[07-05] なるほど実戦形式

 目的地の〈サンフォード〉までは、いくつかの町を経由することになる。

 その町のひとつ、〈ニュー・グラストン〉にわたしたちは立ち寄っていた。


 ここは荒野や魔王領中枢を冒険する人の補給ポイントになっているらしい。


 利用者が多いおかげで町の経済が発展し、わたしが今まで見てきた中では最も『都会的』な雰囲気だった。


 わたしたちは町外れの安宿に宿泊中だ。またすぐ出発する予定だし、町の中心に近づいて注目の的になったら面倒だからね。


 折角の休息ではあるけれど、わたしにはしなければならないことがある。


 町の外に設けられた射撃訓練場には、わたしたち三人の姿しかいない。ここまで辿り着くようなイモータルだと、動かない標的相手に練習するくらいではスキルレベルは上がらないのだ。


 それは――ついにと言うべきか――わたしも同じだけど、ラカに追いつくためにはさらなる特訓が必要なのである。


 すこんすこん。〈クェルドス・スペシャル〉の排莢棒エジェクターロッドを前後させて、シリンダーから弾薬を抜き取る。


「はい、アルナイル」


 戦闘中はほぼモーション・アシストに委ねていれば、『理想のガンスリンガー』っぽい動きができる。


 でも、その挙動をスタートさせるにはプレイヤー自身の判断が必要だ。


 わたしに足りないのはその判断。そして判断に踏み切らせる経験と自信。


 それを培う方法についてアルナイルに相談してみたら、『弾を空にした銃を貸してください』と言われたのである。


 アルナイルは〈セレスヴァティン〉を地面に突き刺して、〈クェルドス・スペシャル〉の握りとトリガーの重さを確かめる。


「ありがとうございます。ネネも用意してください」


「あ、うん」


 わたしの〈L&T75〉は楽ちんだ。

 ブレイクアクション式なので、銃を『く』の字に折ればシリンダーが開放される。ついでに銃の機構で弾薬を軽く押し出してくれるので、ちょっと逆さまにすればぽろぽろと落ちるのだ。


 手のひらに転がった六発の弾丸をベルトポーチに突っ込み、ばちんと再閉鎖。


「ところで、何をするの?」


「手っ取り早く、実戦形式の鍛錬ですよ」


 アルナイルはわたしから二、三歩ほど離れて向き合うと、足を肩幅程度に軽く開いた。


「えっと、もしかして……」


「お察しのとおりです」


 言われて、慌ててわたしも〈L&T75〉を構えた。


「あ、あー……ちょっと待った」


 ラカが手を挙げる。砂埃まみれ傷だらけのイスに座って、わたしたちの対峙を見守っている。


「制限時間は五分としましょ。遮蔽物なしでやり合うときって、そんな長丁場にならないし」


 そう言って、懐から懐中時計を取り出す。


「実戦なら弾一発で即死もあり得るけど、この特訓中は『どれだけ相手に弾をぶち込めるか』の勝負とするわ。……つっても、あたし数えないわよ。撃った撃たれたはお互いわかるでしょ?」


 軽く頷く。

 この『撃たれた!』という感覚が大事だと、いつだったかラカに教わったことがある。


 MND依存の〈予知〉スキルは危険攻撃に自動反応するスキルだけど、プレイヤーの意識次第ではもっと早く発動させることができる。そうすれば回避も容易になるのだ。


 ラカが背筋を伸ばす。


「両者、用意は……とっくにできてるわね。じゃ、始めっ!」


 初動はアルナイルのほうがはるかに速い。〈クェルドス・スペシャル〉を撃とうとする構えは、銃よりも短剣を突き出すのに似ていた。


 ちなみにわたしはアルナイルが銃を撃つのを一度だけ見たことがある。


 構えはすっごく綺麗なのに、いざ標的に弾丸を命中させるとなると、わたし以下――ううん、ゲーム初心者以下の下手っぴなのだ。何か呪いでも受けているんじゃないかと疑ってしまうほどに。


 この模擬戦闘において、だから大丈夫だ、などという判断はできない。

 ……というか、殺気があまりにもリアリティ!


 わたしは体をよじって想定上の弾丸を回避。その流れでこちらもお返しに射撃を試みる。


 アルナイルはわたしの姿勢と銃口から弾道を見切っている。〈クェルドス・スペシャル〉の大きな銃身を弾道上に滑り込ませて、こちらの弾丸を逸らしてしまった。


 出た! アルナイルお得意の『お弾き』! ……や、そんな名前の技なのかは知らない。


 大剣〈セレスヴァティン〉でそれをするのもびっくりしたけれど、こんな小さな得物でもできてしまうものなのか。


 わたしはトリガーを引いたままでハンマーを起こす、通称〈速射ファニング・ショット〉というテクニックでさらに弾丸を放つ。


 しかし、それすらもアルナイルは銃を軽く動かすだけで、体に当たる弾丸だけをきっちり弾いてしまうのだった。


 最後の一発だけは腕を振るように弾いたアルナイル、その勢いで〈クェルドス・スペシャル〉の銃口をぴたりとわたしの胸に合わせる。


 わたしは先ほどと同じように回避する――と思ったら、いきなりアルナイルが踏み込んで、回し蹴りを放った!?


 ぎりぎり腕でガードできたけど、強烈。危うく〈L&T75〉を取り落とすところだった。


 後ずさるわたしに、アルナイルはにこりとする。


「体術を用いてならないとは誰も言っていませんよ」


「なるほど実戦形式!」


 そうだそうだ。何を律儀に足を止めて撃ち合っているのだろう。ようやくわたしの頭にスイッチが入って、狼のごとくアルナイルの周囲を駆ける。


 弾丸を弾かれるなら、弾けない死角を見つけ出して攻撃する!


 それも、アルナイルはわたしに合わせて動くことで死角を見せず、最低限の動作で攻撃と防御を行う。


 余裕、ではないと思う。アルナイルはかつて戦場の中、ただひとり〈セレスヴァティン〉を振るって戦い抜いてきた。四方八方を敵に囲まれて生き延びるために鍛え上げた戦い方なのだ。


 わたしがリロードしようと〈L&T75〉を引き寄せたタイミングで、アルナイルは〈クェルドス・スペシャル〉を構えた。


「……っ!」


 がちん! 重いハンマーがシリンダーを叩く音。もしも弾薬が装填されていたら、44口径弾はまっすぐわたしの胸に飛び込んでくるだろう。


 回避できない。わたしは咄嗟に、アルナイルの得意技を真似た。特別なスキルでないのなら、こっちだって同じことはできるはずなのだ。


 イメージ上では、大きな弾丸が銃身に命中。その衝撃で、わたしの手からシリンダーに流し込もうとしていた弾薬が宙に散らばる。


 まだまだ! わたしは手を伸ばし、開放したままのシリンダーに落下してきた弾薬を一発でも滑り込ませる。バレーボール選手や、野球選手が際どいボールを飛び込んで拾うように。


 実際に弾薬を使っていないからログには表示されないけど、〈特殊装填トリック・リロード〉がこれで発動するはず。


 集中状態。時間が遅く感じる中、横っ飛び中のわたしはシリンダーを閉鎖。精一杯腕を伸ばしてアルナイルを狙う。ハンマーがシリンダーを叩く!


「くっ!」


 アルナイルの表情が歪む。命中するかと思われたその一撃は、持ち前の身体能力で強引に体を捻ることで回避された。


 わたしは今度こそフリーでリロードを完了させる。このスピードは、ちょっとズルかもしれないと思うほど、〈クェルドス・スペシャル〉より〈L&T75〉のほうがずっと勝っている。


 耐えれば、勝てる!

 ――そう思いはしたが、五分が過ぎて。


「全然当てられなかった~……」


 常に動き続けてSPスタミナ切れを起こしたわたし、地べたにぺたんと座って己が決定力を嘆くのであった。


 対するアルナイルは息ひとつ乱れていない。やや汗ばんで、髪がおでこに張りついている。


「そんなことありませんよ。一発、肩に受けました」


「え、ホント? そんな気がしなかったけど……」


「得物の違いで防ぎ損ねたのです。私も体が鈍っていますね」


 アルナイルはわたしに〈クェルドス・スペシャル〉を返しつつ、模擬戦で見せた動きを褒めてくれるのだった。


「宙の弾薬をシリンダーで拾う動き、面白い曲芸ですね。私との果し合いでも見せましたが」


「は、果し合い……」


「今風に決闘と言い直しましょうか?」


 そうだね、と思ったけれど、その言い回しだって一般的には古風だ。わたしの感覚も〈荒野の魔王領ウェイストランド・パンデモニウム〉に染まりつつあるらしい。


「あれは〈特殊装填トリック・リロード〉だね。ちょっとしか練習してないから、一発、うまくいって二発くらいしか拾えないんだけどさ」


「その『ちょっとしか練習していない』技術を、ネネは実戦で二度も効果的に使った。あなたの胆力はなかなか称賛に値しますね。私も不意を突かれましたよ」


 そんなに褒められると、わたしもうきうきになってしまう。


「でしょ、でしょ? さっきはできなかったけど、こういう使い方も思いついたんだ。ラカも見ててね」


 左手でベルトポーチ内の弾薬を一発だけ取り出し、右手に携えた〈L&T75〉のシリンダーを開放状態にする。


 呼吸を整え、いざ披露。

 腰の位置から弾薬を投げ、それを追うように右腕を振り上げる。


 弾薬をキャッチ、というよりはシリンダーに『叩き込む』イメージで、


《スキル〈特殊装填トリック・リロード レベル7〉が発動しました》


 さらに腕を振り上げた勢いで銃身の前部を跳ね上げさせ、シリンダーを閉鎖。わたしの視線、照準、銃口が一直線になる。


 トリガーを引くと、弾丸はばっちり訓練場の標的に命中。……やや中心から外れていたけれど、概ね成功と言っていいだろう。


「どう? カッコいいでしょ?」


 アルナイルは小さく拍手してくれたけど、ラカは渋い顔で唸るのだった。


「それ、曲射トリック・ショット動画でよく見るヤツ」


「そうなの!?」


 もっと驚いてくれるかと思いきや……まあ、わたしが思いつく程度のこと、ゲーム上級者ならとっくに思いついているよね……。


 でも、ラカはフォローも忘れなかった。


「自力で辿り着いたのはすごいわ。実戦に取り入れるなら、使うスキルは全部アマルガルム族に適正のあるものだし、そのスタイルを磨き続けたらオンリーワンになれるかもね」


「ホント!?」


 オンリーワン。なんといい響きなのだろう。


 わたしは自分の戦闘スタイルがわからないまま、ひたすら走って撃つだけの基本にして単純な動きで戦ってきた。ここに敵をびっくりさせるような変化を取り入れることができたら――


 アルナイルもラカの言葉に頷く。


「相手に隙と思わせて、その実、即座に反撃可能。逆に隙を生ませる手段として有効でしょう」


「そうだよね、そうだよね」


「ただし」


 と、アルナイルは強い語気で付け足す。


「実戦に取り入れるなら六発ちゃんと再装填できるようにしてください。失敗したら命取りですし、相手は何度も引っかかってくれません。今のだってたった一発撃っただけで、お話になりませんよ。それだったら普通に再装填したほうが安全で確実です」


「……はい、先生の仰るとおりです」


 浮かれるにはあまりにも早かった。ようし、〈サンフォード〉に到着するまで、暇な時間を見つけては〈特殊装填トリック・リロード〉の練習をするぞ!

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