[07-03] 全ては女神のご意志のままに

《サーバーに接続中……接続成功……プレイヤー情報取得……ログイン成功》

《〈ジ・アル〉へおかえりなさい、ネネさん》

《現在の〈ジ・アル〉時間は、11時15分です》


 目覚めたのは〈ルオノランド領:デッドリバー〉にあるホテルの一室だ。


 前回は〈古戦場跡〉でゾンビ狩りをして、ゾンビの合成獣と戦って、その後も色々とあって――疲れ果てたわたしとラカは仲良くベッドに倒れ込み、そのままログアウトしたのである。


 むくりと体を起こしたわたしは、いつものようにベッドの上で柔軟体操をしようとした。


 その狼耳がぴくりと反応。


「ん?」


 妙に外が騒がしい。


 気になって窓を開けると、町の広場に人だかりができていた。見間違いでなければ、ひとりの女の子が大勢に取り囲まれているようだ。


「……って、アルナイルじゃん!?」


 アルナイル・ブランド。見た目はわたしやラカと同い年くらいのNPCだけど、その実、〈人魔大戦ジ・インカージョン〉では守護女神クレアスタの『御使い』として魔王ビュレイストを討伐した、ものすごい剣士なのである。


 役目を終えて力を失った今も、アルナイルは不老のままだった。この混沌とした旧魔王領に使命を求めてさ迷っていた彼女はある日、〈魔王の遺産〉を解放する光を見る。


 魔王復活の阻止。新たな使命に燃えたアルナイルは、〈遺産〉の解放者であるイモータルの前に立ちはだかる――


 それってつまり、わたしのことね。


 わたしたちは〈デッドリバー古戦場跡〉で対決したものの、共通の敵のために協力し合うことが決まった。うんうん、よかった。


 ……で、そのアルナイルが今、騒ぎの中心にいる。


 もしかしたら、御使いの力のほどを確かめようとケンカを吹っかけられたのかもしれない。


 あるいは、地面に突き刺した伝説級レジェンダリーの大剣、〈セレスヴァティン〉を狙われたということも大いにありえる。


 助けなきゃ! わたしは窓枠を飛び越えた。


 部屋は二階にあったけど、着地はすんなり。この世界では身軽な私は、人垣の隙間を縫うようにすいすいと進んでいく。


「ごめんごめん、通して!」


 ぎゅうぎゅう詰めをやっとですり抜けたわたしは、アルナイルの後ろ姿をようやく認めることができた。


 機を見て援護に入ろう。そう思って呼吸を整えているうちに、どうもわたしが想像していた状況とはちょっと異なるらしいと気づく。


 和やかな歓声。


 いかにも力自慢といった風体のイモータルが〈セレスヴァティン〉の柄に手をかける。それをアルナイルは咎めることなく不敵にほほ笑んで眺めているではないか。


「ふんぬっ!」


 イモータルは歯を食いしばって大剣を引き抜こうとするが、全然びくともしない。


〈セレスヴァティン〉は女神クレアスタに認められた者だけが扱うことのできるよう、〈付与術エンチャント〉というものがかけられている。


 ぽかんとしているわたしの存在に気づいたか、アルナイルが振り返った。


「おはようございます、ネネ。ようやく起きましたね」


「おはよう、アルナイル。……えっと、なんだか楽しそうなことしてるね?」


 アルナイルは困り顔で頷いた。


「すれ違う者みなから『剣をくれ』と話しかけられるので、いっそ〈セレスヴァティン〉を抜いてみせよと試させているのです。言うなれば……『選定の試練』ですね」


 ちゃっかり引っこ抜きチャレンジにそれっぽい名前をつけてしまっているアルナイルだった。


 まさか、わたしがログアウトしている間にこちらで経過していた数日間、ずっとこんなお祭り騒ぎだったのだろうか。いやいや、それよりも疑問に思うべきは、だ。


「本当に誰かが抜いちゃったらどうするの?」


「構いませんよ」


 アルナイルは余裕綽々といった態度でイモータルを見守っている。挑戦者はあんまりに必死で顔が真っ赤だ。剣よりも先に腕が取れてしまいそうである。


「全ては女神クレアスタのご意志のままに。私はその者を神剣の後継者として祝福しますよ」


 制限時間まで取り決められていたらしい。観客が伝えたタイムアップに、挑戦者は大人しく引き下がった。


 さてさて、単純な力ではダメとなると、プレイヤーたちの議論はさらに白熱する。


 突き刺さっている地面ごと掘り出してしまえばいいのでは。いや、剣が重くて持てないのだから意味がない。何かスキルが必要なんじゃないか。


 うん、この様子なら〈セレスヴァティン〉の所有者はまだまだアルナイルであり続けるだろう。


 ほっとするわたしを、そのアルナイルが横目で見る。


「ネネも試したらどうです?」


「え、わたし!?」


「まあ、魔王の力をその身に宿すような、神への反逆者には到底無理でしょうけどね」


「むっ」


 そこまで煽られて挑戦しなかったら、イモータルが廃るというものだ。やったろうじゃんか。


 観客もわたしのことを知っているらしい。今までの騒ぎとは打って変わり、〈セレスヴァティン〉の前に立つわたしを静かに見守る。


 深呼吸。剣の柄を両手で握る。確かにびくともしない。接着剤でくっついているみたいだ。


 ようし、本気を見せるぞぅ……!


《レリックスキル〈螺旋の支配ドミネーション・オブ・ヘリックス〉が発動しました》


 わたしはセリアノの体に宿ったマギカを燃焼し、剣を捩じる。コルクを抜くように引きずり出してやろうと考えたのだ。


 手首に連なる逆三角形のタトゥーが宙に浮いて、加速するとともに眩く輝く。

 幾何学模様の魔法陣が剣の周囲に展開され――


「お、おい!」


 観客にどよめきが広がっていく。


 弾丸をスピンさせるときには魔法陣も回転するが、この剣相手に限ってはぎちぎちと音を立てて引っかかっている。


 その力に反発するように、〈セレスヴァティン〉の刃に刻まれたルーン文字――〈付与術エンチャント〉の古代文字――が白光を放ち始めた。


 もしかして……もしかすると!?


 この剣がアルナイルにとって大切な物だとわかっていても、わたしは〈力〉の限界を確かめたくなってしまった。さらにマギカを注ぎ込む。


 空気が渦巻き、狼の耳と尻尾が風に揺れる。〈セレスヴァティン〉がみしみしと軋む。


 そしてついに――


「わっ!?」


 わたしのほうが〈セレスヴァティン〉に引っ張られた。


 剣は抜けるのではなく、さらに地面深くへと沈み込んでしまったのだ。動きはしたものの、これでは失敗と言わざるを得ない。


 マギカも枯渇してしまった。時間経過で回復はするけれど、これ以上は無理だろう。わたしは両手を上げてギブアップを伝える。


 それを見たアルナイルがさも当然と言いたげな涼しい表情で――ぎゅっと握り締めていた両手を開いて――誰にも持つことのできなかった〈セレスヴァティン〉をひょいと持ち上げてみせた。


「今回もクレアスタ様のお目に適った者は現れなかったということで、選定の試練は終了とさせていただきます」


 イモータルはアルナイルと親睦を深めていたらしく、お礼を言ってはそれぞれの冒険へと解散していった。

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