[07-10] 勝ちは絶対やってこない

「それで、どういう計画なの?」


 こうなったらもう、本当に強盗をするつもりで振る舞おう。敵を騙すならまず自分から。


 しかし、すぐにそれが強盗たちから疑われる発言だと気づいた。じっとりとした視線に、わたしは意外な反応という風を装う。


「わたしも準備しときたいんだけど? 無駄な荷物を持ち込むなんてしたくないし、その逆に必要な物を持ってこなかったなんて間抜けはしたくないの。わかるかな?」


 切れ者そうな強盗がわたしの前に立った。


「経費は出さんぞ」


「安心してよ。分け前で我慢しとくからさ」


「いいだろう、こっちに来い」


 どうやら強盗団のお財布を管理する会計役だったらしい。その人に招かれたのは、壊れかけのテーブルだった。


 卓上には大きな紙が広げられている。次々と付記されて完成に近づいた銀行の見取り図だ。


 その上にはチェスの駒が置かれていて、従業員の人数や警備員の待機位置などがひと目でわかるようになっている。


「銀行に入ったら、一気に警備員と行員を銃で脅して投降させる。外の人間が気づいて助けを呼ぶまでが勝負だ。それまでに解錠師が金庫を開け、中の物を取り出す。後はそれを袋に詰め込んで、ばらばらに逃げ出すって寸法だ」


 わたし、本心ではないけれど信頼を買うために尋ねる。


「銀行員を脅して開けさせたほうが手っ取り早いんじゃない? なんなら、ナイフか何かでひとりふたり殺っちゃえばぺらぺら喋ってくれるよ」


「いや、そんなやり方はダメだ」


 否定したのは会計役ではなく、ステッド・クラップスさんだった。わたしたちの会話に聞き耳を立てていたのである。


 わたしはあえて『この人、誰?』と会計役を見た。


「こいつは解錠師だ。俺たちも以前はお前のやり方を使っていたが――おかげで方々から恨みを買っちまったんだよ」


 ステッドさんは軽く頷いてから、乱暴なわたしに説明する。


「ここの銀行は町で商売している人間からその日の売上金を預かる。売上金は銀行の支店長によって営業終了後、金庫に保管される。この金庫が厄介なドワーフ製の金庫で、責任者だけが知っている手順で開けないと内部の錠が下りて、ちょっとやそっとの方法では開かなくなるんだ」


 わたしはふうんと唸る。


「じゃ、その責任者を捕まえようよ」


 今度は会計役が顔をしかめた。


「それが難しいんだ。お前、腕はあっても早死にするタイプだな。銀行を経営しているのはあの〈ゴルドバス金融〉なんだぞ」


 ゴルドバス? それってあの、ゴールディ・ゴルドバス?

 わたしの脳裏に思い浮かんだ顔は、以前立ち寄った町で出会ったお金持ちのドラウだ。


 ゴルドバスは町近くの農場を奪おうとしていたので、その農場主の娘さん――と、彼女に恋するイモータル――にわたしとラカが協力したのである。


「その支店長となれば、当然、〈ゴルドバス金融〉の人間だ。あいつ、普段は別の事務所で優雅に過ごしていやがる。護衛を大勢雇ってな。そんなヤツを誘拐するのはひと苦労だろう?」


「なるほどね」


 頷いたわたしは、ステッドさんに疑いの目を向ける。


「で、解錠師さんはその金庫をどうにかできるの?」


「手順と言っても、要はナンバーの組み合わせだ」


 ステッドさんは手で空を掴み、軽く捻るジェスチャーを取ってみせた。番号を合わせると錠が開くのだろう。


「ただし、三百か五百はある目盛りの中から正解の番号を見つけ出さなきゃいけない。それも数回。金庫の正確なタイプはわからないし、それだけ時間がかかることは理解してほしい」


 わたしは頷き、見取り図上の警備員を表す駒を指差す。


「銀行のほうの警備はずいぶん手薄だね?」


 会計役がよく気づいたという顔をした。


「銀行の稼ぎは月に一度、本店に輸送される。その直前には〈ゴルドバス金融〉の用心棒がわんさか町にやってくるって話だ。だから、俺たちが狙うのは数日後、一週目の稼ぎだ。この町は景気がいいし利用客も多い。十分な額になるはずだ」


 わたし、腕を組んで考えるフリをする。


「大体わかったよ。となると、わたしの出番はみんなが逃げ出すときか、解錠師さんが手こずったときだね」


「そういうことだ。頼むぞ、用心棒」


「了解」


 わたしがガンスリンガーの挨拶でそうするようにフードを軽く摘まんでみせると、会計役もにっと笑みを浮かべて仲間たちとの談話へと戻っていった。


 後に残ったステッドさんが、ためらいがちに声をかける。


「用心棒……今までどのくらいの人間を殺してきたんだ?」


「たくさん」


 事実だ。相手がどういう立場にせよ、そしてこれがゲームであるにせよ、わたしが銃で人を撃ってきたことは確かである。


「なんだか、死傷者を出したくないって顔だね」


「さっき聞いたとおりだ。殺せば殺しただけ罪が重くなるし、恨みを買うことにもなる」


「そうかなあ。わたしが来たときも銃を抜かなかったし、スマートな仕事、というよりは犠牲者ゼロを心がけてるみたい。そういうあなたこそ、今まで人に銃を向けたことは?」


 黙り込むステッドさんに、わたしは軽く手を振る。


「や、別に非難するつもりはないよ。なんだか強盗っぽくないなって思っただけ。なんでこんなことをやってるの?」


 きゅっと口を一文字に結んでいたステッドさんだったが、耐えきれずため息をついて、ボロボロのイスを向け合うように置いた。


「座ってくれ、用心棒」


 言われるがままにする。

 対面に座ったステッドさんが懐からカードの束を取り出した。


「『ハイ・アンド・ロー』のルールは知っているか?」


 いきなり思ってもみなかったことを聞かれて、わたしは戸惑いがちに答える。


「引いたカードが前のカードの数よりも大きいか少ないかを当てるゲーム、だっけ」


「正確には『強いか弱いか』だな。エースキングよりも強い。この旧魔王領ではキングより民衆エースのほうが偉いってワケだ」


 ステッドさんはカードをシャッフルし、一番上のカードを捲ってみせた。出たのは『10』。


「当ててみせな、用心棒」


 ふむ。『10』より強いカードは『ジャック』『クイーン』『K』『A』そして『ジョーカー』。弱いカードのほうが多い。


「ローかな」


 ステッドさんが次のカードを捲ると、ばっちり、『5』。さらに促されたわたしは、同じ要領で予想を立てる。


「ハイ」


 今度は『J』。これまた予想的中。


「ロー」


 連続正解、と思いきや、今回は『Q』だった。


「あれ、運が悪かったかな。次こそロー!」


 これも予想が外れ、『K』のカードが現れる。


「うえ、そんなことある? もう一回、ロー!」


 またまた予想は大外れ、『A』のカードである。


 これより強いカードは『ジョーカー』しか存在しないのだから、ローで勝利はほぼ確実である。

 だというのに、ステッドさんが捲ったカードには『A』が印刷されていた。


 お、おかしい。こんなの、絶対おかしい!


 愕然とするわたしは、ステッドさんの含み笑いを見て確信を得る。カードを引く手を掴もうとしたけれど、ステッドさんは素早くカードを懐に戻した。


「これで金を賭けていたら、あんた、借金まみれだな」


「う、ぐ……」


「初めは気持ちよく勝たせるんだ。今日はついてる! 今外したのはたまたまさ! で、気づいたときにはもう引き返せない。負けを取り返すには勝つしかないのに、その勝ちは絶対やってこない」


 最後のほうは憎々しげな口調だった。

 なぜ強盗をやっているのかという質問から始まったこの話、もしかして――


 ステッドさんは自嘲の笑みを浮かべる。


「銃じゃなくカードで旧魔王領を渡り歩く風来坊に憧れて、生まれ育った町を飛び出した。結果はこのザマ。俺はアルバトロスに借金がある。まったく、あんたを笑えないよな。親父にも相手の表面に騙されるなって言われてたのになあ」


 そこで、ステッドさんは周囲に視線を走らせた。多分、家族のことを口にしてしまったからだ。こういうことは脅迫のネタになる。


「なあ、用心棒……」


「言わないよ。わたし、そういうのに首を突っ込まない主義だから」


 ステッドさんは後悔と諦念に染まった、力ない顔を浮かべる。


「アルバトロスは初めから俺の腕を利用するために近づいてきたのかもな。バカで情けない男だよ、俺ってヤツは」


 大丈夫だよ、ステッドさん。


 わたしはむしろ安堵していた。この人はぎりぎりのところで抵抗している。確かに強盗として罪を重ねているかもしれないけど、まだ明るみに連れ戻せるかもしれない。


 今すぐ自分がモーメットさんに雇われたスパイだと教えてあげたかった。でも、それを明かせばどこかでわたしたちの作戦が破綻するかもしれない。


 わたしはぐっと堪え、ただステッドさんの肩をぽんぽん叩くのだった。

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