[07-08] 争っている間に
保安官さんの息子さんが強盗……?
ぽかんとしているわたしたちに、セティさんが事情を語ってくれた。
「近頃、世間を騒がせている『アルバトロス強盗団』についてはご存じですか?」
わたしはふるふると首を振る。ラカは曖昧に頷き、アルナイルは無表情で先を促す。
「私はその強盗団を追っていたんです。ボスがそのままアルバトロスという名のギャングでして、手口は実に単純。銀行に乗り込み、警備員を射殺。金庫と、そのナンバーがわかる行員を馬車に押し込んで逃走。追跡者とも銃撃戦を繰り広げ、死傷者多数。典型的な乱暴者でした」
ひええ。そんな悪党が暴れ回っていたんじゃ、〈ルオノランド〉の銀行関係者は枕を高くして眠れないってものだよ。
ただ、ひとつ、セティさんの言い方に引っかかりを覚えて尋ねる。
「……『でした』?」
「はい、『でした』。懸賞金が跳ね上がった頃から、手口が変わったんです。無駄な殺生を避け、金庫の解錠を行い、中身だけを盗んでいく。その金を持った強盗団は散り散りとなって追跡者を撒き、再びどこかで合流――双方の死傷者がぐっと減ったんですよ」
変化の理由を、ラカが推測する。
「腕のいい解錠師を雇ったのね」
解錠師と言うと――泥棒を題材にした映画でよく見る、金庫破りのことだろうか。この世界では〈解錠〉というスキルがあるため、広く『解錠師』と呼ばれるらしい。
セティさんも頷く。
「強盗団を取材しているうちに、ある男性が消息不明となったことがわかりました。昼は機械や細工品の修理を請け負い、夜はサルーンで賭け事にご執心だったとか。こちら、人相書きになります。見覚えあります?」
コートから取り出した分厚いメモ帳には、セティさんが聞き込みから割り出した解錠師の顔が描かれていた。
……って、画力すご!? モーション・アシストがあるとしても、鉛筆だけでさらさらと書かれたそれは美術室に飾ってある古いスケッチみたいだった。
それで思わず見入っちゃったけど、肝心の若い男性の顔は初めて見るものだった。
「この人、名前は?」
「ステッド・クラップスです」
「クラップス? それって……」
わたしは保安官さんをちらりと見る。
保安官モーメット・クラップスさんが疲れ切った顔で頷いた。
「俺のせがれだ。妻の親父さんが解錠師で、ステッドは俺よりも親父さんの仕事に憧れていた。子供の頃からよく手伝っていて、器用だと褒められていたよ」
その息子さんが、今は強盗団の一味として働いている……モーメットさんはとても複雑な心境だろう。
だんだん話がわかってきた。わたしは再度確認する。
「依頼内容は『息子さんを連れ出す』ってことだったね」
「そうだ。〈ニュー・グラストン〉に集まったイモータルたちは強盗団を壊滅させるつもりでいる。このままではせがれも命を落とすだろう。なんとか助けてやりたい――保安官失格だな」
ラカが大いに頷く。
「こんな頼み、〈貴人会〉の連中にはできないわな。『死をもって罪を償え』『お前は汚職保安官』の大合唱だわ。最悪、まずあんたが処刑台に吊るされるわよ」
セティさんが「そのとおりです」と相槌を打った。
「私、その辺はあまり問わないので保安官に協力することを決めたのですが――」
イヤな言い方をすると、むしろ、ジャーナリストとしておいしい立場である。
無事にステッドさんを助け出すことができれば、アルバトロス強盗団の活動についてたっぷり聞き出せるのだから。
「揉め事は専門外。どなたかにクエストを斡旋するにしても、〈武以貴人会〉に所属せず、かつ〈武以貴人会〉と対立する勇気を持つ、それでいてこの手の事情に理解がありそうなイモータルなんてそうそういないんですよね」
「そこにちょうど、あたしらが現れたと」
セティさんは大げさに両手を組んで天を仰いだ。
「まさに女神様の救いの手です!」
ドラウであるセティさんが真面目に叫んだものだから、御使いであるアルナイルがすっごく複雑そうな顔をした。気づいたわたし、ちょっと笑ってしまい、アルナイルに睨まれる。
セティさんは女神様に引き続きわたしたちに懇願の目を向けた。
「それで、どうかみなさん依頼を受けてはいただけないでしょうか。報酬は先ほどもお答えしたとおり、〈サンフォード〉の事件についての詳細ということで」
ラカが無言でわたしたちのほうを見た。
アルナイルはあまり乗り気ではなさそうだ。
「先を急ぎたい、というのが本音ですが、判断は任せますよ。この者が魔族たちの足取りを掴んでくれるのなら、私たちも後を追いやすくなりますからね」
わたしも深く頷く。
「受けよう、ラカ。わたしにしか助けられない人がいるなら、わたしは助けたいな」
「……オーケー。なんとかやってみましょ」
その言葉を待っていたのはセティさんよりもモーメットさんだった。強面に安堵の表情を浮かべて、深々と頭を下げる。
「すまない。恩に着る」
「いえいえ。でも、どうやって連れ出せばいいのかな。今から強盗団の隠れ家に乗り込むとか?」
自分で発言しておいてなんだが、あまりにも短絡的な発想だった。
セティさんが「それは危険です」とアドバイスしてくれる。
やることをシンプルにまとめると、こう。強盗団からステッドさんを連れ出す。その後、ステッドさんは目立たない町で隠れ住んでもらう。
この際、大きな問題がふたつ。
ひとつ目。ステッドさんは裏切り者として強盗団から恨みを買う。後々、報復を受ける恐れがある。
ふたつ目。〈武以貴人会〉にステッドさんのことを知られること。これも後々、『正義の制裁』を受ける恐れがある。
ラカがにやりと悪い笑みを浮かべた。
「〈貴人会〉を利用してやりましょ。連中と強盗団が争っている間に、あたしらはステッド・クラップスを逃がすの。問題はその方法だけど……」
わたしたちは肉体的に超人であっても、頭はほんの十代の女の子でしかない。ぽんぽんアイデアを思いつくワケではないのだ。
でも、わたしは話を聞くにつれ感じていたことがあった。
「これって、スパイ映画みたいだよね。敵組織に捕まっちゃった天才科学者を主人公が救出するの。接近するために敵組織に潜入して――」
あ。
わたしたち全員が異口同音に叫ぶ。
「強盗団に潜入する!?」
すぐにラカが大きく手を振った。
「ダメダメ。〈貴人会〉――特に『あいつ』はあたしの特徴をしっかり把握してる。すぐ足がついちゃうわ。アルナイルも〈セレスヴァティン〉で身バレするでしょ」
と、ラカとアルナイルのふたりがわたしをじっと見つめてきた。
わたし、思わず狼耳をぴんと立ててしまう。
「わ、わたしだって顔知られてるんじゃないの!? 〈魔王の遺産〉がどうのこうので、結構話しかけられるよ!?」
「フードを被っちゃえばわかんなくなるわよ」
人の情報を参照するときは、その人をちゃんと認識しないといけない。『知り合い』であれば後ろ姿でもわかるけど、そうでない場合には顔を見るまで何者なのかわからないのだ。
「ただのセリアノのリボルバー使いにしか見えないって」
まさかこんなところで無個性な戦い方がよい方向に働くなんて。……じゃなくて!
「そしたら今度は『ラカの相棒どこ行った』ってなるじゃん!」
アルナイルがおもむろに自分のフードを被る。
「どうも、アマルガルム族のネネです」
「いやいや無理があるって! 剣持ってるのおかしいって!」
御使い様ったら、お茶目なんだからもう。
ラカはだんだん楽しくなってきたみたいで、わたしのパニックぶりに肩を揺らして笑う。話せるようになるにはしばらく待つ必要があった。
「しゃーない。あたしも我慢して〈貴人会〉に近づくわ。こっちの計画を聞き出せば、ネネも動きやすくなるでしょ」
なし崩し的にわたしが潜入することが決定している。しかも、さっきカッコつけてしまっただけに今から『やっぱりなしで』とは言いづらいわたしだった。
人の気など知らないセティさんは何やらメモ帳にさらさらと書き込んでいる。
「ふむふむ、
これも記事のおいしいネタになると思ってやいないだろうか。ボーナスを要求したくなるわたしだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます