[07-02] 解錠師
〈ルオノランド領〉のどこかで――
夜深く、森の中を流れる小川のせせらぎが心地よくも、野営中の一団には緊張が張り詰めていた。
青年が金庫のダイヤルを右へ左へと回している。その様を、みな息を呑んで凝視しているのである。
青年――ステッド・クラップスは聴診器を扉に当て、ダイヤル内部で噛み合う歯車の音を聞き分ける。
素人にはただかちかちと部品の噛み合う音としか聞こえないだろう。だが、ステッドには違うように聞こえる。
カードと同じだ。たとえば大勝負に賭ける者の呼吸や仕草は、その時々で乱れていたり安定していたりで、それだけでも伏せられたカードの調子を垣間見ることができる。ほんの些細な『兆し』なのである。
いや、これは間違ったたとえだな、とステッドはいつも振り返る。先ほどの文句は受け売りだったが、少なくとも自分が使っていいたとえではない。
それでも自尊心が未だ失われていないのは、一応、『耳』は確からしいということだった。『兆し』に頷いては、金庫の扉にチョークで数字を書き記す。
やがて――開閉レバーに手をかける。
他人から保管物を守るべき扉が、他人であるステッドの手によってあっさり開け放たれた。
成功を見届けた一団がわっと歓声を上げる。
「やったな、解錠師!」
「さすがだぜ、『魔法の鍵』!」
ステッドが金庫の中にぎっしりと積み重なったルオノランド紙幣の札束を取り出してみせると、さらに狂喜乱舞の騒ぎとなる。
「おい、静かにしろ。追手に見つかるぞ」
落ち着いた男が周りを制し、札束の総額を改める。男は一団の会計役であり、『給料』を全員均等に行き渡るよう分配するのが仕事だ。
最後にステッドが金を受け取ろうとしたとき、会計役は札束から一割ほどの紙幣を抜き取って、そちらをステッドに手渡す。
「もう少しで借金がチャラになるな」
「おかげ様で」
ステッドは少ない報酬に文句も言わず――言える立場ではない――懐に突っ込む。
従順な解錠師に、会計役は気をよくして切り出した。
「お前が来てから景気がよくなった。なんだったら、今後もウチで働かないか?」
ステッドもまたにこやかに笑い返す。
「はは。ありがたい言葉だけど、考えさえてもらいたいな。これに懲りて、田舎で静かな暮らしを送りたいんでね」
「老人みたいなことを言うなよ、もったいない。お前ほどの腕があれば稀代の強盗にもなれるというのに。ねえ、ボス?」
そのひと言で、ステッドは体を強張らせる。
いつからそこにいたのだろう。背後には気配を感じさせることなく、この銀行強盗団のリーダー、アルバトロスが立っていた。
会計役が切れ者なら、このアルバトロスはカリスマだ。黙って立っているだけで烏合の衆にまとまりが生まれ、言葉を発すれば生産性のないクズどもに万能感を与える。
その才能を活かす場がルオノランド王国騎士団であればどれほどよかったか。よりにもよって、この男は血塗られた悪党の道を邁進していた。
などと、もはや人のことは言えまい、とステッドは内心自嘲する。
「今回もよくやったな、解錠師」
「……うす。しかし、厄介な連中が俺たちを追っているみたいじゃないすか」
みな仕事の成功に喜びはしゃいでいるが、メンバー数人がこの合流地点に辿り着いていないことにも当然気づいていた。捕まったか、あるいは命を落としたか。
アルバトロスも忌々しげに頷く。
「イモータルどもだな。ここいらで仕事するのはもう危ないだろう」
それはステッドにとっても困る。さっさと借金を返して、こんな悪事から足を洗いたいというのに。その一方で、悪事を働くことに慣れつつある自分に嫌悪感を抱く。蟻地獄だ。
アルバトロスはその『仕事名』のとおり、鷹のような目でステッドの顔色を観察する。
「東のほうでもうひと仕事するか。その後は隠れ住んで、ほとぼりが冷めるのを待つとしよう」
「東……?」
東方には広大な荒野が広がり、さらにその向こうには魔王領の中枢とも呼ぶべき魔境に突入する。では、荒野の手前にある町といえば――
「〈ニュー・グラストン〉ですね、ボス」
と、会計役がステッドも思い浮かべた地名を口にした。
アルバトロスは大きく頷き、手下たちに声を張り上げる。
「今すぐ次の仕事場に向かうぞ! 途中で無駄遣いするなよ。足が着いたら容赦なく切り捨てるからな」
浮かれていた手下たちが慌てて返事をする中、ステッドは誰にも聞こえないように低く呻く。
「〈ニュー・グラストン〉だって?」
解錠師ステッド・クラップスはその町のことをよく知っていた。
皮肉な話だ。自分の借金を返すために自分の生まれ故郷を襲うだなんて。
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