[07-09] 用心棒

 強盗は事前準備として、警備員の数や従業員の配置、人のいない時間帯を探るのだという。


 標的について可能な限り調べ上げ、成功率を上げる――うん、何事も準備が大切。大昔の兵法のなんちゃらでも言われていることだ。


 銀行の下見を終えた強盗団の一味は、人気のない町外れへと引き上げていく。


 町外れの廃墟群は『広く平たく』発展した初期の町の名残だ。現在の都市は『狭く高く』で、住民はとっくに引っ越し済みというワケである。


 強盗団はここの空き家を仮の隠れ家にしているらしいことを、セティさんが調べ上げてくれた。


 そして、実行役のわたしは物陰に隠れて、強盗が帰ってくるのを待ち――


 来た来た。

 横からすっと飛び出して、思い切り強盗にぶつかる。


《スキル〈窃盗 見習い〉が発動しました》


「ごめんなさい、先を急いでるので!」


 と言って、逃げ去ろうとしたわたしの背中に強盗が怒鳴る。


「おい! 待てや!」


 ホルスターに収めた銃へ手を伸ばす気配。


 立ち止まって振り返ったわたしに、強盗は目を細める。フードを深く被っている上にスカーフで口元を隠している。セリアノだという以外に素性はわからないだろうが、そこはどうでもいいという結論に至ったらしい。


「気づかねえとでも思ったのか。俺の財布を返しやがれ!」


 わたしだって気づかれないなんて思っていないよ。胸に抱え持っていた強盗の財布を、しかし、ぽいっと地面に投げ落とす。


 その態度に強盗はますます怒りを露わにした。


「どういうつもりだ、このガキぃ……まともに謝れないのかよぉん?」


 わたしはふっと笑みの吐息を洩らし、クロークをほんの少しだけ広げてみせる。腰に巻いたガンベルトとホルスターを見せれば、相手もわたしが『どういうつもり』か理解できるだろう。


「イモータルのお遊びか、胸糞悪ぃ。だが、バカにされて引き下がれるほど俺は安い男じゃねえ! 抜いてみせろよ、できるもんならな!」


 わたしは足を肩幅程度に開き、相手に『どうぞ』と頷いてみせた。


「……後悔するなよ!」


 ちなみにこのとき、強盗を尾行していた〈武以貴人会〉のメンバーが慌ててわたしと止めようと駆け寄っていた。この一件で強盗団が警戒したら作戦はおじゃんである。そうなる前に制止したかったのだろうけど――


「おっ、〈貴人会〉じゃーん」


 黒いハットに黒いジャケットの金髪エルフがさらに呼び止めていた。言うまでもなく、ラカである。


「あっ、今は話しかけるんじゃない……!」


 と、〈武以貴人会〉が慌てている隙に、わたしたちの決闘は始まった。


 強盗がリボルバーを引き抜く。その初動に反応したわたしは、それを上回る速さで〈L&T75〉をホルスターから解き放った。


〈スキル〈抜き撃ちクイック・ドロー レベル5〉が発動しました〉


 腰だめに構えたリボルバーから発射された弾丸は、狙いばっちり、強盗が構えるリボルバーに命中。その衝撃で、強盗は銃を取り落とす。


 痺れて震える自分の手とわたしを交互に見比べ、


「く、くそッ、財布なんざくれてやる! そんなはした金!」


 教科書のような負け惜しみを吐いた強盗は脱兎のごとく逃げ出した。


 わたしは〈L&T75〉をホルスターに戻し、改めて財布とついでにリボルバーを拾い上げた。中身はそれなりに入っているけれど、別に軍資金が欲しくてこんなことをやったワケではない。


 地面に点々と残るブーツの跡を見つめる。


《スキル〈追跡 レベル16〉が発動しました》


 ふふん、森の獣のほうがよっぽどうまく逃げるってもんだよ。

 わたしは後のことをラカに任せ、強盗を追いかける。


 足跡が続いた先は、サルーンの廃墟だった。

 看板は取り外され、蝶番から外れたスイングドアが地面に落ちている。夜になったらガンスリンガーの幽霊でも出そうだけど――


 話し声が聞こえる。もちろん、これは幽霊のものではない。わたしは壁に身を寄せて、じっと耳を傾ける。


「ははは、情けねえヤツだなあ」


「相手はイモータルだったんだ! あいつ、スリの腕はズブの素人なのに、銃の腕前は玄人だったんだよ! おかしいだろう!?」


「お前、スリの練習台にされたんじゃないのか?」


「あんなところを通るヤツなんて滅多にいないのに――ぼ、ボス」


 おや、急に静まり返った。

 板の軋む音と重いブーツの音が壁越しに伝わる。誰かが二階から下りてきたのだ。


 ややして響いたのは、威厳ある野太い声だった。


「それで、丸腰で帰ってきたのか、お前は」


「す、すみません……」


「ハナから決闘ごっこなんてするんじゃねえ! 騒ぎを嗅ぎつかれたらどうするつもりだ! スられるなら黙ってスられろ! 少しは考えたらどうだ!」


「は、はい……」


「『はい』じゃねえんだよ!」


 ボスの大声だけでなく怒気までびりびりと伝わってくる。


 さて、そろそろ頃合いだろうか。深呼吸して覚悟を決めたわたしは、大股に、平然と、さも我が家かのように玄関から登場することにした。


「まあまあ、その人は悪くないよ。わたしが強すぎただけだからさ」


 一瞬呆気に取られた強盗団――十数人いる――だったが、すぐ一斉に銃を抜いた。悪党たちに歓迎されるこのシチュエーション、ちょっと憧れていたから感動。


 先ほどリボルバーを失った強盗だけが、代わりに指差す。


「こ、こ、こいつ! さっきのスリだ!」


「ほう……」


 屈強そうな体つきの強盗が歩み出た。他の強盗たちが一挙一動に注目しているあたり、多分、この人が――


《アルバトロス》

《モータル:ヒュマニス》

《レベル:32》


 正解。強盗団のリーダーである。

 アルバトロスは身を屈め、わたしの顔を覗こうとした。


「セリアノのイモータルか。ウチのもんを尾けてきたのか?」


「そ。あなたたちの仲間に入れてもらおうと思ってね」


「断る」


 アルバトロスがわたしの眉間に銃口を向けて発砲。


 それよりも一拍速くわたしは動き出し、アルバトロスの懐に飛び込んでいた。……そのお腹にナイフの切っ先をぴたりと当てる。


「これでもダメかな?」


 アルバトロスはにやりとし、あっさり銃を下ろした。

 わたしもナイフを引くことで、両者、にこやかに笑い合う。


「確かに、腕は立つようだ。名前は?」


「秘密。ひと仕事限りの雇用ってことで、なんとでも呼べばいいよ」


「いいだろう、『用心棒』」


 それがわたしのコードネームになるらしい。用心棒――なかなかカッコいいではないか。気分がノってきちゃったよ。


「俺たちはイモータルの賞金稼ぎどもに追われている。最悪、お前にはそいつらを追い払ってもらうことになるぞ」


「任せて」


「仕事は数日後の予定だ。イモータルはよく眠ると聞いているが、寝坊したら報酬は分けてやらんぞ。それまで目立たずに潜んでいろよ」


 アルバトロスはそう言って、二階の部屋に戻っていった。

 よしよし、潜入成功。


 わたしは強盗たちの顔をひとりひとり見渡していく。


 ……いた。セティさんの絵に描かれたのとそっくりな男の人。さっき強盗たちが一斉に銃を構えた中、唯一構えなかった人だ。


《ステッド・クラップス》

《モータル:ヒュマニス》

《レベル:21》


 わたしはそれだけ確認して、先ほどひと悶着を起こした相手に歩み寄る。


「案内ご苦労様。はい、落とし物。これからよろしくね」


 強盗はわたしから財布とリボルバーを差し出され、悔しそうにひったくるのだった。

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