[07-04] 次の行き先

 わたしは自分の手首に戻ったタトゥーを見つめる。〈魔王の力〉は世界をも変えるほどの力を噂されていたみたいだけど――たははと笑うしかない。


「いやあ、ダメだったね」


「何を残念そうにしているのですか。初めからこうとわかっていましたよ」


「あれ、その割にはちょっと焦ってたみたいだけど?」


「ふん。私は〈セレスヴァティン〉が地下に埋まってしまったらどうしようと心配しただけです。……なんですか、その目は。本当ですよ!」


 ムキになって主張するアルナイル、可愛い。

 こういうところ、『長い時間を生きている』というよりは『時間が止まっている』という表現が正しいのではと思ってしまう。


 調子に乗ったわたしが「またまた~」とじゃれついていると、


「……楽しそうね」


 人影のまばらとなった広場に、リアル幼馴染にしてこの世界では相棒のエルフ、ラカがやってきた。


 一緒にいるのは〈デッドリバー〉を守る王国軍騎士のバートン・レイニーさんである。


 ラカは体をくっつけているわたしとアルナイルに不機嫌そうな顔で言った。


「次の行き先が決まったわ。こっから北にある町の〈サンフォード〉ってトコに、ヴェルヴィエットが出たそうよ」


 ……『出た』って、お化けか何かみたいな言い方だなあ。まあ、あんまり間違ってはいないか。


 ヴェルヴィエット・ザ・バーンクウォンタム。

 魔王ビュレイストの側近にして、親娘のような間柄。その魔王をこの世に再び復活させようと、〈魔王の遺産〉を探し回っているドラウのNPCだ。


 他のNPCと違うのは、わたしたちイモータルが『外の世界』から来た侵略者だと気づいていること。


 この世界がゲームであり、イモータルはそのプレイヤー、自分たちが仮想生命体であることまでは自覚していないみたいだけれど、それにしたって不気味である。


 一度戦ったときは、能力を知られていないがゆえの不意打ちで退けたようなものだった。


 でも、わたしはあの時よりはるかに強くなっている。

〈魔王の力〉の使い道も色々と見つけて、攻撃方法にバリエーションを持たせられるようになった。リベンジ戦、望むところである。


 ところで、ヴェルヴィエットはそんなところになぜ現れたのだろうか。

 バートンさんが苦々しい顔で話してくれた。


「届いた報告によれば、蒼炎を操るドラウと機械仕掛けの巨人が町を襲撃したらしい。イモータルが反撃するも全く歯が立たないほどの怪物だったそうだ」


 わたしは控えめに挙手する。


「『機械仕掛けの巨人』って何?」


「それがそうとしか言い様ないらしい。ゴーレムともリビングアーマーとも違い、機械と魔獣が融合したような姿だったと報告にはある。目撃したイモータルはこれを『ロボット』と呼んだそうだ。何か知っているかね?」


 ロボット。リアルの話をするなら、自律型と操縦型があって、作業用、医療用、軍事用など多岐に渡って開発されている。


 そんなものがこの西部劇風ファンタジーの世界に存在するのだろうか。

 ラカが難しい顔で唸るように声を絞り出す。


「ギオネブ・ドネルが研究してたパワードスーツ……に関係があるのかしら」


 ギオネブは伝説的なドワーフだ。その弟子にあたる人たちが、わたしたちの使う銃を開発している。


 それに、精霊や霊獣、マギカのある世界だ。天才技術者による発明品が生まれても不思議ではない。


 とにかく、ヴェルヴィエットには仲間がいるという情報が重要だ。今まで何度も影をちらつかせているネクロマンサー、そして今回のロボット巨人。もしかしたら他にも何人か――


 メタ的な話、ゲームが長期展開される上で、大勢の正体不明の敵が控えているのである。


 眉をむっとさせて話を聞いていたアルナイルが尋ねる。


「ドラウたちはただ町を襲ったのですか?」


「どうやら、ウェインズ・ハーバードなる地主を尋問していたそうだ。一家は娘以外全員殺されている。惨い話だ」


 ヴェルヴィエットのことだから、〈魔王の遺産〉絡みで〈サンフォード〉の町を襲ったに違いない。


 わたしはアルナイルに尋ねる。


「ウェインズって人のこと、知ってる?」


「……いえ、初めて聞く名です。私が〈遺産〉を託した者ではありません」


 ラカがにやりとする。


「ド忘れしてるだけじゃないの?」


「失敬な。一文字違えず覚えていますよ」


「じゃ、言ってみ?」


 アルナイル、ラカをじっとりと睨みつける。


「教えません。私はまだ、あなたたちを完全に信用していないのですからね」


「あらら、残念」


 わたしはツンツンしているようですっかり仲良しなふたりの会話にくすりとしながらも、やけに協力的なバートンさんを見上げた。


「ところで、軍隊の情報って機密になるんじゃないの? イモータルに流しちゃって大丈夫?」


 バートンさんはにかっと白い歯を見せるように笑った。


「もちろん大問題だ!」


「……ダメじゃん!?」


「だが、このような怪物を討てるのはきみたちイモータルか御使い殿くらいしかいないだろう? 先日の古戦場跡での戦いぶりからも鑑みて、きみたちに任せるのが賢明だと考えたのだよ」


 納得。下手に王国軍を投入しても、無駄な犠牲を出すだけだ。その点、イモータルはいくら死んだって構わないというワケである。


《クエスト〈サンフォード襲撃事件の調査〉が発生しました》


 さあ、目的地が決まったとなれば、すぐさま出発だ。


 わたしたちは先日のクエストの報酬で、アルナイル用の馬を購入した。〈セレスヴァティン〉はアルナイルが身に着けてさえいれば軽くなるので、馬に跨っても大丈夫なのである。


 後は自分のお買い物。弾薬補充よし。携行食糧よし。応急手当用の包帯、お薬よし。


「ふたりとも、準備オーケー?」


「うん、ばっちり!」


「私は元々身軽です。行きましょう」


 バートンさんに別れを告げて、〈ルオノランド領:サンフォード〉を目指す旅が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る