[07-06] ジャーナリスト

 なんて意気込んでいたわたしの横で、ラカがいきなり〈ディアネッド〉を訓練場の外に向け、発砲した。ライフル弾は遠くの木陰に飛んでいき、地面をぼっと穿つ。


「わっ、どうしたの?」


「覗き見よ」


 ラカの言うとおり、痩せ細った木の後ろからゆらりと人影が出てきたではないか。


 ラカはいつもより大げさにレバーを操作し、薬室に次弾を送り込んだ。まるでその音を相手に聞かせてやろうとでもするかのように。


 相手は両手を高く上げ、こちらへとゆっくり歩いてきた。

 アルナイルが〈セレスヴァティン〉の柄に手を伸ばす。


「ドラウ……」


 すぐにも斬りかかろうとする気配を察して、わたしは慌てて声を上げる。


「待って、あの人、イモータルだよ」


 両手を挙げて近づいてきたのは、銃と剣で狙われてなおにこにこ笑顔の女性である。


 さらっとした長い銀髪、おでこからぴょこっと覗かせた魔族の角。モデル体型な長身に、まん丸眼鏡とだぼっとしたダスターコートがよく似合っている。


《セティ・ニブ》

《イモータル:ドラウ》

《Lv:37》

《クラン:ウェイストランド・ジャーナル・ネットワーク》


 セティという名の女性は困り眉でわたしたちに話しかけてきた。


「いやあ、あの距離で〈潜伏〉していたのに見つかるなんて、さすが〈エンジェル・アームズ〉のラカ・ピエリスさんです」


「おだてたって無駄よ、〈WJN〉のブン屋さん」


 わたしは〈L&T75〉に弾丸を流し込みながらラカを見た。


「『ぶんや』?」


「新聞屋。ジャーナリストってこと」


 セティさんは片手をゆっくり胸ポケットに入れて、小さなカードを取り出した。それをわたしたち三人に配り歩く。


「どもどもども! ワタクシ〈WJN〉所属記者、セティ・ニブと申します」


「これはこれはご丁寧に……」


 あんまり腰が低いものだから、わたしもついつい両手でカードを受け取ってしまった。


 いわゆる『名刺』だ。リアルでは電子化されて廃れた、古い形式の物である。そこにはセティさんの名前やSNSアカウント、メールアドレスなどが記載されている。


 裏返すと、記者としてどんな記事を書いているかも羅列されていた。へえ、ゲーム内で新聞を作っている他、コミュニティでも記事が連載されているのか――


「あっ!」


 わたしは思わず声を上げてしまう。


「『今日の旅メシ』! わたし、読んでるよ! アレってセティさんが書いてるの!?」


「正確には『そのひとり』ですねえ。あの企画は記者みんなの持ち寄りなので」


 非公式コミュニティ・フォーラムでは、プレイヤー間の情報交換が活発に行われている。


 話題はいくらでもある。ゲーム内の時事ニュース、クエスト、スキルビルド、アイテム交換――さらにはラカのファンが集まるスレッドまであるらしい。


 スレッドには機能として特定の筆者だけが書き込める設定もできる。それを利用しているのが『今日の旅メシ』だ。


 旅先のご当地グルメを紹介するスレッドで、わたしはいつも掲載されているスクリーンショットと紹介文を見ながらお腹を鳴らす――もとい、まだ見ぬ土地に思いを馳せているのである。


 すごい……まさかこんなところでライターさんと出会えるなんて!


 目を輝かせてセティさんと名刺を見比べるわたし。その一方で、ラカは胡散くさい詐欺師でも見るような眼差しを向ける。


「〈遺産〉とアルナイルについての取材ならお断りよ」


「……っ!」


 そうだ。わたしたちとアルナイルなんて格好のネタではないか。

 わたしも慌てて胸の前でばってんを作る。ダメダメ、ノーコメントです。


 かと思ったら、セティさんもぶんぶんと手を振った。体が大きいから、身振りもわかりやすい。


「違いますよお。みなさんにご助力をお願いしたくて機を窺っていたんです。私、結構人見知りでして――」


「他を当たるのね。ふたりとも帰るわよ」


 と、ラカ。セティさんを冷たくあしらって背を向ける。


「ああっ!? ま、待ってください! 人助けなんですう!」


「イモータルは大勢いるでしょ。特にこの〈ニュー・グラストン〉にはさ」


「みなさんじゃなきゃダメな理由があるんですってばあ!」


 だばだばと腕を振ってラカを引き止めていたセティさんが、急に低い声で囁いた。


「報酬と言ってはなんですが、〈サンフォード〉で起きた襲撃事件の情報、用意しますよ」


 おおっと。

 この人……わたしたちの旅の目的を知っている。その上で頼み事をしてきたのだ。


 こちらの反応に、セティさんはにやりとする。


「どうしてって顔ですねえ。世界で最初に〈遺産〉を手に入れたイモータル。その同行者はあの御使い様。その三人が北上していて、その先には魔族に襲撃された町――となれば、大体のことは想像できるワケですね」


 ラカはしばらくじっとセティさんを睨んでいたが、やがて肩から力を抜いた。


「言っとくけど、あたしらは何も知らないわ。本当にね。こちらの御使い様があんまり魔族の動向を気にしてるもんだから、足を運んでみましょってなったのよ」


 アルナイルはむっと眉をひそめて――その表情のままラカとアイコンタクトをして――腰に手を当てた。お説教ポーズだ。


「世に平和をもたらすためには行動あるのみですよ、ラカ」


「はいはい、仰るとおりで」


 嘆息をついたラカ、ふと今思いついたかのような顔でセティさんに振り向く。


「まあ、あんたが手間を省いてくれるって言うなら、こっちもお願いを聞いてあげてもいいわ」


「わあ! ありがとうございますう!」


「ただし、話を聞いてからよ。別にあたしらじゃなくてもいいような仕事なら、あんたに鉛玉をぶち込むからね」


「わ、わあ……お手柔らかにお願いしますう……」

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