運営に通報するわよ」


「捏造? 正当な評価ではなくて? わたくしたちのクエストを何度台無しにされたことか。全部全部、あなたが滅茶苦茶にしていくのですわ」


 ラカに言わせればハルナさんたち〈武以貴人会〉には柔軟さが足りず、状況の変化に対応できないという欠点があるそうな。……幼馴染としてラカの肩を持ちたいけれど、ここはちょっと話半分に聞いておこう。


「一体全体、どういう風の吹き回しなのか教えていただけます?」


「や、別に。あたし、最近相棒とふたり旅してるんだけど――」


「存じ上げております」


 このとき、ハルナさんは遮るほどの速さでそう言ったのだとか。

 ラカは首を傾げたけど、ハルナさんに目で促され、先を続けた。


「ほら、あたしってずっとソロだったでしょ? 相棒とのコンビネーションがいまいちわかってなくてね」




《一応、念のため、釘を刺しておくけど》


 ノーム越しにラカが強調する。


《これはハルナを信じさせるための嘘なんだから。今だってコンビネーション抜群よ、あたしたち》


「わかってるわかってる。それでどうなったの?」




 ラカはハルナさんの後ろに控える護衛たちをぐるっと見渡した。


「あんまり言いたかないけど、あんたんトコの連携は見事なもんよ。で、これも言いたかないけど、勉強させてもらうならあんたんトコだって考えたワケ。折角、〈ルオノランド〉に来てるみたいだったし」


 ハルナさんは腕を組んでラカを拒絶する。


「我々の完璧な作戦にあなたのような不穏分子を引き入れたくはありませんわ」


「いやいや、もちろん参加させてもらう以上、あんたの指示なしに動いたりはしないわよ。ちゃんと従うわ」


 それを聞いたハルナさん、がたっと立ち上がりかける。


「ラカさんが……わたくしの言いなりに……!?」


「や、そこまでは言ってないけど」


 それに、さっきの断固拒否みたいな態度はなんだったのかなあ!?

 気を取り直してプレジデントチェアに座り直したハルナさんは、ばっと扇子を広げる。


「悪くない提案ですわね。傍若無人のラカ・ピエリスがこのハルナ・ジュフインに従ったとあれば、どちらの格が上かもはっきりするというものですわ」


「一回ぽっきりのクエストで上か下か決まるもんじゃないでしょ。その理屈で言ったらいつもあんたを出し抜いてるあたしのほうが格上ってことになるけど?」


「あー、あー、知りませんわ! さあ、〈武以貴人会〉が主、ハルナ・ジュフインにお誓いなさい。天下を乱すアルバトロス強盗団の捕縛において、今日この日この時から、ラカ・ピエリスは我らが一員として服従することを!」


 ラカ、心底イヤそうな顔をしてしまったらしい。しかも、そんなラカの表情をハルナさんはにやにや満足そうに眺めていたらしい。


 頭の中でぐるぐると『やっぱこいつらに関わるんじゃなかった』と後悔しながら、誓約の挙手を行うのだった。


「はいはい、しばらくあんたの言うこと聞いてあげまーす」


「『はい』は一回!」




 かくして、ラカは〈武以貴人会〉に潜入成功したとのこと。


《くくく、ハルナのヤツったらうきうきしちゃって呑気なもんよ。どんな目に遭わせてやろうかしら――ネネ、その顔、何?》


「ううん、ちょっと思うところがあって。気にしないで」


《……? ならいいけど》


 思うに、だ。

 ラカとハルナさん、聞いていた印象では犬猿の仲だと思っていたけれど、実際はそうじゃないでしょ。


「それで、そっちの計画も聞けた?」


《ばっちり。さあ、あたしらも計画を立てましょ》


 その日、わたしたちは遅くまで当日のシミュレーションを何度も行うのだった。

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