[07-07] 武以貴人会

 ラカの脅迫に怯えつつも依頼人の元へ案内するあたり、セティさんは本当にわたしたちを必要としているみたいだった。


「依頼人はこちらでお待ちしています」


 そう言ってセティさんが開けたのは、〈ニュー・グラストン〉保安官事務所のドアだ。

 保安官バッジを胸に着けた強面の壮年男性が執務卓に座ったままわたしたちを迎え入れる。


《モーメット・クラップス》

《モータル:ヒュマニス》

《Lv:25》


 モーメットさんはわたしたちをじろっと観察した後で、セティさんに目を向けた。


「こいつらが『信頼できるイモータル』か?」


「事をうまく運ぶにはベストな人選だと思いますけどねえ」


「ふむ……」


 わたしはフードを脱いで事務所の中を観察させてもらう。留置場は地下にあるらしいけど、誰かが入っている気配はない。


 ラカはつーんとした顔でモーメットさんに繰り返し釘を刺す。


「とりあえず話を聞くだけよ。あたしらの手に余るようなら、聞かなかったことにする。それでも恨まないなら、どうぞ話して」


「いいだろう。どのみち、俺に頼れるツテはない」


 モーメットさんはやや背筋を伸ばして話を切り出した。


「近頃、いつもの比ではない数のよそ者がこの町に増えている。あいつもそうだ。気づかれないように見てくれ」


 そう言って保安官が指差した先――窓の外を、なんのことかとわたしたちは振り返る。


 保安官事務所の斜め向かいには銀行が建っている。


 一般的に〈荒野の魔王領ウェイストランド・パンデモニウム〉の『銀行』という施設は、その町にあるお店の売上金が預けられる場所だ。


 プレイヤーがお世話になる場合も、同様にお金を預けることができる。この情報は手紙や電信を用いて本店へと伝えられ、口座として管理される。


 つまり、お金を下ろすときはいちいち照会をしなければならないので、電信が使えない町ではかなり待つことになる。初心者向けF&Qによれば、ログアウトする前に依頼しておくと効率的、とのこと。


 この不便さが気に入らない場合はプレイヤーの『運び屋』を利用するという選択肢もある。ただし、これは依頼料が割高になるらしいけど。


 さて、モーメットさんが『見てくれ』と言ったのは銀行のことではない。


 銀行の前をダスターコート姿の男性が通り過ぎていく。遠目に確認する限りではモータルだ。


 モーメットさんが軽く咳払いをした。


「ところで、お前たちの旅の目的は?」


 わたしたちを代表して、ラカが堂々と答える。


「〈サンフォード〉で起きた事件を調べるために向かっている途中よ。ここで数日休憩して、またすぐに北へ出発する予定ね」


「では、あいつらとは違う目的か」


 モーメットさんがまた別の方向を指差したので、わたしたち三人は窓の前をちょこちょこと動く。


 雑貨店から紙袋を抱えて出てきたのは、数人のイモータルだ。


 おや、と思ったのは、出で立ちが見慣れないことである。ものすごく目立つというほどではないけれど、外套の趣が東国風なのだ。もしかしたら〈ナユタ帝国〉の旅人なのかもしれない。


 ラカが「げっ」とハットを深く被り直した。


「〈貴人会〉……なんであいつらがこんなトコにいるのよ」


「ラカ、知ってるの?」


 わたしの質問に、ラカはうんざりそうな顔で答える。


「〈武以貴人会ぶいきじんかい〉つって、〈ナユタ〉を拠点にしてるクランよ。リーダーのヤツが、他ゲーのときからずっとあたしを目の敵にしてて、何かあるたびに突っかかってくんの」


 モーメットさんも職務上の関心を抱いたようだった。


「荒くれなのか?」


「いんや。どっちかと言うと、解決屋よ。その名のとおり『武をもって貴人の行いを成す』ってのがモットーの集団なの。ノブレス・オブリージュってヤツ?」


 アルナイルは腕を組んでうんうんと頷く。


「素晴らしい心がけですね」


「それがとんでもないの! 身内同士で理想を掲げるならともかく、他人にまで自分の『正義』を押しつけてくる迷惑野郎どもよ。こっちはこっちのルールで生きてるっつーのにさ」


 わたしは苦笑いを浮かべる。


「あー……確かにラカと相性悪そう」


「わかってくれる? ……って、もしかしてこの話、連中が絡んでるの?」


 ラカに睨まれたセティさんは、黙ってほほ笑んだ。

 保安官事務所の出口へ向かおうとしたラカを、モーメットさんが呼び止める。


「待て、来たぞ。銀行を見ろ」


「また? なんだってのよ、一体――」


 ラカが続く言葉を呑み込んだ。

 銀行の前を通り過ぎていくのは、薄汚れたダスターコートの男性。

 わたしは目を何度かしばたかせる。


「あの人、さっきも見なかった?」


 ラカは急に全てを理解した顔でぽつりと呟いた。


「あいつ、銀行強盗ね」


「えっ、ご、強盗!? と、と、止めなくちゃ!」


 保安官事務所を飛び出そうとしたわたしのフードを、ラカが思い切り引っ張った。VRではあっても首に軽い刺激が生じて「ぐえっ」と変な声が出てしまう。


 わたしの抗議の視線に、ラカは涼しい顔で答える。


「そう慌てない。あいつは下見をしてんのよ。……ってことは、だ」


 ラカは窓から見える範囲で銀行とその周囲を観察した。


「なるほどね。ネネ、あっちを見てみ。それとあっちも」


「うん?」


 サルーンのテラス席や雑貨店のポーチには、イモータルがさりげなく立っている。みんな衣服こそルオノランド王国風の物を着ているけど、顔を隠していない人の情報には〈武以貴人会〉のクラン名が見えていた。


「これって……」


「そ。〈貴人会〉は強盗を捕まえる気なの。もちろん、あそこにいるのは下っ端も下っ端。ボスは『事』の瞬間まで出てこない。だから、ああやって監視してるのよ」


 わたしはちょっと感心してしまった。大人数でひとつの目的に取りかかるなんて、なかなか統率力が高いではないか。


 そこでふと、疑問がぽかんと浮かび上がる。


「保安官さんの依頼って何? わたしたち、必要なさそうだけど」


 ラカもそこのところが不可解なようだ。


「保安官としてのプライド? よそ者に手柄を取られたくない? それで、あたしらを助手に雇おうってトコ?」


 モーメットさんは、しかし、渋い顔でかぶりを振る。重々しく開いた口から聞かされたのは、全然思ってもみなかった依頼内容だった。


「恥を忍んで頼む。お前たちには強盗の一味になったせがれを連れ出してほしい」

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