[06-10] 神なき世界に銃声を轟かせ

「こんなところで伝説の御使いサマと戦えるなんて――ねッ!」


 とてつもない速さで間合いを詰めるアルナイルと、一定の距離を保って戦おうとするラカ。ふたりの相性はかなり悪そうに見える。


 それでも、なぜラカがアルナイルに追いつかれないのか――


「ノーム!」


 たくさんの土の精霊ノームが泥に潜り、大きな波を起こしてアルナイルに押し寄せていく。


 アルナイルはそれを跳び越えたり叩き潰したり。


 そうして生まれた硬直をラカは突き、〈ディアネッド〉に装填された炸裂弾を躊躇なくぶつける。〈セレスヴァティン〉のお腹に命中。


「小細工を……!」


 爆炎を剣で薙ぎ払ったアルナイルは、さらに飛来してくる無数の泥の棘に目を見開く。


「くっ……!」


 今度はアルナイルが逃げ回る番だ。ワンテンポ遅れた位置に棘が次々と突き刺さって破裂する。


 そこにラカが〈ケルニス・アローヘッド〉を発砲。しかし、アルナイルは防御に徹することでラカの連撃を防ぎ切るのだった。


 それだけではない。ラカはブーツの裏にノームを張りつかせ、まるでスケートのように泥の上を滑っていく。


 かくして、両者の距離は一定に保たれる。

 ラカは次の攻撃に備えながらも怒鳴り散らした。


「あたしらを殺したって意味ないでしょ! イモータルなんだからさ! そんなに頑張らなくたっていいんじゃないの!?」


「二度と蘇らなくなるまで斬るのみです!」


「粘着アンチか、あんたは!?」


 もちろん、〈荒野の魔王領ウェイストランド・パンデモニウム〉に蘇生制限はない。


 アルナイルの言う『二度と蘇らない』とは、要するに、プレイヤーがゲームを止めてしまうことだ。


 モータルがそうさせようとするのもおかしな話だが、アルナイルが目的を達成するにはそれしかない。


 絶対に避けられない『敵』なのだ。


 ラカのリロードをカバーするべく、援護射撃をしていたわたしは果敢にアルナイルとの距離を詰める。


「敵は別にいるの! 魔族が〈魔王の遺産〉を狙ってた! ヴェルヴィエットってドラウだよ! わたしたちよりそっちのほうがずっと危険だって!」


「順番に討滅するだけの話!」


「他のイモータルだって〈遺産〉を探してる! その人とも戦ってたら、アルナイルはそのうち世界中の敵になっちゃうよ!」


「イモータルの世界であって、私が守るべき世界では、ありません!」


 アルナイルは一切止まらない。

 天から地へと〈セレスヴァティン〉を振り下ろし、真空刃を飛ばしてくる。


 パッシブスキルを発動できないので、自力でなんとか躱すしかない。CPゲージがごりっごりに削れていく。


「私を懐柔しようなど、無駄なこと! あなたの意志がどうあろうと関係ない! 私は魔王の〈力〉を許しません!」


「それって――アルナイルが御使いだから!?」


「そのとおり! 私は女神クレアスタの命によって魔を滅ぼす者! 立ちはだかる者は全て斬ります!」


 その言葉に、わたしはきゅっと唇を引き結ぶ。

 なんだか、すごく、腹が立った。


 この〈ジ・アル〉という世界は、言ってしまえばゲームの仮想現実だ。

 創造主クリエイターが方向性をデザインして、それを元にAIが物語と登場人物を生み出していく。


 それでもわたしは、この世界で、自分の手足で、生きている人々を見てきたつもりだった。


 なのに。

 アルナイルは意志を神様に委ねている。神様の代行人に徹している。


 それでは、大勢の人々の在り方を全否定しているみたいではないか。


 わたしがむかむかしたのは、アルナイルに対してではない。アルナイルをそうした神様に対してである。


 突進してきたアルナイルに照準を合わせ――


《レリックスキル〈螺旋の支配ドミネーション・オブ・ヘリックス〉が発動しました》


 強化した38口径弾をぶっ放す!


 アルナイルはスピードの上がった弾丸にも咄嗟に反応した。

〈セレスヴァティン〉と弾丸の衝突によって火花と破片が激しく散る。


「この威力……!」


 アルナイルが衝撃を吸収しようと足を止める。

 わたしのほうも〈L&T75〉を壊さないように加減したものの、反動で泥に足が沈み込んだ。


「やはり使いましたね、魔王の〈力〉を――」


 アルナイルの糾弾を遮るように、わたしは思いっきり叫ぶ。


「だったら、神様がわたしと戦えばいいじゃん!」


 古戦場に響き渡るわたしの声。

 アルナイルも、ラカも、怪訝そうにわたしを見つめる。


 だってだって、そうじゃないか。


「魔王と〈遺産〉が世界をおかしくするなら、その女神様がなんとかすればいいんだ! アルナイルに押しつけないでさ! 今もどこかで見てるなら出てきなよ! わたしが! 魔王ネネだっ!」


 ばーん! 勢いに任せ、〈L&T75〉を空に向けて撃ってみた。

 もちろん天から清らかな光が差すことはなく、女神様のありがた~い声が聞こえることもない。


 ほんの少しの静寂が流れ、ラカが心底おかしそうに笑い出す。


「ホント、滅茶苦茶なこと言うんだから。でも、あたしはこっちのほうが好きだけどね」


「ありがと、ラカ。わかってくれると思った」


 さすが親友だ。いつだってわたしを勇気づけてくれる。


 このふたりを相手に、アルナイルはたったひとり。再びわたしへ〈セレスヴァティン〉を向けるが、その切っ先はかすかに揺れていた。


「め、女神クレアスタは守護神です! 直接干渉なされることはありません! それでも世界の調和を保つために、私のような者が選ばれて……」


 わたしはやんわりとかぶりを振る。


「わたしの中の大きな力を自分の意志で制御できたらいいなって話したら、言ってくれたよね。そういう考え方、好きだって」


「魔王の〈力〉と知っていたら……!」


「アルナイルはどうなの? 神様からもらった力で、神様の言いなりになってるだけじゃないの?」


「少なくとも斬る相手は選んでいます……!」


 逡巡。アルナイルの視線が泳ぐ。

 けれど、『神様から与えられた使命』という束縛が、すぐにアルナイルの意識を引き戻す。


「私を! 惑わせないでください!」


 戦闘再開。

 アルナイルが打って変わって荒々しく〈セレスヴァティン〉を叩きつけようとしてくる。


 その気迫に呑まれ、


「あっ……」


 リロードの動作よりも回避を優先しようとしたのがまずかった。


 手を振り上げ、〈L&T75〉のシリンダーに流し込まれる寸前だった弾丸を盛大に宙にばら撒いてしまう。


 一瞬、時間が止まる。


 視界の端に複数のスキルログが流れていく。

 文字列を確認することはしない。連撃を回避するのに必死だったからだ。


 横からラカの援護射撃が入る。アルナイルはわたしへの攻撃を中断し、剣を立てて炸裂弾を防ぐ。


 そこで、アルナイルの視界が〈セレスヴァティン〉によって遮られた。


 わたしはラカを見る。

 ラカもわたしを見ていた。

 お互いに頷く。


 改めてリロードを済ませたわたしは、今度は自分からアルナイルに間合いを詰めていく。


 走り込みながら放つ38口径弾の全てが〈螺旋の支配ドミネーション・オブ・ヘリックス〉で強化した変化球だ。この距離ならほぼ一直線になるはずの弾道が、右に左にと捻じ曲げられる。


 それでもアルナイルには対処された。


 いかなる能力が発揮されているのか定かではない。神様のお告げなのか、〈人魔大戦ジ・インカージョン〉で培った戦闘センスなのか。


「これで倒せるとでも思ったのですか!? ここは私の間合いですッ!」


 いや、本当にこれで止められるならよかったのだけど。


 もはや肉薄状態。アルナイルは〈セレスヴァティン〉を刃を振り回し、無謀なわたしに天誅を下そうとした。


 けれど、わたしもアマルガルム族の端くれだ。〈疾走〉と〈跳躍〉を駆使してアルナイルの周りに纏わりつく。


 変化球と強化弾を混ぜての奇襲。

 同時にラカの乱射と精霊術による、息もつかせぬ連続攻撃。


 アルナイルはその場から動けなくなり、ひたすら独楽のように体ごと回転して弾丸を叩き落としていく。


 わたしの手の中で、シリンダーが回転していく。


 四発目、五発目、六発目。

 そして――


 がちんっ! ハンマーが一巡してきた空薬莢を叩いた。回避と〈螺旋の支配ドミネーション・オブ・ヘリックス〉の使い分けに夢中だったせいで、弾切れに気づかなかったのである。


「あわっ!?」


「迂闊ですね、ネネ!」


 慌ててシリンダーを開放し、空薬莢を落とす。

 そんな失態を披露してしまったわたしに、アルナイルは〈セレスヴァティン〉を引きずるような構えで踏み込んできた。


 多分、数秒後に、わたしは上半身を吹き飛ばされて死ぬ。

 逆に言えば、わたしはまだ死んではいない。シリンダーを開放したまま、いつものように銃を構えようとする。


 無駄な足掻きと思うだろう。

 でも、わたしの覚悟は決まっていた。


 だって、これは全て『作戦どおり』だったから。


 空から何かが光を反射しながら落ちてきた。小さな金属だ。


 わたしはそれが何かを知っている。

 薬莢がついたままの38口径弾。


 そこに収まるべき運命だったとでもいうように、どこからともなく現れた弾丸はすっぽりと――


《スキル〈特殊装填トリックリロード レベル3〉が発動しました》


 一発目となるシリンダーの空洞に入り込む!


「な……ッ!?」


 偶然にしては出来過ぎた芸当に、アルナイルの目が見開かれる。


 わたしは手首のスナップでシリンダーを閉鎖し、親指でハンマーを起こす。

 ぴたり。弾丸を一発だけ宿した〈L&T75〉を、アルナイルの眼前に突きつける。


 一方、アルナイルも攻撃動作を急停止させた。

 途中まで唸りを上げていた〈セレスヴァティン〉が、わたしの脇腹に軽く触れる。その刃がお肉を斬ることはなかった。


「……――」


 ふたりとも息を止め、お互いの武器のことも忘れ、目と目で見つめ合うのだった。

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