[06-09] 神剣、弾丸をものともせず

 アルナイルに決定的なひと言を告げられてしまった。


 わたしが不可解な弾丸を放っていたことに、疑問を呈していたイモータルたちが一斉にざわつく。


「〈魔王の遺産〉って……あの未確認レアアイテムか!?」


「待て! モータルの子が持っているのもレジェだぞ!」


「もしかして、これってチャンス?」


 今まで一緒に戦ったのに、まったく、薄情なものだ。イモータルたちは銃口をわたしたちへ向けようとする。


 バートンさんも、


「魔王だと……!?」


 かつて君臨した災厄の名を聞いて、わたしたちに警戒の目を向けるのだった。


 一気に孤立無援。

 ラカは〈ディアネッド〉と〈ケルニス・アローヘッド〉をそれぞれの手に握り締め、わたしに小声で尋ねた。


「前に武器の扱い方を教わったって子?」


「うん……あのときは仲よくなれたと思ったのに」


 いや、その親交を裏切ったのは、わたしのほうだ。

 アルナイルは大剣〈セレスヴァティン〉を構え、淡々と詰問する。


「あなたは私にウソをつきました。あの光の中心にいたのは、あなただったのですね」


「そ、それはね? 〈遺産〉のことは誰にも話したくなくって……話したら大騒ぎになっちゃうだろうし……ウソのことは、その、ホントにごめんなさい……」


 結果はご覧のとおりだ。

 わたしたちは不特定多数に包囲されることとなってしまった。


 もう後戻りはできない。ラカがアルナイルに大声を上げる。


「何よ! 〈魔王の遺産〉を奪うためにここまで追いかけてきたワケ!? 言っとくけど、譲渡したくたってできないんだから! 〈魔王の遺産〉は消えて、力だけがネネに宿った! スキルになってね!」


 その言い方は、アルナイルに、というよりはイモータルに対する牽制だ。

 わたしを脅しても撃っても宙吊りにしても、できないものはできない。


 そうは言っても、信じてくれるイモータルはほとんどいない。

 秘密を暴露されたラカはすっかりおかんむりである。


「大体、あんた何者よ!」


「人に聞くときは自分から名乗るのが礼儀では?」


「剣を向けてくるわぺらぺら喋るわ、そんなヤツに払う礼儀なんてない! 〈白翼轟砲エンジェル・アームズ〉のラカっつったら、あたしのことよ!」


 あ、しっかり名乗るんだ。


 アルナイルも身動みじろぎせず、素直に返答する。

 ただし。


「私の名はアルナイル・ブランド。女神クレアスタより命を受け、魔王を討滅した者です」


 それまで周りを警戒していたラカも、どちらから先に襲おうかと様子を見守っているイモータルたちも、腕を組んで話を聞いていたバートンさんも、そしてもちろん私も、『えっ』となる。


 殺伐とした空気が一瞬でどこかに吹き飛んでしまった。

 全員を代表して、ラカがアルナイルに恐る恐る尋ねる。


「あ、あたしの聞き間違いかしら。今、女神がどうの魔王がこうのって言った?」


 アルナイルは平然と頷く。


「言いましたが、何か?」


「じゃあ……まさかあんた……あの『御使い』だったりする?」


 御使い。

 プロローグで見た単語だ。

 たったひとりで魔族軍に乗り込み、魔王を倒した英雄。


 そうとわかれば、あの大剣にも見覚えがあった。

 カルラ牧場のお屋敷にあった神話についての本の挿絵である。


 女神様から大剣を授かった剣士は怪物を倒す。

 平和になった世界で剣士は力を濫用。

 そんな剣士に、女神様は天罰を下す――


 あれが大昔の伝承だとすれば、その新たな『剣士』――御使いになったのがアルナイルだってこと!?


 アルナイルは、しかし、その呼称を否定する。


「そう呼ばれますが、私はただの使者。新たな魔王をこの神剣〈セレスヴァティン〉にて屠るために参上しました」


 それを聞いたわたしは、慎重に自分を指差す。


「『新たな魔王』って、流れ的にもしかしてわたしのこと?」


「ご理解いただけたようです、ねッ!」


 戦闘開始の合図もなく、いきなりアルナイルがこちらに向かって突進してくる。泥が後方に弾き飛ぶほどの脚力。


 考える猶予が――


 グレートソードを振り上げる。


 与え――


 攻撃の予測範囲が〈予知〉によって表示される。


 ……られない!


 しかも、なんなのこの範囲! いくら大きい剣でも、斬撃なんて広さではない。一直線の光が伸びてわたしを両断している!


 うだうだ悩んでいられない。横方向に思いっきり〈疾走〉し、攻撃範囲の外へと逃れる。


 アルナイルの〈セレスヴァティン〉はわたしに届くことのない遠い位置で地面を叩く。爆発が起きたかのように弾け飛ぶ泥。その飛沫を掻き分け、目に見えない空気の刃が大地を駆け抜ける。


「……っ!?」


 なんとか回避できたものの、半身にびりっと刺激を感じる。ぼけっと突っ立っていたら死んでいただろう。そんな悪寒を感じたのだ。


 空気の刃はわたしの後方に立っていたイモータルに直撃。そのたった一撃で体がばらばらのぐちゃぐちゃだ。


 この場の全員が、またまた唖然とする。


「ネネ! 次が来る!」


 ラカただひとりがアルナイルに反撃を試みる。

 精霊イオシュネとともに、〈ディアネッド〉と〈ケルニス・アローヘッド〉を交互に乱射。


 ラカ、急所は避けて、と叫ぼうとしたわたしだったけど――


 アルナイルは〈セレスヴァティン〉をX字に振り回す。

 きんっ! 甲高い音とともに弾丸は刃に叩き潰され、明後日の方向に飛んでいった。


 ……いや、飛んでいったって。


 ラカは怒りよりも呆れのほうが強い調子で叫んだ。


「はあ!? どうなってんのよ!?」


「ただの弾丸である以上、軌道は直線! 速度は限界を越えない! それでは私を倒すことなど不可能ですッ!」


 御使いは二十年前の〈人魔大戦ジ・インカージョン〉で活躍した英雄のはず。アルナイルはどんなに若くても二十歳の女性には到底見えない。


 あるいは御使いを騙る偽物かもしれない、と希望にすがってもみた。


 けれど、今の動きを見せられたら、偽物だなんてとても思えない。

 というか、もはや本物とか偽物とかどうでもいい。シンプルに脅威だった。


 ラカが唾を飛ばして怒鳴る。


「FPSRPGで無茶苦茶言うな! このジャンル破壊怪力バカ!」


「バっ……!? その物言い、後悔させます!」


 ……うん。繰り返すようだけど、二十歳以上の女性には到底見えない。


 ともかく、人知を超えた能力を持っているのは確かだ。ラカの減らず口を封じようと一瞬で間合いを詰めてくる。


 その側面を、わたしは〈L&T75〉で攻撃した。


 いつもだったら、たとえ相手が人であっても、頭か胸を狙う。

 でも、このときはできなかった。腕や足を撃つのがわたしの精一杯だった。


 だって、アルナイルは見ず知らずのわたしに助言を与えてくれた。力を制御しようとするわたしの試みを肯定してくれた。


 わかっている。

 手加減できるような相手ではない。今まさにラカが斬られようとしている。だから、わたしは迷わずに撃つ。


 そんな中途半端な決意と弾丸を、アルナイルは一刀のもとに叩き落とす。


「情けをかけているのですか? 甘く見られたものです!」


「アルナイルと戦いたくない!」


「また逃げるつもりですか!」


「だから、敵になりたくないんだって! この〈力〉を悪用するつもりはこれっぽっちもないの! 誤解だよ!」


「誤解ではありません! 〈力〉はあれば使われるもの。善悪関係なく、その〈力〉は世界を歪める! ゆえに、ネネ! あなたは私の敵なのです!」


 言葉と同時に、銃撃と斬撃もお互いに投げつけ合う。


 しかし、どんなにラカと息を合わせて攻撃しても、その身のこなしで回避されるか、〈セレスヴァティン〉で防御されてしまう。


 アルナイルが剣を振るうたびに突風が巻き起こる。わたしたちの体が押し返されるだけでなく、酸素まで吹き飛ばすかのようだ。


 息苦しい。

 思考が追いつかない。


 もちろん、リアルで酸欠に陥っているワケではない。一撃も受けてはならないという緊張のあまり、自分で息を止めてしまっているのだ。


 わたしが銃を撃とうとするたびに、アルナイルが〈予知〉したかのごとく振り返る。次の瞬間にはこちらがトリガーを引くよりも先に、分厚い刃が襲いかかってくる。


 畳みかけられるのを嫌って、弾丸をばら撒く。そうするとあっという間にシリンダーはからになり、リロードを行わなければならなくなる。


 逃げながら〈高速装填クイックリロード〉スキルを実行。


〈L&T75〉のシリンダーを開放。中折れ式の特殊機構のおかげで、空薬莢は全て一気に排出できる。


 シリンダーを勢いよく回転させ、手のひらから六発の弾丸を流し込む。一個も落とすことなく、装填完了。手首のスナップで再びシリンダーを閉鎖。


 この動作に、時間は二秒もかかっていない。

 なのに――


 アルナイルの薙ぎ払い攻撃をジャンプで回避。〈跳躍〉スキルで体操選手さながらの宙返りを決めつつ、滞空中に銃撃。


 べちゃっと泥に着地。もう二、三発ぶっ放したら、またもリロード。


 ……こんなの、『攻撃』なんて呼べない!

 ただただ防御しているだけだ!


 アルナイルの攻撃には途切れ目が存在しない。防御時ですら、あわよくばわたしやラカを巻き込むように剣を振るう。


 つまり、攻防一体!

 これが御使い。〈人魔大戦ジ・インカージョン〉でたったひとり敵陣で暴れて生き延びた人の動き!


 まざまざと見せつけられて、わたしは愕然とする。自分はこんなにも弱い存在なのだと思い知らされる。


「……だけど!」


 大人しく斬られるつもりもない。

 絶対、アルナイルに話を聞いてもらうのだ。


 わたしの目に戦意が宿る。アルナイルの蒼い目と視線が衝突する。


「その意気やよしッ!」


 あくまでわたしを倒そうとするアルナイルは――気のせいだろうか。ほんの少し嬉しそうに剣を構え直すのだった。

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